京成と常磐のあいだ
「あー○○ちゃんだ〜、久しぶり〜。なんか疲れてる感じだね〜」
「あっ、お久しぶりです。そうなんですよぉ。今すごく眠くて……」
「そんな感じだよねー。それでどう最近なんか良いコトあった?」
「え、良いコト? 良いことですかぁ? えー」
「あっ、なにこれ、ちょっとかわいい〜」
「ああ、これ? これこの前買ったんですよぉ」
これは今日の帰りの送迎バスの中、僕の前に座っていた二人の会話です。
見ての通り、まず「なんか良いコトあったか」という質問があるにも関わらず、その答えを待たずして、唐突に、話題がまったく無関係なものに変わっている。
この後、二人の間ではファッション関係の話題が展開されることになるのだが、先の問答は無視されたまま二度と戻ってこなかった。
僕は何だか納得がいかない。
別に盗み聞きしていたワケではないし、取り立てて興味もないのですが、理不尽を聞かされた腹いせに、ここははっきり言っておく。
A子(質問した方)もA子なら、B子(質問された方)もB子だ。
そもそもA子は「なんかいいことあったか」などと訊ねておきながら、実際にはそんなことはどうでも良いのである。
訊ねている先から、目の前に飛び込んできたB子の「ちょっとかわいい〜」服装に気を取られ、「良いコト」なんかはそっちのけ。
A子にとってB子の幸せなんぞというモノは、「ちょっとかわいい〜」服装ほどの価値もないってことです。
まあそれは仕方ない。
人は決して他人の幸せなどに興味を持ちません。
他人の不幸は蜜の味と言われるように、興味があるのはむしろ不幸の方です。
A子にしても本気で「良いことがあったかどうか」を訊ねたかったわけではなく、少し穿つなら、B子が「えー、全然良いことありませんよぉ。ホント、最悪なんですよ私最近」と、にわかに不幸の告白が始まることを期待していたかもしれない。
いや、きっとうそうに違いありません。
だからA子は最初からこう訊ねるべきだった。
「それでどう最近なにか悪いコトなかった?」と。
さて一方のB子ですが、こちらも全然宜しくない。
「良いコトですかぁ? えー」などと曖昧にしていては駄目だ。
せっかく「なにか良いことあったか」と訊ねられたのだから、ここは存分に最近の幸せをアピールしてやるべきなのであります。
誰かに自分の話(自慢、惚気、何でも良い)を真面目に聞いてもらえる機会など、そうそうあるものではありませんからね。
社会的身分の高い先生方であれば、真面目に話を聞くフリをしてくれるケッタイな他人も大勢いるのでしょうが、我々一般人はそうもいかない。
周囲は他人の不幸に飢えている正直な真人間がほとんどで、さあ聞けッとばかりに自分の幸福自慢など始めようものなら、これは煙たがられること請け合いです。
しかしA子はわざわざ苦を買うがごとく「良いコトあったか」などと持ちかけてきたわけですから、勿体ぶらず安売りでも何でもしてやったが良い。
いや、いっそ吹っ掛けたって良いくらいだ。
A子は口では「なにか良いコト」などと言いながら、内心「なにか悪いコト」を期待しているわけで、すると、ここでB子が幸福自慢を打つのは一種の逆襲になる。
返り討ちです。
だからいくらA子が話題を転じようと、B子は負けじと引き戻して、最近の「なにか良いコト」について話してやるのが得策であります。
A子としても「良いコトあった?」などと心にもないことを訊ねてしまった手前、露骨に嫌な顔をするわけにもいきません。
B子の幸せ自慢につき合うだけ付き合ってから、きっとA子は無感動に言うでしょう。
「へえ、そうなんだ」と。
これで引き分け。そうして話題はファッションへと進む。
オヤ、何やら主題がおかしくなってきた。
そもそも僕が言いたかったのは、A子は質問したんだから、ちゃんと答えを聞きなさい。
B子は質問されたんだから、あるならある、ないならないでちゃんと答て、その上で次の話題に進むべきでしょう。
ということで。
何か質問されて答えを考えている途中に話題を転じられるのは、傍で聞いていてもむごたらしい。
いや、そんなの良くあるシチュエーションなんだけれども。
というか、むしろそれで助かる場合が多いですよね。
↓
「これ・・・受け取って欲しいんだ」
高志は右手を差し出す。
その手には、小さな箱。
「え・・・」
久美子は、少し震えながらその箱を受け取り、ゆっくりとふたを開けた。
「今日・・・ここで渡そうと決めていたんだ」
高志の顔は少し赤みを帯びている。
緊張のためか、それとも今飲んでいるワインが回っているのだろうか。
久美子が、箱の中から指輪を取り出す。
照れくさかったので、高志は目を逸らすふりをして、夜景の見えるスカイラウンジの窓ガラスに映る久美子の姿をじっと見つめていた。
久美子も、指輪を見つめたまま動かなかった。
高志は久美子に視線を戻し、一度小さく深呼吸をした。
「結婚して・・・欲しいんだ」
「ごめんなさい、高志さん。今の私には、無理です・・・」
高志は、自分の耳を疑った。思いもよらない返事が返ってきたからだ。
久美子の頬は、既に涙が流れている。
指輪は、元通りしまわれて、すっとテーブルの上に置かれた。
受け取ってもらえなかった。
「ごめんなさい」
うつむいて涙をぬぐう久美子の口から再び出てきた言葉。
小さな声だったが、先ほどの言葉が高志の聞き間違いでないことを確かめるには十分だった。
「なぜ・・・?」
高志の口だけが、そう動いた。
「なぜだ?僕の何がいけないんだ?何か理由でもあるのか?あるのなら聞かせてくれ。このままじゃ、納得できないよ」
「理由・・・それは・・・」
「君はいつも言っていたじゃないか。自分は不幸だって。このまま一人でいても良い事なんて何もない、僕となら幸せになれるって」
「・・・」
「それとも何か他に良い事でもあったのか?僕なんかいらなくなったとでも言うのか?」
「良い事・・・良い事ですか?」
「あっ、なにこれ、ちょっとかわいいね」
「ああ、これ? これこの前買ったんですよぉ」
「あっ、お久しぶりです。そうなんですよぉ。今すごく眠くて……」
「そんな感じだよねー。それでどう最近なんか良いコトあった?」
「え、良いコト? 良いことですかぁ? えー」
「あっ、なにこれ、ちょっとかわいい〜」
「ああ、これ? これこの前買ったんですよぉ」
これは今日の帰りの送迎バスの中、僕の前に座っていた二人の会話です。
見ての通り、まず「なんか良いコトあったか」という質問があるにも関わらず、その答えを待たずして、唐突に、話題がまったく無関係なものに変わっている。
この後、二人の間ではファッション関係の話題が展開されることになるのだが、先の問答は無視されたまま二度と戻ってこなかった。
僕は何だか納得がいかない。
別に盗み聞きしていたワケではないし、取り立てて興味もないのですが、理不尽を聞かされた腹いせに、ここははっきり言っておく。
A子(質問した方)もA子なら、B子(質問された方)もB子だ。
そもそもA子は「なんかいいことあったか」などと訊ねておきながら、実際にはそんなことはどうでも良いのである。
訊ねている先から、目の前に飛び込んできたB子の「ちょっとかわいい〜」服装に気を取られ、「良いコト」なんかはそっちのけ。
A子にとってB子の幸せなんぞというモノは、「ちょっとかわいい〜」服装ほどの価値もないってことです。
まあそれは仕方ない。
人は決して他人の幸せなどに興味を持ちません。
他人の不幸は蜜の味と言われるように、興味があるのはむしろ不幸の方です。
A子にしても本気で「良いことがあったかどうか」を訊ねたかったわけではなく、少し穿つなら、B子が「えー、全然良いことありませんよぉ。ホント、最悪なんですよ私最近」と、にわかに不幸の告白が始まることを期待していたかもしれない。
いや、きっとうそうに違いありません。
だからA子は最初からこう訊ねるべきだった。
「それでどう最近なにか悪いコトなかった?」と。
さて一方のB子ですが、こちらも全然宜しくない。
「良いコトですかぁ? えー」などと曖昧にしていては駄目だ。
せっかく「なにか良いことあったか」と訊ねられたのだから、ここは存分に最近の幸せをアピールしてやるべきなのであります。
誰かに自分の話(自慢、惚気、何でも良い)を真面目に聞いてもらえる機会など、そうそうあるものではありませんからね。
社会的身分の高い先生方であれば、真面目に話を聞くフリをしてくれるケッタイな他人も大勢いるのでしょうが、我々一般人はそうもいかない。
周囲は他人の不幸に飢えている正直な真人間がほとんどで、さあ聞けッとばかりに自分の幸福自慢など始めようものなら、これは煙たがられること請け合いです。
しかしA子はわざわざ苦を買うがごとく「良いコトあったか」などと持ちかけてきたわけですから、勿体ぶらず安売りでも何でもしてやったが良い。
いや、いっそ吹っ掛けたって良いくらいだ。
A子は口では「なにか良いコト」などと言いながら、内心「なにか悪いコト」を期待しているわけで、すると、ここでB子が幸福自慢を打つのは一種の逆襲になる。
返り討ちです。
だからいくらA子が話題を転じようと、B子は負けじと引き戻して、最近の「なにか良いコト」について話してやるのが得策であります。
A子としても「良いコトあった?」などと心にもないことを訊ねてしまった手前、露骨に嫌な顔をするわけにもいきません。
B子の幸せ自慢につき合うだけ付き合ってから、きっとA子は無感動に言うでしょう。
「へえ、そうなんだ」と。
これで引き分け。そうして話題はファッションへと進む。
オヤ、何やら主題がおかしくなってきた。
そもそも僕が言いたかったのは、A子は質問したんだから、ちゃんと答えを聞きなさい。
B子は質問されたんだから、あるならある、ないならないでちゃんと答て、その上で次の話題に進むべきでしょう。
ということで。
何か質問されて答えを考えている途中に話題を転じられるのは、傍で聞いていてもむごたらしい。
いや、そんなの良くあるシチュエーションなんだけれども。
というか、むしろそれで助かる場合が多いですよね。
↓
「これ・・・受け取って欲しいんだ」
高志は右手を差し出す。
その手には、小さな箱。
「え・・・」
久美子は、少し震えながらその箱を受け取り、ゆっくりとふたを開けた。
「今日・・・ここで渡そうと決めていたんだ」
高志の顔は少し赤みを帯びている。
緊張のためか、それとも今飲んでいるワインが回っているのだろうか。
久美子が、箱の中から指輪を取り出す。
照れくさかったので、高志は目を逸らすふりをして、夜景の見えるスカイラウンジの窓ガラスに映る久美子の姿をじっと見つめていた。
久美子も、指輪を見つめたまま動かなかった。
高志は久美子に視線を戻し、一度小さく深呼吸をした。
「結婚して・・・欲しいんだ」
「ごめんなさい、高志さん。今の私には、無理です・・・」
高志は、自分の耳を疑った。思いもよらない返事が返ってきたからだ。
久美子の頬は、既に涙が流れている。
指輪は、元通りしまわれて、すっとテーブルの上に置かれた。
受け取ってもらえなかった。
「ごめんなさい」
うつむいて涙をぬぐう久美子の口から再び出てきた言葉。
小さな声だったが、先ほどの言葉が高志の聞き間違いでないことを確かめるには十分だった。
「なぜ・・・?」
高志の口だけが、そう動いた。
「なぜだ?僕の何がいけないんだ?何か理由でもあるのか?あるのなら聞かせてくれ。このままじゃ、納得できないよ」
「理由・・・それは・・・」
「君はいつも言っていたじゃないか。自分は不幸だって。このまま一人でいても良い事なんて何もない、僕となら幸せになれるって」
「・・・」
「それとも何か他に良い事でもあったのか?僕なんかいらなくなったとでも言うのか?」
「良い事・・・良い事ですか?」
「あっ、なにこれ、ちょっとかわいいね」
「ああ、これ? これこの前買ったんですよぉ」
2004.08.11 Wednesday
comments(0)