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2014/11/8 更新してないねぇー ねたはあるんだけどね
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夏の魔物
 
ネットの力はすごいものだ。
ネットがなければ出会うはずもなかった人間同士が、今こうして会おうとしているのだから。
良い時代に生きることができてよかった。
そんな幸せを噛み締めつつ、
まだ顔も名前も知らないその女の子を迎えに行くため、僕は車を走らせている。
 
ネットで知り合った子と会う、という事自体は初めてではない。それに僕ももういい大人だ。
だからというわけでもないけれど、今回はそれほど緊張していない。
気心の知れた友達と会う感覚と変わらない、比較的リラックスした気持ちだ。
僕と、これから会う子が今後どうなるのか・・・などという事を考えるのは抜きにして、
今日一日を楽しむことができれば、それでいい。
 
それにしても、まだ午前中だというのに、30度を軽く超えているようだ。
相変わらず厳しい暑さが続いている。
こんな日に、屋外を待ち合わせ場所にしてしまったのは失敗だ。
彼女を待たせるわけにはいかない。
 
 
 
駅近くのコインパーキングに車を停め、駅前広場に急ぐ。
銀色のクネクネした物体がクルクル回る、意味不明なオブジェ。
その傍らにある、オブジェのタイトルが掘られているプレートの真ん前が待ち合わせ場所。
 
一人の女性が、日傘もささず、帽子もかぶらずに立っていた。
それが彼女であることはすぐにわかった。
薄い緑を基調としたブラウスとスカートで来てくれる事になっていたし、
何よりこんな真夏の、日差しの強い場所にぽつんと立っている人など他にいなかったからだ。
お互いが見つけられない時のために、事前にメールアドレスだけは交換しておいたのだが、
その必要もなかったようだ。
 
彼女の元まで真っ直ぐ歩いて行く。
彼女がこちらを振り向く。
たまらない瞬間だ。
 
「こんにちは。えっと・・・」
 
こういう時、いつも一瞬ためらってしまう。
ネットでのハンドルネームで話しかけるのが照れ臭いからだ。
 
「あ、はじめまして。すらりんです。類二さんですか?」
「類二です。どうもはじめまして、すらりんさん」
 
お互い、照れたような笑いで最初の挨拶を交わす。
彼女のほうから名乗ってくれたので、
助かったけれど、少し情けない気持ちになる。
 
すらりんと名乗ったその女性は、細めの体型で色白、
身長は僕よりわずかに低い程度。
目鼻立ちがくっきりした、とてもきれいな女の子だ。
髪はやや無造作に後ろで縛ってあるけれど、
おろせばきっとサラサラのストレートに違いない。
お嬢様系という表現が似合う、大人の女性の雰囲気だ。
正直、予想以上でびっくりした。
 
彼女の目に、僕の事はどう映っているのだろう。
僕は特別男前でもなく、背が高いわけでもないし、
普通に考えたら僕とすらりんは不釣合いかもしれない。
 
いや、そこはあまり深く考えてもいけない。
今日は、ネットで意気投合した二人が、実際会ってみてちょっと遊びに行く。
それだけの事のはずだ。
 
そんな事を考えていると、すらりんはホッとしたような表情を浮かべた。
そして、
「ああ、よかった・・・」
と小さな声でつぶやいた。
 
「え?」
「あ、ごめんなさい。とてもいい人そうなので、安心しました。怖い人だったらどうしようかと思って」
 
そう言いながら、小さなバッグから何かを取り出す仕草。
僕の見た目が彼女の期待より上だったのかどうかはともかく、
ひとまず安心してくれたみたいなので、こちらとしても一安心だ。
 
「では。はい。これ。どうぞ」
「ん?何これ」
 
両腕を真っすぐ伸ばして、小さく折りたたんだ紙片を僕に差し出した。
 
「車に乗ったら開けて見てみてくださいね」
「うん。わかった。それにしても暑い。すらりんさん、早く車のところまで乗ろう」
「はい。あ、私、加藤真紀って言います。すらりんだと恥ずかしいから、名前で呼んでもらっていいですか?真紀でいいです」
 
あっさり本名を教えてくれた。正直、とても助かる。
加藤真紀・・・意外と普通の名前だな、などと失礼な事を思いつつ、
僕も本名を伝え、一緒に車まで歩き出す。
 
それにしても、こんな炎天下で待っていたというのに、この子は汗ひとつかいていない。
美人の体というものはどういうメカニズムになっているのだろう。
 
「ごめんね。あんな所で待たせちゃって。日傘も帽子もなしで、暑かったでしょう?」
「来たばっかりだったから大丈夫ですよ。あそこに決めたの私だし。ちょっと『しまったー』っておもったけど。あはは」
 
いい笑顔。
 
「それに私、帽子似合わないんですよねー。日傘は荷物になるし」
「えー?そうかな。真紀ちゃん、麦わら帽子とか、すごく似合いそうだけどな」
「麦わら帽子って、結構恥ずかしいんですよー。まあ今日は日焼け止めバッチリなんで、問題なしですよ」

そういうものなのか。
確かに、あまり街中では麦わら帽子を見かけないような気もする。


 
ほんのわずかの間停めていただけなのに、車のドアを開けると熱気が凄かった。
それをあまり気にする事無く、
彼女は後部座席にハンドバッグを置き、おもむろに運転席に乗り込んだ。
 
「じゃあ失礼しまーす。あ、鍵を」
「はい。鍵」

僕も助手席に乗り込む。
 
「シートベルトしましたか? ではでは、出発しますよー」
「オッケー!」
「あー運転するの久しぶりだから緊張する。どこかつかまってたほうがいいかもですよ」
 
そう言いながらも、彼女の運転は発進も加速もスムーズだ。
ちょっとブレーキが多かったけれど、安心して乗っていられそうだ。
サンダルを脱ぎ、座席を一番前までスライドさせて、
窮屈そうに運転する姿が、見ていて微笑ましかった。
 
目指すは、郊外にある遊園地。一時間程度で到着するだろう。
電車で行くほうが早いのかもしれないけれど、
ドライブも楽しみたいという彼女の希望だ。
 
「今日は本当に楽しみだったんですよ。遊園地なんて行くの、ほんと久しぶりかも」
「そうなんだ。真紀ちゃん、絶叫系の乗り物とか大丈夫なほう?」
「全然大丈夫ですよ!類二さんこそ大丈夫ですか?」
「もちろん、大丈夫だよ!」



僕と彼女がそもそも知り合ったきっかけは、ゲーム関連のとあるコミュニティサイト。
ドラクエの話題で盛り上がったのが始まりである。
何度もメッセージをやりとりしているうちに意気投合し、
今度一回会ってみようかという話になった。それが今日実現したのである。

彼女の『すらりん』というハンドルネームは、
ドラクエに出てくるモンスター、スライムから取ったもの。
僕のハンドルネームが、マリオの双子の弟から取っている事も、
当然彼女は知っている。
 
「それにしても、本当に緑の入った服を着てきてくれて、嬉しいよ。すごく似合うね」
「類二さん、緑色が好きだって何回も言ってましたからねー。ふふ」
 
僕の好みに合わせてくれたわけである。男としてはものすごく嬉しい事だ。
そしてこの子には、緑が本当によく似合う。
 
「じゃあ真紀ちゃん、次会う時は、スライムの水色で揃えるのはどうかな?」
「あー。それいいですね。でも私だけじゃつまんないから、類二さんの格好も何かコンセプト考えなきゃ。マリオ風とか」
「えええっ!それは勘弁してよ」
「ふっふ。じゃあ次会う時までにちゃんと考えときますね」
 
会ったばかりなのに、もう次に会う時の事を話題にしてしまって、
内心失敗したかと思ったけれど、彼女の反応は悪くなかった。
いや、悪くないどころか、なかなかいい感じかもしれない。
ネットのままの雰囲気だし、違和感がまるでない。
初めて対面したとは思えないほどである。
 
それからしばらくは、ネットで交わしたやりとりを再現するかのような会話。
 
「やっぱりドラクエは3が一番いいですよね!私、スーファミのしかやったことないですけど」
「3も確かに名作だけど、俺は5が好きだなあ!スライムベホマズンを仲間にできるのがいいんだよ」
「あ!緑のおっきいスライムですね!」
「そう!緑の!」
「じゃあ、スライムつむりとか好きですか?」
「もちろん!」
「ああ、こんなマニアックな会話、ネット以外では初めて!」
「まだまだ全然マニアックじゃないだろー!」

コミュニティに参加したきっかけ、
好きなゲームのキャラクターやモンスター、
印象に残ったシナリオやイベント等々。
やはり自然と、そういう話になる。話題には事欠かない。
 
「でもやっぱりスライムの可愛さにはかなわないですよ」
「スライムかぁ。あいつ弱いしなぁ」
「そこがいいんじゃないですか。ペットにしたいくらいです」
「でも動物じゃなくて、モンスターなんだよ? 実は怖いかもよー」
「大丈夫ですよ。いいスライムもいっぱいいるじゃないですか」
「なんかゼリーみたいにプルプルしてるしさ、食べたら美味しそうじゃない?」
「やめてくださいよー!」
「あはははは!」
 
車で行くことにして良かったと思った。
気兼ねなく話ができるし、大きな声で笑うこともできる。
 
「そういえば私、マリオってちゃんとクリアしたことないんですよ。あれ後半むずかしくないですか?」
「難しいよね。俺いつも無限1UPとかして、ようやくクリアしてるよ」
「私それうまくできないんですよねー。昔はよく弟にやってもらってマリオ増やしましたけど、すぐなくなっちゃったりして」
「ああ、弟がいるんだ」
「はい。弟と私の二人姉弟です」
「俺も弟がいるけど、昔はよく対戦ゲームとかやってたよ」
「類二さんも二人兄弟なんですか?」
「そうだよ。もう今は一緒にゲームなんてやらないけどね」
「そうですよねー」
 
彼女は見た目はお嬢様系に分類できるけれど、天然の、とか世間知らずの、とか、
そういう接頭辞はつかないタイプだ。
頭の回転は早そうだし、話し方もハキハキしている、と感じた。
天然入ってるくらいの子がいい、とか、不思議系が好きだ、なんて男もいるけれど、
やっぱりこういう子のほうが話をしていて楽しいものだ。
 
こんな子が、家で一人でゲームをやっている姿が想像しづらい。
その事をそれとなく伝えてみる。
 
「もちろん、ショッピングとかも好きですけど、やっぱりゲームを始めるとハマっちゃいますねー」
「そうなんだ」
「外で遊ぶよりは、家にいるほうが好きかもです」
「女の子にしては珍しいタイプだよね」
「一人でゲームしながら『えいっ』とか『やぁっ』とか声出ちゃってたりするし!」
「へえ!その姿、一度見てみたいぞ!」
「イヤですよう!恥ずかしい」
 
いつまででも、話していられる。
車に乗ってからずっと、しゃべりっぱなし。
趣味だけでなく、会話の波長も合っている感じだ。いい雰囲気。
 
そうこうしているうち、ふとある事を思い出した。
 
「そういえば、最初にもらった紙、見ていい?」
「あ、はい。どうぞ見てください」
 
見てみると、そこには彼女の本名から携帯、自宅の電話番号をはじめ、
住所、血液型や生年月日、趣味特技などなど、
彼女に関する細かなプロフィールが小さな字でびっしりと書かれていた。
 
「これ・・・?」
「私、連絡先とかプライベートな情報とかを教えたりするまでの駆け引き?みたいなのが苦手なんですよ。なんていうかその、空気感みたいなのが」
「ああ。なんかわかる気がする」
「だからもういっその事、最初から全部教えちゃおうと思って。類二さん、絶対いい人だと思ったから、大丈夫って思って。だから私も、類二さんの事、色々教えて欲しいです」
「うん。もちろん」
 
即答する。素直に嬉しい。
こんな清々しい性格の持ち主だとは思わなかった。
とてもありがたい。
この紙は、大事に財布にしまっておく。
 
「なんか・・・ありがとう」
「いえいえ。どういたしまして。あはは。変な感じ」
「確かに」
 
しばらく笑い合う。
これは客観的に見ても、
ある程度僕と友達以上として付き合っていく意志があるとしか思えない。
彼女の誠意に応えなければ。
 
「あ、でも、別に私、何かに焦ってたりとかしてるわけじゃないですからね!あの、最初の段階でお互いの心を探り合うのが好きじゃないっていうか、モヤモヤした感じがだめなだけっていうか」
「うん。わかるわかる。俺もそういうの得意じゃないから、そう言ってくれてすごく嬉しいよ」
「うー。なんかやっぱりうまく言えないですね。ちょっとこんな事するの初めてだったんですけど。あんまり重く受け止めないで欲しいっていうか、あの、お気になさらずに」
 
片手がハンドルから離れて、意味不明な手振り。
何か慌てている様子が、見ていてとてもかわいい。
 
「大丈夫だよ。いや、本当にありがとう」
 
また、しばらく笑う。
 
それにしても、彼女の言う「何かに焦ってるわけじゃない」の「何か」って何だろう。
結婚とか、そういう事だろうか。
焦っているわけではないと言うからには、気にしなくても良いのだろうけど。
さっき手渡された紙に書いてあった、彼女の年齢と生年月日を思い出す。
24歳。そして、来月には誕生日。
それ以上の事を考えるのはやめる。
 
一瞬の間ができる。
出会ってから、たぶん初めての沈黙。
 
車に乗ってから、そろそろ一時間。
遊園地の観覧車が見え始めてくる。
 
平日だからか、渋滞もなく、あっという間にここまできた。
遊園地以外には、これといって何もなさそうな、少し寂しい場所だ。
目的地はすぐそこだ。
 
間が、一瞬以上に伸びていく。
 
ジェットコースターのレールも見えてきた。
 
彼女は今、何を考えているのだろう。
あまり間が開きすぎてはいけない。
 
「あの!」
 
今日一番の大きい声。
少しびっくりしたけれど、落ち着いている素振りで彼女の横顔を見る。
 
「どうしたの?」
 
彼女もちらっと僕の方を見て、こう言った。
 
「私・・・なんで運転してるんでしょうか・・・?」
 
今さら!?
僕は思わず吹き出してしまった。
 
「さあ・・・何でだろう?真紀ちゃんが運転席に座る流れがあまりにナチュラルで自然すぎたから、何も言わなかったけど!」
「ですよね!何で私、初めてのデートでいきなり自然に運転席に座っちゃったんだろう!ありえない!」
「さすがに最初は俺も疑問に思ったけどさ、真紀ちゃんが言ってた『ドライブがしたい』っていうのは、『運転がしたい』っていう意味だったのかって思って俺も助手席に座ったんだよ!」
「もー!疑問に思ったなら言ってくださいよー!」
「あまりにも普通に『鍵を!』とか言うし!」
「もうやだー!恥ずかしい!買い物行く奥さんじゃないんだから!」
「どうする?今さらだけど、運転代わる?もうちょっとで着きそうだけど」
「代わる代わる!代わります!!」
「わかったよ!じゃあ、どこかで車、停めて」
「はい!」
 
大笑いしてしまった。
やはりどこか天然なところがあるのだろうか、この子は。
自分が運転している不自然さに今頃気づくなんて、大したものだ。
この車にはナビがついていないし、僕もほとんどナビゲートをしていないのに、
標識を見て「こっちですねー」などと言いながら、
ほぼ目的地というところまで来てしまったのだから感心する。
 
そして、密かに幸せを噛み締める。
彼女の口から「初めてのデート」なんていう、
嬉しいワードが飛び出してきたからだ。
これはやっぱりデートってことでいいんだな、と再認識。
 
「どこでもいいから、適当に停めてくれればいいよ!」
「はい!ああどうしよう。今急に止めるの怖いし、ちょっとその辺の脇道に入って・・・」
 
急に動揺したのか、運転がぎこちなくなった。
本当に、「ついうっかり」運転席に座ってしまったんだな、と思った。
 
大通りから逸れて脇道に入った。
しかし運が悪いことに、起伏が激しい上に道幅が狭く、カーブも多いためか、
なかなか車を止められないでいる。
少しでも長くこの状況を楽しみたかった僕は、特に何も言わずにいた。
彼女は、少し慌てているようだ。
 
「あああ全然止められないですよこの道!もうだいぶ来ちゃいました?て言うかもうUターンもできないし!」
「別に大丈夫だよ。時間が決まってるわけじゃないし、後ろに車がついてるわけでもないから、のんびり停められるとこ探せばいいよ」
「えええええ。なんか山道みたいな感じになってきちゃいましたよ!」
「大丈夫大丈夫。慌てない慌てない」
「ああーはやく運転代わりたいーー!!」
「あははは!」
 
郊外ともなると、国道から少しでも逸れてしまえば、とたんに田舎道。
遊園地からそれほど離れているわけではないのに、周囲はすでに森のようだ。
木々に囲まれてしまって、観覧車もジェットコースターも見えない。

それから5分も走った頃。
急カーブの頂点が大きく膨らんでいて、
そこに車を停められそうな未舗装のスペースを発見した。

「あっあそこ!道路脇に一台分くらい停められそうなスペースがあるよ」
「本当だ!ここに停めます!」
 
なんとか、そこに無事に車を停めることができた。
本当に山道に入り込んでしまったらしい。真夏の陽の光が木々に遮られて、こんな時間なのに少し薄暗い。


 
エンジンを止めて、ほっと一息。
 
「すみません。こんな変な所まで来ちゃって。あああ怖かった」
「怖かった?俺はちょっと楽しかったよ!」
「あ!いじわるですねー!こっちは必死だったのに!」
「ごめんごめん!でも、駅からずっと運転してたのに、急に怖くなっちゃったの?」
「怖くなりましたよう。『初対面の男の人を助手席に乗せて、しかもその人の車を運転してるなんて絶対変だこの状況!』って思ったら何か急に手が震えちゃって!」
「確かに、最初から俺が運転するべきだったね。本当にごめん」
 
彼女も笑っているので、怒っているわけではなさそうだ。たぶん。
でも、その額には、うっすらと汗がにじんでいるように見えた。

初めて見る汗。
 
手で顔を仰ぐ仕草。
 
「あああ暑い!すっごい汗かいちゃった!ハンカチ!」
「あっ。取ってあげるよ」
 
二人が同時に身を乗り出して、後部座席に置いてあるハンドバッグを取ろうとした。
 
不意に、二人の顔が近づく。
 
はっとして、二人が同時に、動きを止める。
 
見つめあう形になった。
 
なぜか、動けない。
 
急激に気温が上がる車内。
自分も汗をかき始めていることに気づく。
 
お互い少し無理な体勢だから、食い込むシートベルトが気になってしょうがない。
 
どうせ運転を交代するのだから、一旦車から降りればいいのに・・・。
なのに、まだ二人とも、シートベルトをしたままじゃないか。
 
いや、今は汗だとかシートベルトだとか、気にしている場合ではない。
 
目の前に、彼女の顔が迫っているのだ。
お互いが少しずつ頷くようにするだけで、額が触れるくらいの距離なのだ。
 
もしかして、今、僕が少し勇気を出せば・・・?
 
いや。
いやいや。
それはいくらなんでも、おかしな話だ。
ネットでは仲がよくても、実際に会うのは今日が初めてなのだ。
ネットで交わしたやりとりも、今日ここまで盛り上がったのも、ゲームの話ばかり。
お互いのプライベートに踏み込んだ話など、ほとんどしていない。
性格だって、よくわかっていない。
だいたい、まだ目的地にすら着いていない。
僕はともかく、まだ彼女が僕を好きになる要素など、どこにもないはず。
こんな時にキスなど迫っていいはずがない。
 
では、この状況で、僕はどうするべきなのだ?
 
汗が流れる感触で、少し我に返る。
 
シートベルトが食い込む。

彼女の口元が、少し動いたような気がした。
 
何か声を出そうとしたけれど、なぜか出なかった。
喉がカラカラだった。
駅で出会ってから、飲み物も用意しないでここまで来たことを、今さらながら激しく後悔した。
きっと彼女も、喉が渇いて仕方がないだろう。失礼な事をしてしまった。
 
もう一滴、汗が流れる。

彼女は今、何を思っているのだろう。

どうしても、動けない。
 
珍しく、この辺鄙な道を車が通り過ぎる音。
 
その音が聞こえなくなりそうな時、
ずっと見つめ合っていた彼女の目が閉じた。
 
あ、と思う間もなく、僕と彼女の唇が触れ、そして離れた。

ようやく解き放たれた。
 
とても長い時間に感じられた。
一瞬の出来事だったのだろうか?
もしかしたら、本当に長い時間、ずっと見つめ合っていたのかもしれない。
 
頭が空になって、何も考えられない。
 
何で、こんな事になったんだ?
早く、遊園地に行かないと・・・。
そういえば、何をしに行くんだっけ。
ゲームの話で意気投合した二人の、最初のデートが遊園地でいいのかな。
ああ、暑いな・・・。何でこんなに暑いんだ。
落ち着け。汗を拭かないと。


 
「私は準備OKですよ!」
 
気がつくと、いつの間にか運転席はぽっかり空いていて、彼女は後部座席に座っていた。
 
「せっかく動けるようにしてあげたのに、類二さん固まったままなんだもん」
「あ・・・ごめんごめん」
 
今度こそ、本当に我に返った。
 
「早くエンジンかけてください。暑いですよう」
「あ、そうだね。ごめん」
「なんかさっきから、謝ってばっかりですねー」

意地悪そうな言い方。
なぜかその顔つきが、今日一番のかわいさに思えた。
 
「あ、そうかな?」

『あ』が多くなっている。馬鹿みたいだから、やめないと。
 
いったん、助手席から降りる。
外は、ものすごい音量の蝉時雨。全然気付かなかった。
運転席に乗り込み、エンジンをかける。エアコンが全力で作動する音。
彼女は、後部座席に座ったままだ。
 
「前に来なくていいの?」
「いいです」
「えー。なんで?」
「・・・。恥ずかしいから!」
 
バックミラー越しに、彼女を見た。
目が合った。
彼女は、にっこりと笑ってくれた。
 
「じゃあ、出発するよ!」
「ちょっと待ってください。喉かわいてません?」
「かわいてるよ。もうカラカラ」
「じゃあ、はい。これどうぞ。冷たい麦茶ですよ」
 
後ろから手を伸ばして、マグボトルを差し出してくれた。
彼女は自分の飲み物を持参してきていたのだ。
 
「ああ・・・ありがとう。でもいいや。その辺のコンビニで、なにか買うよ」
「えーそうですか?今だけでも、飲めばいいのに」
「だって・・・恥ずかしいから!」
「何でー!??」
 
二人して、なぜか今日一番の大笑い。
 
ちょっと微妙な空気を、吹き飛ばすかのような笑いだった。


 
遊園地へ向けて、再び車を走らせる。

もし、僕達がもっと仲良くなって、長い付き合いになっていったとしたら、
いつか、今の出来事を一緒に振り返りたい。
あの時、どんな気持ちだったの?
何を考えていたの?
なぜ、あの時・・・。
 
お互い、今の出来事で頭がいっぱいなのだろう。
再出発してからは、会話らしい会話もなかった。

程なくしてようやく目的地に到着。
駐車場に車を停めた。
 
遊園地の入り口の手前に、丁度良くコンビニがあったので、入ることにする。
 
「遊園地の中は飲み物高いからねー!ここで何か買ってくよ」
「私も行きまーす」
 
このコンビニは、遊園地に直結した駅からも近いためか、客は多かった。
レジに少し並んで、ペットボトルのお茶を買った。
彼女は、僕の知らないお菓子を買っていた。新商品だと言って喜んでいた。
 
コンビニの脇に、灰皿が設置されていた。
 
「タバコ吸うけど、いい?」
「いいですよ」
 
僕がタバコを吸う事は、了解済みである。
火を点けて、一服。煙を吐き出す。
これで、彼女と合う直前の、
リラックスした気分に戻ることができた・・・ような気がする。
タバコの力は偉大だ。
 
あいかわらず暑いのに、
彼女は僕の隣で、黙ってタバコを吸い終わるのを待ってくれている。
煙が少し、彼女のほうへ流れてしまう。
申し訳ない気持ちになる。
 
少し目線を上げれば、遊園地の観覧車。
悲鳴がここまで聞こえてきそうなジェットコースターのコースも見える。

遊園地に直結した駅に到着する電車。
流れてくる人の数はまばらだ。

 
 
タバコの火を消す。
じゃあ、行こうか。そう言おうとしたその時。
 
「あの!私、帰ります!電車で!」
 
え??
今、何て・・・。
 
この時の僕の顔は、ひどい間抜け面だったに違いない。
 
「えっ!何で?」
 
そう言うのが、精一杯だった。
 
「なんか今日私、スカートだし!」
 
思いもよらないことを言う。
 
確かに、スカートでは遊園地を目一杯楽しめないかもしれない。
でも、なぜ今さら?
わかっててその格好をしてくれたんじゃ・・・。
じゃなかったら、別に遊園地にこだわらないで、このままドライブを続けても・・・。
 
いや、たぶん、そういう問題ではないのだろう。そんな気がする。
何と言えば良いのかわからない。
 
「ごめんなさい!でも別に嫌いになったりしたわけじゃないですから!」
「いやいや、それにしても急すぎない?どういう事?」
「今日は本当に楽しかったです!また絶対会ってください!」
「ちょっと待って!何が何だかわからないよ」
「私、類二さんの事好きですから!もう一回キスしたらわかってくれますか?」
「そういう問題じゃなくてさ!いや、もちろん俺だって真紀ちゃんの事好きだけど」
「本当ですか?ありがとうございます!よかった!」
「だから気を取り直して、遊園地が嫌なら別の場所でも・・・」
「いえ、やっぱり今日は帰ります!本当にありがとうございました!また週末にでも会ってください!!」
 
そう言い切ると、彼女は振り返らずに、微妙な駆け足で駅に向かっていった。
 
追いかけることはできなかった。
 
訳が分からなかったが、彼女がいなくなってしまったのは事実だ。
あっという間の出来事だった。
 
こんな所で一人、どうしたらいい?
わからないので、とりあえずもう一本タバコを吸う。
買ったばかりのお茶を、一気に飲み干した。
 

 
まだ昼前なのに、遊園地の駐車場から出る。
高い駐車料金だった。
 
あてもなく、走り始める。
カーステレオを、今日初めてつける。
 
思考に前後関係がないまま、脈絡なく色々な考えが頭をよぎる。
とにかく頭が勝手にいろいろな事を次から次へと考える。
 
僕と彼女が今日初めて会って、お互いの体が触れ合ったのは唇だけ。
奇跡のような出来事だった。

それなのにあっさり、彼女はいなくなってしまった。
これが、女心というやつか?
今日という日の終わり方として、これでいいのか?

気にする必要もないのかもしれない。
あの子はそういう子・・・なのかもしれない。
 
彼女は、僕の事を好きになってくれた。その事に嘘は無いように思える。
週末になれば、きっとまた会うことができるだろう。
 
だいたい、彼女が僕を好きになってくれた理由がよくわからない。
フィーリングとか、そういうものか?
それこそ、今考えたって分かるものか。
俺だって、理由がわからないまま彼女を好きになってしまったのだから、
同じようなものだけど。
 
結局、今日はずっと彼女に主導権を握られたままだった。
 
・・・やっぱり、追いかけるべきか?
彼女が乗り継ぐ駅まで、車で飛ばして間に合うだろうか。
いや、間に合うわけがない。
 
さいわい、彼女の電話番号は教えてもらっているから、
夜にでも電話してみるか?
 
にしてもなぜ、急に帰るなどと言い出したのだ?
案外、本当にスカートが気になっただけなのだろうか?
タバコを吸ったのがまずかったのか?
 
今頃、彼女は電車の中だろうか?
今のうち、メールくらいはするべきか?
もしかしたら、彼女のほうから僕にメールしてくれている可能性もある。
携帯、どこに置いたっけ・・・
 
思い出せない。
 
今の僕は、放心状態なのか?
考えているようで、何も考えていないのかもしれない。
 
ああ、やっぱりそうだ。
なぜなら、道に迷ってしまったからだ。


 
知っている国道まで出てしまえば問題ないが、今自分がどこを走っているのか、見当もつかない。
一体、どれくらいの時間、走っていたのかもわからない。
 
困った。
どうしたものか・・・。
 
一人の中年女性が、道を歩いていた。
この人に聞いてみるか。
ハザードを出し、路肩に車を寄せる。
窓を開け、声をかける。
 
「あのーすいません!国道へ出るには、どう行けばいいかわかりますか?」
 
女性は笑顔で応じてくれた。
 
「ああ、この道もうちょっと行ったら右に曲がっておけば、しばらくしたらすんごく広い道に出ると思うんだけどねぇ。それがなんて言う名前の道路だったかはわからんねぇ」
 
「ありがとうございます!」
 
広い道に出れば、ある程度見当がつくだろう。
 
「それよりあなた!」
「はい?」
「私と踊りませんか?」
「え?」
「夢の中へ、夢の中へ、行ってみたいと思いませんか?」
「はい」
「うふっふー」
 
ここで目が覚めたので、夢終了。
ああ、(正規ルートの)夢の続きが見たい。
comments(1)
どんな斬新な落ちなのか期待して読んでみたら予想通りの夢落ち
| スネ夫 | 2011/11/05 5:50 AM |










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