<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
PROFILE
↑メールなどはこちら

<近況>
2014/11/8 更新してないねぇー ねたはあるんだけどね
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
LINKS
<< はなくそのひみつ。 | main | いそがば >>
人生の難問を解くために
必要なのは何よりもまず計画性だ。
闇雲に前進するばかりでは、後に待ち構えている複雑な局面に対処しきれないし、たとえ状況に応じた判断でその場をしのぐことができたとしても、行動が一々後手に回るから、どうしても受け身の姿勢になってしまう。
積極性を欠いた守勢は視野を狭め、目先の些事に拘泥する結果を生む。つまり、ミスを補うための無用の行動が増加し、これが更にミスの発生率を上げているにもかかわらず、ひたすらゼロに戻すための非建設的な行動が繰り返される。その間に打開策、予防策は講じられず、次第にミスのフォローばかりで手一杯となって、知らぬ間に当初の目的を見失う。
このような状況にあっては苛立ちが捨て鉢となり、最後には神頼みという無惨な結末にいたる。
障害物競走とは知らずに全速力で駆け出すようなものだ。とうてい満足のゆく成果は望めない。結果的に問題を解決できたとしても、それは単に運が良かったというだけの話で、実のところ「失ったものの方が大きかった」という場合の方が多いだろう。

臨機応変のつもりが実際は行き当たりばったりで、気がつけば袋小路に入り込んでいた、というパターンはことのほか多い。比較的難度の低い問題であればそれもまた一興と言えるが、高レベルの問題においては文字通り「命取り」になる。
無計画は時間やエネルギーを浪費するばかりでなく、せっかく訪れた起死回生のチャンスさえも無駄にしてしまう危険性があるのである。

故に、計画性は絶対に必要だ。
それも綿密なシミュレーションの上に組み立てられた、一分の隙もない緻密なプランである必要がある。
まず、全体像を把握し、解決への方向性を定める。問題の肝となる部分を正確に見抜き、絶対に外せない部分から逆算してそのほかの行動を決定してゆく。また、可能であれば、突発的な事態に備えて余力を残しておくことも必要だろう。
これは口で言うほど容易いことではないが、無計画に突き進むよりは遥かに成功率を引き上げてくれる。巧妙なくらいの問題であれば、完璧とはいわないまでも、それなりに満足のいく成果は得られるだろう。是非とも試して頂きたい。

しかし、真の難問、破壊的とされる問題について言えば、このプランを立てる段階から、すでに頓挫してしまうケースが多い。それが実情である。
いくら頭を捻っても、とうてい解ける気がしない。とりあえず計画は出来上がったものの、実行は困難、というより不可能に近い。あるいは、あと一歩まで来ているから、あとは運次第で……。
そのような場合は、無理な賭に出るべきではない。潔く破棄するべきだろう。想定の範囲内ですら解決できていないものを実際に解くことなど不可能であるし、運に左右されるようなプランはそもそもプランとは言えない。ならば実行に移したところで無計画と同じである。当然、満足の行く成果など得られるはずもない。
では、どうすればよいのか?

計画が立てられないほどの難問、あるいは運に頼った成功率の極めて低いプランしか組み立てられないような難問に立ち向かうためには、まったく別種の武器が必要となる。
それは「ひらめき」だ。
ひらめきというのは難局を打破する上で、最も強大な武器となる。これを得ることができれば、その問題はすでに解けたに等しい。もちろん、なくてもどうにかなる場合もあるが、これによって天地のひっくり返るような変化を体験された方は少なくないだろう。
地と図の入れ替わるトロンプ・ルイユ(だまし絵)。その秘められた謎を解き明かす魔法の力が「ひらめき」である。

とはいえ、通常、ひらめきを得るのには時間がかかる。いつかは誰にでも訪れる「ひらめき」だが、天啓を得たのは死の直前、ということだってあり得る。むろん、我々にそんな時間的余裕はないし、そもそも、ひとつのひらめきがそのまま正解になることなど実は稀なのだから、ひらめきは複数回起こらなくては用を為さない。自明のことだが、怠惰な芸術家でもない限り、インスピレーションをひたすら待つのは得策とは言えないのである。

では、待たずしてひらめきを得るにはどうすればよいのか?
答えは単純だ。
頭脳を叱咤して強引にひらめかせればよい。
そのためには、より多くの、幅広い知識を獲得するのは当然として、最も効率的なのは、消去法による可能性の削減である。

言うまでもなく、知識の獲得はひらめきを得る上で欠かせない要素だ。何がきっかけとなってひらめくか分からない以上、その問題とはまったく無関係の知識であっても、この獲得は有用である。ダ・ヴィンチが万能の天才であり得たのは、多方面にわたる知識によって、ひらめきの機会をより多く得ていたからではあるまいか。
一方、可能性の削減については少々の説明が必要だろう。
ここでいう可能性とは、問題を解く上で複数成立するプラン、つまり選択可能な道筋のことである。

複雑な問題──解法が複数あるように見える問題というのは、ほとんどの場合、小さな問題の集合体である。
細かな問題が入り組み、絡み合い、連係し、連続して、ひとつの巨大な難問を形成している。
これを解こうとする場合、ひとつの着想だけに拘るのは危険といえる。というのも、この手の難問は解法が複数あるように見えて、実際には「正解は一手しかない」というケースが多いからだ。そのくせ、ひとつひとつの問題は案外簡単に解けてしまうから、ついつい見通しが甘くなって、最初の着想に固執してしまう。
「これで行けるぞ」と思って進めていくと、かなりのところまで解けてしまうのだが、それを嘲笑うかのように最後の段階で手詰まり、となる。一度勝利を確信しているだけに、これは辛い。では、と思って別の方法を模索しても、結局上手くはいかないだろう。
何故といえば、そのようなケースでは根本的な考えが間違っている可能性が高い。
にもかかわらず、「あと少し」と思い込んでいるため、微調整で解決すると勘違いしてしまうのだ。
この時点で本当に必要な「ひらめき」からは程遠くなり、延々無駄骨を折ることになる。

そこで必要になるのが、可能性の削減だ。これにより、欲しい「ひらめき」を力ずくで呼び寄せることができる。
引き続き上記のケースを例に説明を続けよう。

ひとつひとつの問題は解ける。解法も複数用意できる。ならば、それぞれの解法を如何に組み合わせるか、それが巨大な難問を解く鍵となる。
「ここでこの方法を使えば、次はこうしなくてはならない。するとあれがこうなるから、ここをこうして──」
というように考えを詰めていくわけだが、無論、ここで組み合わせをひとつひとつ試していたのでは、迂遠すぎる。
ポイントは無理のあるプランや効率の悪いプラン、運に頼る要素の強いプランなどを軒並み削除してしまうことだ。これは厳しく、徹底的に行ってよい。
するとこういうことになるだろう。

「絶対に無理だ。解法はない!」

だが、それが正しい。
解法がひとつしかない問題に対して、そもそも間違った着想から始まっているのだから、そこから派生したアイディアなどすべて捨ててしまうべきなのだ。
一度すべてを否定する。
すると初めて、そこに「ひらめき」の余地が生じる。
可能性を狭めたことで「ここでは必ずこうしなければならない」「こうするしかない」という制限ができ、それによってこれまでとは違った発想が求められる。
こうなればしめたもので、目的とする「ひらめき」はすぐそこに来ていると言っていい。

条件や制限がつくと、人はつい苦境に陥ったような気分になりがちだが、それは大きな間違いだ。制限というのは選択肢を限定してくれる上に、それ自体がそのまま解決のヒントになっている場合が多い。特に正解がひとつしかないような問題、いわゆる詰め将棋的な問題では、その制限に着目することで比較的容易に必要な「ひらめき」を得ることができるのである。
このやり方はいわば、理詰めで強引にひらめきを得る手段であって、天才的なひらめきとは若干性質が異なる。些かスマートではないが、効果はあるので是非試して頂きたい。

さて、プランが完成すればあとは実行に移すのみである。
が、難問の難問たる所以は、その実行にこそ難がある、という点を忘れてはならない。
如何に完璧と思えるプランが用意できても、いざ行動に移してみると、思わぬところに落とし穴があったりする。単純な見落としもそうだが、見積もりの段階では隠れていた罠、こちらが行動することで初めて発動するタイプの仕掛けもあるから、それらの対処はその場その場の判断に委ねられる。問題を解く上では実に厄介な要素だ。
このような突発的事態を乗り越えるためには、戦力を温存しておくのはもとより、組み上げたプランを瞬時に破棄、変更できるだけの度量とフレキシブルな頭脳が必要となる。焦って冷静な判断ができないというなら、一度手を止めてじっくり考えを巡らせてみるのもいいだろう。時には不測の事態が、逆に有利な状況を招いていくれる場合もあるかもしれない。

ただし、発生したトラブルが致命的で、取り返しのつかない状況に陥っていたなら、そのときは潔くあきらめてプランの練り直しを図るべきである。下手な悪あがきは時間とエネルギーの浪費にしかならないし、万が一解決に至ったとしても、二度目には通用しないからだ。
もちろん、ここでいう「あきらめる」とは、その状況からの解決をあきらめる、という意味であって、解決自体をあきらめるのではない。むしろ次回に備えての調査、実験、演習等は欠くことのできない重要な作業であり、必ずや問題解決の近道となるだろう。その際には是非、計画性を敢えて無視した奇抜な行動をも試してほしい。それが思いがけず解決の糸口になることもあるだろうし、いっそのこと、最初の数回をまるまるそれに当ててしまってもよい。
いずれにせよ、たった一度の挑戦で解決できるような問題は難問とは言わない。
失敗から学ぶ、転んでもただでは起きない、そういう貪欲な精神が必要だ。

さあ、ここまでくれば、あともうひたすら繰り返し繰り返しトライするばかりである。たとえ仕事中であろうと食事中であろうと、四六時中その問題について考え、試し、極限にまでプランを錬磨する。そうするうち、知らぬ間に経験値が上がって、自身の技量も増していることだろう。

「ひとつの目的を達成するためには、千回同じことを繰り返しなさい」

これは作家の故・開高健の言葉だが、実に味わい深く、真を捉えている。
失敗をおそれるな。
やり直しの利かない問題などない。
失うのはせいぜい、時間と労力と、僅かばかりの小さな命だけである。

いかがだっただろうか。
まったく、何をわかりきったことを長々と──と、うるさく感じられた方もあるかもしれないが、ここまで読み進めて頂いた諸君には、すでに難問に対する心構えが身に付いている。
今後の人生に待ち受けているであろう簡単な問題は言うに及ばず、巧妙(tricky)な問題、困難(taxing)な問題、あるいは破壊的(mayhem)な問題ですら恐れるには値しない。
SPECIALと名の付く問題にはさすがに手を焼くだろうが、己を信じてまず第一歩を踏み出せば、必ずや栄光を手にすることができるだろう。それでは諸君。

レッツ、レミング!

健闘を祈る。




ゲームセンターCX24時間生放送、見ました。
有野の挑戦は「レミングス」
全部見るのに一週間かかった。
レミングスはたいへん素晴らしいゲームです。
comments(3)
はトラブルもなく、彼または彼女の休日の場所に到着しました。したがって、関係なく、あなたの郵便料金を節約するかどうかの具体的なものを投稿している誰もが、あなたの市場を勉強下向きの費用がかかります。それは、有効かもしれない梱包と出荷を参照するために必要なことを意味することを起こる持参の方にも、挑戦することができることはもちろんのこと、ストリーム並ぶ。 Busteフランスによってさらに、まだ彼らはあなたが通常は基本的には信じられないほど退屈なパッキングを試してみて、あなたを出荷しないことを意味します担当を通して優しい予算ならもちろんのこと、そのような欲望を接続するのポストサービスの広い配列が計画になり、実際に存在するは、快適に一日の誰の時間についてだけ明るく活気のある可能性があるもちろんスマート特定の??ものを決めてます。
| スニーカー 激安通販">スニーカー 通販 | 2013/08/13 1:01 PM |
I would like to thnkx for the efforts you’ve put in writing this website. I’m hoping the same high-grade blog post from you in the upcoming also. In fact your creative writing abilities has encouraged me to get my own web site now. Actually the blogging is spreading its wings rapidly. Your write up is a great example of it.
| Savannah | 2014/01/17 5:31 PM |
Generally I don’t learn post on blogs, however I wish to say that this write-up very forced me to take a look at and do it! Your writing taste has been amazed me. Thanks, very great post.
| Nevaeh | 2014/02/22 10:48 PM |










このページの先頭へ