<< September 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
PROFILE
↑メールなどはこちら

<近況>
2014/11/8 更新してないねぇー ねたはあるんだけどね
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
LINKS
<< 逡巡の日々 | main | 巻頭インタビュー >>
Pollyanna
ナンバーワンよりオンリーワンだ。
一番になるより唯一になりたい。
などとほざいている輩を見ると腹が立つ。

考えてもみるがいい。
ナンバーワンとは文字通り一番であり、筆頭であり、最上位だ。
ハーゴン様然り、バラモス様然り、クロオビナンバーワン然り。
あまねく存在の頂点に君臨するものがナンバーワンなのであり、
ナンバーワンともなれば、
『ナンバーワンとそれ以外』というように世界を乱暴に二分することだってできる。
いや、『たった一個人が、それ以外の世界のすべてと等価値である』
という状況こそ、まさにナンバーワンの意味合いなのだ。
それほどまでにナンバーワンとは絶対的、唯一無二の存在である。
ナンバーワンがオンリーワンを内包することなど言うまでもない。

対するにオンリーワンとは何か。クロオビオンリーワンか。
安易に答えるならば、『唯一』。
であるが、『Only』はそれだけで、『唯一』を意味する。
ならば、『One』とは何だ。
ナンバーワンのワンはいい。No.1のoneだからだ。
しかし、オンリーワンのワンはいったい何のoneだというのだ。
直訳したら『唯一の一』ではないか。
そんなに一人になりたいのか。
無論、そんなモノに大した意味などありはしない。
むしろ意味不明になるのも当然といえる。
何故なら、オンリーワンなどという英語はなく、
所詮は和製英語にすぎないからだ。
正しくはワン・アンド・オンリーという。

これだけでもすっかりオンリーワンの化けの皮も剥がれようかというものだが、
より明確にナンバーワンとの力の差を示すためにも、
もう少し具体的な例を挙げて考えてみるがよい。

オンリーワンとはつまり、唯一でありさえすればよいわけであるから、、、

ここに腕が一本の人間がいたとする。
隻腕の男。
もちろん、これは唯一ではないにせよ一生のうちに出会う確率はそうそう高くもないだろうから、
一般的な日本人の視点に立ってみれば、ほとんど唯一の存在に近いといってよさそうである。

が、しかし。
果たして本当にそうだろうか。
もう少し考察を進めてみる。


ここに腕が一本の人間がいたとする。


そこに腕が二本の人間が現れたとする。
そこへ腕が三本の人間が現れたとする。
更にそこへ腕が四本の人間が現れ、
五本の人間も現れ、
六本の人間も現れ、
七本の人間も現れ……
と、続々と現れ続けて最終的に67億本くらい腕の生えた人間が現れ、
どうやらその67億人が世界の総人口であるらしいことが判明する。
するとこの人々はそれぞれに数の違った腕を生やしているわけだから、
間違いなく、それぞれが唯一無二であるということになる。
しかし、実際こうなってしまった場合、いったいどの人間が特別なのか。
確かに、みんなが特別で、みんなが唯一で、
それって本当に素晴らしいことだよね! という気もするが、
でもやっぱり腕が一万本生えてる人と一万一本生えてる人の差なんてよく分からないし、
そんな腕ばっか生えてる人間なんて気持ち悪い。
だいたい、どうやって生活するんだよ。
まあ、限界はせいぜいアシュラマンの6本、といったところだろう。
comments(0)










このページの先頭へ