ポジティブマン
職場の後輩のA君は昨年入社した坊主頭の好青年。
学生時代はずっと体育会系だったという彼は、明るく朗らかな性格で、みんなのムードメーカー的存在であります。
仕事に対する情熱は人並み以上。
責任感が強く、後輩の面倒見もよく、日々の努力を怠らない、という、まさにリーダータイプの人材ですが、ときどき羽目を外してはしゃぎすぎたり、茶目っ気というのか、少々子供っぽい愛嬌を見せることがあるので、上司たちからは叱咤されながらも、それ以上に可愛がられているようです。
ただ、A君には唯一と言っていい欠点があって、それは失敗したときについ悩みすぎてしまうこと、つまり、思考がちょっとネガティブ、ということです。
業務上の失敗なんて誰にだってあることなのだから、適当に反省したフリをして次から気をつければよい、と僕などは思うのですが、以前からA君に大きな期待を寄せている上司たちは、ついつい些細なミスを取り上げて執拗に責め立ててしまったり、そこから発展してA君の職業意識に対する指導に及んでしまったりするのです。
たいていの場合、このころになると上司の話はすっかり本題から逸れており、ほとんど迂遠で不毛な自分語りになっていることしばしばですが、根が真面目なA君はそれをぜんぶ真剣に受け止めて、「どうして自分はこんなこともできないのだろう……」と、どんどん自分を追い詰めてしまいます。
僕たち同僚に対しては、「もうダメかもしれません……」とか、傍から見ていれば大げさとしか思えないような気弱な発言をします。
そんなA君に対して、上司たちは
「そのマイナス思考がよくないのだ」と更に叱咤し、僕たちは「大丈夫、大丈夫、そんなに思い詰めることはないよ。怒られてるうちは期待されてるってことだから」
とか、ちょっとそれらしいことを言って励ましたりします。
するとA君は、ずいぶん悩んだ末に、いくらか無理に笑って、
「そうか……そうですよね。何事もプラスに考えないといけませんよね。
わッかりました! ありがとうございます!
もっとポジティブになるようにがんばります。ポジティブ、ポジティブ」
と、ようやく何かを吹っ切ったように仕事に復帰。
それからデスクに向き直って、せっせとペンを走らせている様子でした。
僕はそんなA君の後ろ姿を見て、「いい若者だなぁ」と、つくづく思うのです。
がんばれ、A君、と。
さて、その翌日。
仕事熱心なA君は、いつもノートにメモを取っています。
実際に内容を見せてもらったことはありませんが、どうやら、その日やらなければいけないことから、翌日のスケジュール、業務のポイント、上司や同僚からのアドバイス、あるいは自分が思ったこと感じたこと、今日の反省点から今後の課題にいたるまで、おそらく日記的な意味も込めて、こまめにノートに書き込んでいる様子です。
その日、A君のデスクを通りかかった僕は、そこでたまたま、そのノートを見かけます。
昨日、何かを吹っ切った後にA君が一生懸命書き込んでいたノートです。
A君は席を外しており、ページが開かれている状態。
ちょっと悪いかな、という気もしましたが、僕は何気なく、チラッと、見るともなしにそのノートを覗き込みました。
正直なところ、失敗から立ち直って前向きにがんばると宣言したA君が、どんなことを考えたのか、少し気になってもいたのです。
ノートには、こんなことが書かれておりました。
*
ポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブ
*
そこで僕たちはA君に言いました。
「いや、ネガティブだろ、これ」
学生時代はずっと体育会系だったという彼は、明るく朗らかな性格で、みんなのムードメーカー的存在であります。
仕事に対する情熱は人並み以上。
責任感が強く、後輩の面倒見もよく、日々の努力を怠らない、という、まさにリーダータイプの人材ですが、ときどき羽目を外してはしゃぎすぎたり、茶目っ気というのか、少々子供っぽい愛嬌を見せることがあるので、上司たちからは叱咤されながらも、それ以上に可愛がられているようです。
ただ、A君には唯一と言っていい欠点があって、それは失敗したときについ悩みすぎてしまうこと、つまり、思考がちょっとネガティブ、ということです。
業務上の失敗なんて誰にだってあることなのだから、適当に反省したフリをして次から気をつければよい、と僕などは思うのですが、以前からA君に大きな期待を寄せている上司たちは、ついつい些細なミスを取り上げて執拗に責め立ててしまったり、そこから発展してA君の職業意識に対する指導に及んでしまったりするのです。
たいていの場合、このころになると上司の話はすっかり本題から逸れており、ほとんど迂遠で不毛な自分語りになっていることしばしばですが、根が真面目なA君はそれをぜんぶ真剣に受け止めて、「どうして自分はこんなこともできないのだろう……」と、どんどん自分を追い詰めてしまいます。
僕たち同僚に対しては、「もうダメかもしれません……」とか、傍から見ていれば大げさとしか思えないような気弱な発言をします。
そんなA君に対して、上司たちは
「そのマイナス思考がよくないのだ」と更に叱咤し、僕たちは「大丈夫、大丈夫、そんなに思い詰めることはないよ。怒られてるうちは期待されてるってことだから」
とか、ちょっとそれらしいことを言って励ましたりします。
するとA君は、ずいぶん悩んだ末に、いくらか無理に笑って、
「そうか……そうですよね。何事もプラスに考えないといけませんよね。
わッかりました! ありがとうございます!
もっとポジティブになるようにがんばります。ポジティブ、ポジティブ」
と、ようやく何かを吹っ切ったように仕事に復帰。
それからデスクに向き直って、せっせとペンを走らせている様子でした。
僕はそんなA君の後ろ姿を見て、「いい若者だなぁ」と、つくづく思うのです。
がんばれ、A君、と。
さて、その翌日。
仕事熱心なA君は、いつもノートにメモを取っています。
実際に内容を見せてもらったことはありませんが、どうやら、その日やらなければいけないことから、翌日のスケジュール、業務のポイント、上司や同僚からのアドバイス、あるいは自分が思ったこと感じたこと、今日の反省点から今後の課題にいたるまで、おそらく日記的な意味も込めて、こまめにノートに書き込んでいる様子です。
その日、A君のデスクを通りかかった僕は、そこでたまたま、そのノートを見かけます。
昨日、何かを吹っ切った後にA君が一生懸命書き込んでいたノートです。
A君は席を外しており、ページが開かれている状態。
ちょっと悪いかな、という気もしましたが、僕は何気なく、チラッと、見るともなしにそのノートを覗き込みました。
正直なところ、失敗から立ち直って前向きにがんばると宣言したA君が、どんなことを考えたのか、少し気になってもいたのです。
ノートには、こんなことが書かれておりました。
*
ポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブポジティブ
*
そこで僕たちはA君に言いました。
「いや、ネガティブだろ、これ」
2007.09.24 Monday
comments(2)