<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
PROFILE
↑メールなどはこちら

<近況>
2014/11/8 更新してないねぇー ねたはあるんだけどね
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
LINKS
<< 新しいPCを買いました | main | 2007年携帯戦争後半戦〜スマートフォンは市場活性化の起爆剤になりうるか?〜 >>
Feel the heat!
選挙戦が始まると、街頭で演説している候補者をよく見かけます。
近所の駅前では、出勤時間帯を狙って毎朝かわるがわる
別の候補者が現れては声を張り上げて演説をしています。
そのすぐとなりでは、アコムのお姉さんがティッシュを配っていたり、
ホットペッパーを山積みにしているお兄さんたちがいたりするのですが、
彼らはお互いに棲み分けでもしているのか、
きっちりと自分たちのテリトリーを守っているので、
駅前がカオス状態に陥ることはありません。

しかし、この棲み分けは正当なものなのでしょうか。
みんながみんな、少なからず演説者に遠慮のようなものを感じていて、
その結果、駅前の秩序が守られているのではないのでしょうか。

「おはようございます、アコムです」
と、わりあい控えめでありながらも、
ごく自然に通行人にティッシュを手渡すアコムのお姉さんたちの技術は
相当に洗練されたものです。
朝の通勤時という、大半の人間にとって愉快でない時間帯、
起きたばかりで何事に対しても億劫になっているこの時間帯に、
ほとんど不快感を与えずに宣伝活動ができるのは、
彼女たちの姿勢の良さと、
通行人一人一人に対して向けられる爽やかな声、
それからしつこくティッシュを押しつけたりせず、
決して通行の邪魔をしない、その潔い引き際、
謙虚な態度に理由の一端が求められると思います。

一方、街頭演説者たちはどうでしょうか。
威風堂々、と言えばその通りですが、とかく声の大きい彼らは、
熱意のこもった声明を更にマイクで拡張させて、
その信ずるところをひたすら街頭にぶちまけています。
配っているのはティッシュではなくてパンフレット。
しかも、たいてい大人数で列をなしているので、
通りにくいことこの上ないです。
ただでさえ大きな声は威圧的で気が滅入るというのに、酷いのになると、
何やら罵るような口調で他政党の批判をしているような輩までいます。
朝からそんなに怒鳴るなよ、と、こちらが露骨に無視しても、
あちらはもとより大衆に向けて演説しているのだから、おかまいなし。
ああ、これでは勝負にならないなぁ。
と、ついアコムのお姉さんと比べてしまうのですが、
もちろん、彼らの競争相手はアコムのお姉さんではありません。
長い時間をかけて、じっくりと地道に洗練されてきた
消費者金融のコマーシャル活動と違って、
演説者たちのそれは短期集中決戦です。
目的も違えば方法も異なるわけで、
いかにして通りすがりの通行人の足を止めるか、
短い時間にどれだけ多くの人間に名前を覚えてもらえるか、
好印象を与えられるか……
おそらくそのあたりにポイントがあるのでしょう。
だから、多少高圧的にでもアピールするし、大衆の危機感も煽るし、
アコムのお姉さんたちも端っこに追いやる。
端っこに追いやられたアコムのお姉さんは、
それでも恨めしそうな顔色ひとつ見せずにティッシュを配っているから、
心が広いと思います。
もし、演説者と張り合って大声を張り上げたりしたら、
せっかくこれまで築いてきたものをぶち壊しにしてしまうでしょう。

それにしても、街頭演説者の色彩のなさといったら。
短い時間にどれだけ好印象を与えられるか、
という命題を前にして、彼らが選ぶのは、誠意と熱意。
それを前提として、度を超さない程度の個性。
もちろん、彼らは奇抜な個性よりも、主張の内容で勝負するべきですし、
政治家を芸人と同じ基準で判断するのは言語道断ですが、
何か、もっとこう、強烈なインパクトというのか、
エンターテインメント性とでもいうのか……いや、そうでなくても、
一瞬で人を惹きつけるような何かがあってもいいような気がしています。
たとえばそれは、通行人が足を止めて、
もっと続きを聞きたくなるような技巧的話術、
導入部分を洗練した演説の技術であってもよいのです。
あるいは、選挙をそんなふうに考えるのは不埒なことかもしれません。
弁舌は政治の一手段に過ぎず、その一芸に秀でているからといって、
その人物が優れた政治家であるとは限らない……。
しかし、それでも、そんな魅力的な街頭演説をしている人物がいたら、
きっと私は足を止めてその人物を見極めようとするでしょう。

さて。
実は先日、私はそれに該当する人物に遭遇しました。

その人物は、白髪、痩せぎすの老紳士で、
抜け目のない、少し厳しそうな顔つきをしていました。
朝の駅前に立ち、通行人に向かって何事か熱心に訴えているその姿は、
いかにも日本の将来を憂う街頭演説者然としているのですが、
他の演説者とはっきり一線を画することには、
どういうわけか、たった一人で街頭演説を行っているのです。
まさに孤軍奮闘。
ポスターもなければ、後援会の人たちも見当たりません。
さらに加えて奇妙だったのは、
彼から20メートルほど離れた位置に、ずらりと選挙ポスターを並べて
「○○をよろしくお願いします」
と、盛大に選挙活動をしている、別の候補者の一団がいることでした。
──おや、これはいったいなんだろう?
もしかして、候補者同士が鉢合わせてしまったのだろうか。
それとも、あの老紳士は候補者ではなく、後援会の人なのだろうか。
私は、少々困惑しつつ、老紳士のいる方に向かいました。
すると、次第に状況がわかってきて、
どうやら老紳士と、もう一人の候補者グループとは
まったくの無関係であることが知れました。
というのも、彼らの主張する内容はあまりにも次元が違ったし、
お互いにその存在を無視し合っていたからです。
──なるほど。すると老紳士は分が悪いな。
私は思いました。
のべ十数人はいようかという相手の候補者に対して、老紳士は一人です。
私がそうであったように、通りすがりの人々は、
彼をあちらの後援会の一人とみなして素通りすることでしょう。
しかし、彼はそうさせなかった。
十数人を相手取ってなお、彼はそれを凌駕する声量、
半ば怒りを詰め込んだ明瞭な声質でもって、
道行く人々に力強く訴えかけていたのです。
その存在感は明らかに相手候補者を圧倒しており、
より多くの衆目を集めています。
私はその肝の太さにすっかり感心してしまいました。
そして次の瞬間、思わず目を瞠りました。
何を思ったか、老紳士が自分のテリトリーを離れ、
ずいずいと威嚇するように相手陣営に詰め寄っているではありませんか!
──うわ、ケンカでも吹っ掛ける気か!?
私はヒヤヒヤしつつ、老紳士を見守りました。
しかし、彼はあくまでも紳士でした。
相手の候補者に罵詈雑言を浴びせることもなく、
彼はただひたすらに、繰り返し、繰り返し、
彼が最初からずっと駅前の通行人に訴え続けていたその言葉──
すなわち、

「どうだーッ! オロナミンCのぉー、空き瓶の、破片だぁ〜!!」

を、よりいっそう大きな声で叫び続けたのでした。

「どうだーッ!
 オロナミンCのぉー
 空き瓶の、破片だぁ〜〜〜!!」

私はたちまち、もっと続きを聞きたくなりました。
しかし、彼はなかなか先を続けてくれません。
そうこうしているうちにも人々は行き交い、
彼の横を通り過ぎたOLらしき二人組が、
「なに、あの人、なんて言ってた?」
「なんか、オロナミンCの破片がどうとか……」
と、怪訝そうに囁き合っているのが聞こえました。

彼の言葉が人々の心に届くには、まだまだ時が必要でした。
けれど、高らかに掲げられた彼の右腕、
そこに握りしめられた小さな茶色の硝子の破片は、
たしかに私たちの将来を示しているのでした。

「どうだーッ!
 オロナミンCのぉー
 空き瓶の、破片だぁ〜〜〜!!」
comments(4)
私は新グロモント派です
| 閃光 | 2007/08/02 12:49 AM |
この記事を今から読みます。
| スネ夫 | 2007/08/04 8:42 AM |
>閃光
関係ないけどタフマンのCMにエキストラ出演したことがあります

>スネ夫
許可します
| 類二 | 2007/08/07 12:59 AM |
What’s up to every one, for the reason that I am actually keen of reading this weblog’s post to be updated daily. It contains pleasant material.
| Julia | 2014/01/22 3:39 PM |










このページの先頭へ