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2014/11/8 更新してないねぇー ねたはあるんだけどね
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ブリスベーンは晴れのち曇り

ブリスベーンは晴れていた。
月曜の早朝、キラーストリートを本社へと向かって歩いていた日刊アスベストの記者、マイルズ・オコーナーは、突然、背後から掛けられた声に足を止めた。

「ヘイ、マイルズ! そこにいるのはマイルズじゃないか!?」

振り向いてみると、カフェテリアの軒先にスパニッシュ系と思しき黒髪の男が立っている。一見して安物とわかる背広に、着たきり雀のよれよれのシャツ。口元には髪と同じ色の強い無精ヒゲを生やし、何か含みでもあるように右の頬だけを吊り上げてニヤニヤと笑っている、その男の顔には見覚えがあった。
「ジョーイ? もしかして、お前、ジョーイか?」
──ジョーイ・エリオット・モリエンテス。マイルズの古い友人だ。
「おいおい、親友の顔を忘れちまったのかよ。そうさ、マイルズ。俺だよ、ジョーイ・モリエンテスだ。久しぶりだな。この街も一年ぶりになるが、着いて早々お前のシケたツラに出くわすとは思わなかったぜ」
そんな憎まれ口も懐かしい。
「オー、ジョーイ!」
マイルズは驚喜し、両手を広げて駆け寄った。「まったく今日は何て素晴らしい日だ。私がどれほどお前の帰りを待ちわびていたことか!」
「ヘイヘイ、マイルズ。俺に会えて嬉しいのはわかるが、こんなところで子犬みたいに抱きつくのはやめてくれ。みんな見てる。ゲイだと思われるだろう?」
「ははは、相変わらずだな。この悪たれジョーイめ。しかし、本当に久しい。あれからもう一年か? ずいぶん懐かしい気もするが……いつ帰ってきた? 今までどこで何をしていたんだ?」
マイルズが質問攻めにすると、ジョーイは目を伏せ、しばらく何事か思案するように顎をさすっていたが、ややあってから大げさに首を振った。
「正確には九ヶ月だな、向こうにいたのは。あれからまだ一年も経っちゃいない。帰ってきたのはつい昨日だが、その間、俺がどこで何をしていたかは、聞かない方がいいだろう」
「おっと、そうだった。お前はいつだって忙しい。聞くだけ野暮ってもんだ。悪かったよ。で、どうなんだ? 今年もリスボンのペパーミントは豊作かい?」
努めて軽い調子で語りかけるマイルズに、ジョーイは例の独特の──右の頬だけを吊り上げる──含みある笑みを返した。
「その件なら心配しなくてもいい。最低でも四本はキープできるはずだ。そんなことより、マイルズ。お前の方はどうなんだ? あの子豚みたいな女とは、その後も上手いことやってるのか?」
素っ気なく応じて話題を転じるジョーイ。その反応を見て当面の状況を察したマイルズは、少々焦れったく思いながらも、しばらく話を合わせることにした。
「もちろんだよ、ジョーイ。それこそ無用の心配ってヤツさ。おかげさまで私とメアリーはチーズフォンデュみたいにアツアツでね、未だに新婚気分が抜けないもんだから、しょっちゅうみんなにからかわれてる。ま、子豚のように可愛かったメアリーも今じゃ立派な雌豚だがね」
「ほう。そいつは何よりだったな。俺も一肌脱いだ甲斐があったってもんだ」
「その件に関しては本当に感謝しているんだ。ジョーイ」
事実そう思っていたので、マイルズは二心なく頭を下げた。
「別に感謝する必要はないさ。俺はアドバイスしただけで、大したことはしちゃいない。結局、お前にはツキがあったってことだろう」
ジョーイはこともなげに言って、懐から取り出したマルボロの吸い差しに火をつけた。マイルズはめげずに一歩彼に歩み寄った。
「それはそうかもしれんが、それでもやっぱりお前は私たちの恩人だよ。メアリーだって感謝している。いや、実際には彼女はお前のことを知らないわけだが……でも本当のことを打ち明けたら、きっとお前を神様みたいに思うだろう。そうだ、今度三人で食事にでも行かないか? いい店を知ってるんだ。これが旨い豚肉を食わせてくれる店で──」
「ハハハ、そいつはいい」
にこやかに提案するマイルズを、ジョーイの哄笑が遮った。
「だがやめておくよ、マイルズ。なにしろ俺は昔から豚ってヤツが大嫌いでね。そりゃあ何匹もくびり殺してきたもんだから、ただでさえ生きた豚どもの恨みを買ってるのさ。その上豚肉なんぞを食おうものなら、俺は死んだ豚どもまで敵に回すことになる。それは勘弁願いたいね」
「ははは、なるほど。そりゃあ確かにお前さんらしい。かまわないよ。メアリーは今のままのでいた方が幸せなのかもしれんしな」
「そういうことだ。ゴミはゴミ箱へ、豚はブタ箱へってな。しかし意外だったよ。あの子豚ちゃんがそこまでお前に懐くとはね。正直、持って半年くらいだろうと踏んでいたんだが……」
「おいおい、そりゃあいくらなんでもあんまりだ、ジョーイ。私たちはあれからずっと円満だよ。これからだってきっと永遠に──」
「ああ、そうだ、ところでマイルズ。話は変わるが、ヤズマットはどうなった?」
「ヤズマットだって?」
不意に転じられた話題に、マイルズの表情から笑みが消える。
「ほら、ずいぶん前に電話で話してくれただろう。実はあれ以来、俺もずっと気になっていてな」
「ジーザス。嫌なことを思い出させてくれたな、ジョーイ」
そこで力なく呟いて、忌々しそうに視線を落とすマイルズ。「せっかく野郎のことは忘れかけてたってのに……」
「何だ、するとまだケリがついてなかったのか?」
「当たり前だッ!」
突然大声を発したマイルズに、ジョーイが怯んだ。
「ど、どうした、マイルズ……?」
「ファック! あの野郎、普段は大人しい顔してるくせに、土壇場になっていきなり手の平返しやがった。私が地道に稼いできたものを、全部あっさりぶち壊してくれたんだ。チクショウ、冗談じゃない。いったいあいつは私からどれだけの時間を奪えば済むんだッ!」
マイルズはすっかり頭に血を上らせた。奴の名前を聞いただけでも、たちまち腸が煮えくり返る。殺してやりたい──と思うのだが、それができないのだから、いっそうに歯がゆい。どうにも苛立ちが納まらず、ちょうど足下を這っていた蟻を奴に見た立てて何度も何度も踏みつぶした。
「おい、落ち着け、蟻に罪はないだろう」
するとジョーイが宥めるように肩を掴んだ。にわかに申し訳なさそうな顔つきになっている。「すまない、マイルズ。つまらんことを思い出させちまって悪かった。もともと俺には関わりのないことだ。今の話はなかったことにしてくれ。それから、お前はもうあんな奴にはこだわらずに先に進んだ方がいい」
それができれば世話はない、と思うのだが、ジョーイが人に頭を下げるのは珍しい。マイルズは、それでいくらから冷静さを取り戻した。
「いや、ジョーイ、悪いのは私の方だ。すまなかった。奴の名前を聞いてついカッとなってしまったんだ。だが、もうすっかりあきらめはついているから、気にしないでくれ。やはり、どう考えても最終的な見返りが少なすぎるんだよ……」
せいぜい負け惜しみと取られないように弁解してみたものの、そこで会話は途切れた。気まずい雰囲気。その後、どちらからともなく切り出して、目の前のカフェテラスに落ち着いた。

二人はしばらくたわいもない思い出話に花を咲かせたが、マイルズは相手が本題を切り出してくるのを、今か今かと待っていた。
二杯目のコーヒーを飲み終えたころ、チラと周囲に首を巡らしたジョーイが、妙に改まった様子で口を開いた。
「なぁ、マイルズ。ところで最近、俺はまた面白い話を仕入れてな」
──そら来た。
マイルズは内心「しめた」と手を叩きながらも、それと気取られないように努めて平静な態度を装った。
「……面白い話?」
何を隠そうジョーイはS級のネタ元だ。つき合いも長く、奴からもたらされる情報はさしずめ金の卵だったが、それ故に足元を見られるようなことも少なくない。
「お前好みのでかいネタだ」
「おいおい、待ってくれ、ジョーイ。そいつは結構なことだが、私ももうずいぶんと歳をとっちまってね。家族もできたことだし、そろそろ仕事は選ばなくちゃいけないと考えていたところなんだ」
本当は早く聞きたくて仕方がなかったが、ハロウィーンのガキみたいにせっつくのは上手くなかった。あくまでも、相手から飴を出させる格好にしなくては。
「まあ、いいから聞けよ、マイルズ。悪い話じゃない」
するとジョーイが思惑通りに食い下がってきたので、マイルズはやれやれと腕を組んだ。
「まったく、私もいい加減お人好しだと思うよ。で、それはどんなネタなんだ、ジョーイ?」
「よく言うぜ」
小さく鼻を鳴らしたジョーイが口元を歪める。
「そうだな。お前もよく知っていると思うが……あれのことだよ」
「……あれ? あれというと?」
「いや、あれはあれとしか言いようがないんだが、つまり……」
煮え切らないジョーイにマイルズは少し苛立つ。しかし、ここで焦っては元も子もない。じっと耳をそばだてて次の言葉を待った。
「……ドアーがあるだろう」
ジョーイが声をひそめて囁いた。眉間に皺を寄せ、ひどく真剣な顔をしている。
「ドアー? ドアーというと、あのドアーか?」
「そうだ。ノブがついていて、押したり引いたりして開けるドアーだ」
「スライド式じゃなく?」
「ああ。自動でもない」
「それがどうした?」
「いや、ドアー自体は問題じゃないんだ。そうではなくてだな、ほら、ドアーの上の方に、壁と繋がるような格好で何か妙なパーツがついているだろう」
「妙なパーツ? それは一般的なドアーのことを言っているのか?」
「もちろんそうだ。よく思い出してみてくれ、マイルズ。お前の家の玄関のドアーにも、おそらく同じパーツがついているはずだ」
ジョーイは幾度も唇を舐めながら、切羽詰まったようにチラチラと周囲の様子を気にしている。
──ドアーのパーツだって?
マイルズはその部分を思い出してみた。しかし、どうもはっきりと細部まで思い浮かべることができない。ドアーなど、これまで注意して観察したことがなかった。
「ジョーイ。本当にそんなものがあったか?」
困惑して訊ねると、ジョーイが苛立ったように舌を鳴らした。
「あった。どの家にも絶対にあるはずなんだ。よく思い出せ、マイルズ」
「そうだな……言われてみれば、そんなモノがあったような気もする。三角というか、いや違うな。あれは確か、棒を二つ、折り畳んだような……」
「それだ! ようやく思い出してくれたか、マイルズ!」
「ああ。まだ何となくだが……しかし、それが何だというんだ?」
「それはだな、つまり……いや、その前にマイルズよ。お前は、あのパーツが何のために設置されているのか、と考えてみたことがあるか?」
「いや、まったくない。そんなパーツのことは一度も……だが、待てよ。だいたい想像はつくぞ。あのパーツはドアーが閉まっているときはぴったり折り畳まれているが、ドアーが開くと九〇度くらいに開くんだ。つまり、ドアーに連動している。ドアーの開閉に関係しているということか?」
「その通りだ、よくわかったな」
頷いたジョーイが真剣な顔をマイルズに寄せ、耳元で囁く。
「いいか、よく聞けマイルズ。ここからが本題だ。これは確かなスジから得た情報だが……実はあのパーツはな、開けられたドアーを自動的に閉じる働きをしているらしい」
「な、何だって!? ドアーを自動的に閉じる? 自動ドアーでもないのにか?」
「シッ! 声が大きいぞ、マイルズ。俺も最初は驚いたが……しかし、それだけじゃない。信じがたいことに、あのパーツにはドアーが閉じる際にその速度を緩慢にする機能も備わっている」
「緩慢にする……だと?」
「ああ。しかも、その速度には幾つか段階があってな、全開状態から閉じる途中までは勢いよくすみやかに、逆に閉じきる直前には減速して音もないほどゆっくりになる。どうしてだと思う?」
「ど、どうしてなんだ、ジョーイ」
「それは閉じきるときに指を挟む危険があるからさ。そうならないように、閉じきる直前は非常にゆっくりとした動きになる。つまり、あのパーツは人知れず俺たちの指の安全を守っていてくれたんだ」
「ば、馬鹿な──」
話を聞き終え、マイルズはごくりと石のように固い唾を飲み込んだ。知らず見つめた指先が震えている。
周囲を気にしながら忙しなく額の汗を拭うジョーイ。
しばし沈黙。

マイルズは激しく高鳴る鼓動が納まるのを待ってから、慎重に口を開いた。
「……それは本当のことなのか? ジョーイ」
「もちろん、すべて本当のことだ。更に付け加えるなら、あのパーツそれ自体には動力を作り出すような機関が何ひとつ備わっていない。ドアが開けられることによって発生したエネルギーをバネなどに蓄えて、ドアの動きを制御するんだ」
「ど、動力がないだとッ!?」
唖然と繰り返すマイルズ。あまりのことに思考力が正常に機能しなくなっていた。
絞り出すようにして、ようやく感想を述べる。
「……とんでもない代物のようだな」
「まさに未知のテクノロジーだ」
「誰が作った?」
「わからない」
「わからないって、おい、ジョーイ!」
マイルズは食ってかかったが、ジョーイは緊迫した面持ちでじっとテーブルに目を落としている。
「わからないものはわからないんだ、マイルズ。だが、それ故に危険でもある」
「危険……なのか、やはり」
「そうだ。考えてもみろ。今や、あのパーツ……いや、あの装置は、世界中の至る所に設置されているんだぞ? それこそペンタゴンの中枢から、お前の家の便所のドアーに至るまでだ。俺たちは知らないうちにあの装置に取り囲まれ、それと知らずに未知のテクノロジーに頼って自分たちの指を守り続けてきたんだ。何年も、何十年も……。こんな恐ろしいことはない」
「そ、そうだな。そして未だに、誰もその存在に気がついていない可能性もある、ということか……」
力なく呟いたマイルズに、ジョーイは大きく頷いた。
「その通りだ。我々はあまりにもあの装置に対して知識がなさ過ぎる。おそらく何らかの意志が働いているのだろうが……これは極めて危険な状況だ。どうだ、マイルズ。お前なんぞは、あの装置の正式な名称すら知らないだろう?」
「し、知らない。確かに。私はあの装置の名前を知らないぞ?」
ジョーイに指摘され、マイルズはにわかに不安になった。
「だが、お前は知っているんだろう、ジョーイ?」
訊ねると、ジョーイはゆっくりと目を閉じて首を振った。
「いや、俺にもわからない。それどころか、知り合いの誰に聞いてもわからないと言われた。あれほど世界中に広まっている装置だというのに、その名前がどうしてもわからないんだ……」
「いわゆる、ドアーを自動的に閉じる装置、ではないのか?」
思いつきを口にしたマイルズに、ジョーイが小さく鼻を鳴らす。
「マイルズ、お前の発想力は小学生並みか? それでは如何にも安直だし、自動ドアーの開閉システムと混同される」
「なるほど、それもそうだな。じゃあ、ドア閉じマシン?」
「駄目だ。センスの欠片もない。タコ消しマシンというならともかく」
「タコ消し……何だって?」
「タコ消しマシン。何故か道をふさいでいるタコのような物体を消すマシンだ」
「そうか。それじゃあ……」
マイルズは考えた。しかし、どうしても解答には至れない。
そもそも、ここで自分たちがその名称を決定することに意味があるのか。
「いったい私にどうしろというのだ、ジョーイ……」
あっさり根を上げるマイルズ。
ジョーイは再び例の独特の──右の頬だけを吊り上げる──含みある笑みを浮かべて言った。
「それをお前に調べて欲しいんだよ、マイルズ。記者であるお前なら、きっと真実にたどり着けるはずだ。みんなもそれを知りたいと思っている。お願いだから、一刻も早く、あの装置の名前を調べ上げてくれ。そうしなけりゃ、万が一、あの装置が壊れたときに何と言って説明したらいいのかわからないじゃないか」


注)ドアクローザと言います。
comments(2)
何を隠そうジョーイはS級のネタ元ですね。
| | 2007/05/30 6:27 PM |
彼はグレイトだ。いつも興奮とスリルに満ちたクールなネタを用意してくれるのさ。
| 類二 | 2007/06/03 11:11 PM |










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