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Lemmingology#6:Lend a helping hand....(3/3)

開けた通路にはワタリとツキシマだけが残された。頭に直接響くようなあのどこかとぼけた曲が、繰り返し繰り返し途切れることなく流れいる。
愉快なクイズタイムを終了したキーティングはそれきり何も言ってこない。
スギムラもハラダも、同じ時間を共有し合った仲間はみんなみんな死んでしまった。ゴールはもう目前だというのに。
立ちはだかる壁の手前にツキシマがポツンとうつむいて立ち尽くしている。スギムラが生きていれば、何か励ますような言葉をかけてあげただろうか。しかしワタリにはそんな言葉など思い浮かばない。
状況は何も変わっていなかった。
目の前には壁があり、ワタリのポケットにはボンバーがひとつ。
もう決断しなければならない。
「ツキシマ……」
ワタリはポケットからスイッチを取りだし呼びかける。ツキシマがゆっくりと顔を起こした。疲れ切ったその表情。
「残ってたんだね、まだ……」
ワタリの手元に視線を移してツキシマが囁く。諦めたような、絶望に満ちた声だった。
「さっきは言い出せなかった」
「そう……」
ツキシマは一度後ろの壁を見上げてから再びワタリに視線を戻す。そして訊ねた。
「──それ、どうするの?」
ワタリには答えられない。答えたくない。しかし──
使わなければ二人とも死ぬ。
「ツキシマ──」
ワタリは一歩踏み出した。
ピクッと肩を震わせたツキシマがゆっくりと退く。しかしその背後には壁。
「あのさ、スギムラがお前のこと好きだって言ってたんだ。気づいてたか?」
「うん。……知ってる」壁際に追いつめられたツキシマは後ろ手に壁を探っている。「この前スギムラに言われたから」
「ああ、なんだ。じゃあちゃんと言ったんだな、あいつ」
言いながらワタリは手の中のスイッチを確かめた。
「……いや、それならいいんだ。なんて言うかさ、俺、見ててもどかしくて……」
ここで生き残れるのはどちらか一人。
もうすぐ全てが終わるだろう。
「ワタリ君」
ツキシマが真っ直ぐにこちらを見つめて言った。
「……私を殺すの?」

                    *

──それとも俺が死を選ぶかだ。
ワタリがそう思ってスイッチを握りしめたとき、
コツ、コツ、コツ。
上空から何か妙な音が聞こえた。咄嗟に二人は顔を上げる。
三面を取り囲む高い壁の頂上。それより遙かに高い天井との間。そこからにょっきりと白い板のようなものがせり出している。
その先端に佇む人影。
「て、テラワキ?」
ワタリは思わず声を漏らした。ツキシマも目を見開いて声を失っている。
それは間違いなくテラワキだった。残る最後の生存者。
左の肩にバッグを担いでじっとワタリたちを見下ろしていたテラワキは、不意に降参でもするように両腕を広げてみせると、何故か大げさに首をすくめた。
そして次の瞬間、
「な──」
躊躇いもせずポンと板の先から飛び降りる。
唖然と見守るワタリたちをよそに、悠々と空中で手にした黄色い傘を開いたテラワキは、それに掴まるようにしてフワフワと落下。
そのままスタッと器用に着地した。
「よう、ワタリ。ツキシマ。残りの二人ってのはお前らか」
着地と同時に傘を投げ捨ててテラワキが言う。
ワタリはしばらく声を出すことができずにいた。放送を聞いていれば、テラワキがまだ生きていることは知れたのだろうが、まさかこうして再会できるとは思わなかった。それにしても、なんて登場の仕方だ。
「て、テラワキ君──」
しばらくしてから、ようやくツキシマが声をかけた。するとテラワキはゆっくりと周囲を見回し、あたりの状況を確認しているようだったが、ふと驚いたように視線を止めて、ワタリの手元を凝視した。怪訝そうに眉をひそめる。
「おいワタリ、まさかそれ使うつもりか?」
不自然なくらい落ち着き払った声。
──使う? 使うって、何を……
「お前が持ってるのって、ボンバーのスイッチだろ?」
その言葉を聞いた途端、ツキシマが思い出したように表情をこわばらせた。
テラワキの口元がニヤリと歪む。
「ち、ちが──」
一瞬自問するワタリ。
本当に違うのか? はっきりとそう断言できるのか? 手の中にボンバーのスイッチ。目の前にツキシマ。この場所で生き残るための手段は一つしかなかったはず──。
「……ワタリ君?」
ツキシマの声で我に返ったワタリは、咄嗟に右手のスイッチを引っ込める。
しかし、
「おいツキシマ、いいから早くこっちに来い。殺されるぞ」
不意に声を張り上げるテラワキに、ピクッとツキシマが反応した。
「待ってくれ! 違うんだ、俺は──」
ワタリは続けて弁解しようと乗り出したが、素早く身を屈めたツキシマに突き飛ばされて体勢を崩した。その隙に壁を離れたツキシマは、逃げるようにしてフラフラとテラワキの方に駆け寄ってく。しかし。
「──きゃッ」
「ツキシマッ!」
ワタリから数メートル離れたところで、テラワキが突然ツキシマの腕を掴んだ。そのまま身体を捻るようにして背後を取ったテラワキは、素早く腕を首にまわしてもがくツキシマの動きを封じる。ほんの一瞬の出来事だった。
「なんのつもりだッ! テラワキ!」
「おっと、動くなよ。ワタリ、まずは質問からだ」
咄嗟に床を蹴るワタリだったが、鋭いテラワキの声に気圧されて立ち止まる。
「そのボンバー以外にアイテムは?」
「ぅ、うぐぅ」
首を絞められたツキシマが苦しそうにうめき声を上げる。
「やめろッ! なに考えてんだ!」
「答えろ、どうなんだ? そのボンバー以外に何か持ってるのか?」
「ない! 持ってない! もうこれだけだ! ツキシマを放せッ!」
叫ぶワタリ。しかしテラワキはじっと睨み付けたまま動かない。その表情はあくまでも落ち着いているように見えたが、行動はすでに尋常ではなかった。
「無理に動くなよ、ツキシマ。腕が折れるぞ」
脅すように諭され、もがいていたツキシマが抵抗するのをやめる。
ワタリにはテラワキの意図が読み切れなかった。ただでさえ差し迫っていた状況が、ますますその度合いを増している。
「それじゃあもう一つ聞くぞ」ツキシマの後ろに立ったテラワキがどこか満足そうに口元を歪めて言った。「──ワタリ、お前にツキシマが殺せたか?」
それは妙な問いかけだった。
「なんだと? どういうことだ?」
「俺が来る前、お前は何をしようとしてた? ツキシマを殺そうとしてたのか? そのボンバーを使って」
テラワキの言葉にツキシマがうっすらと目を開いた。ふるふると揺れるその瞳。
「……違う」呟いてワタリは首を振った。「そうじゃない」
「だろうな」テラワキが冷ややかに言う。「じゃあ、自分で使うつもりだったのか? ツキシマを生かすために?」
そう問われてもワタリは答えることができなかった。もちろん、それも一つの選択肢であることは承知している。しかし……。
「もし自爆するつもりだったんなら、今からでもそうしてもらえると助かるんだけどな。あいにく俺もアイテム切れでね。ゴールはその壁の向こうなんだろ?」
しれっと言ってのけるテラワキ。その表情には圧倒的な優位者の笑みが浮かんでいた。
「くッ──」
ワタリは悔しさで身悶えする。その姿を愉快そうに眺めていたテラワキが、たっぷり間を取ってから頷いた。
「わかってるよ、ワタリ。要するにお前は何も決められなかったんだろ。せっかくのボンバーを無駄にして、二人で仲良く時間切れを待つしかなかった。でもやっぱりまだ死にたくはないんだろ? 違うか?」
──そう。きっとそうなのだろう。けれど。
犠牲にするのも犠牲になるのも全部拒んで、それでも生き延びたいと思って何が悪い。
ワタリは知らず拳を強く握りしめている。
「ワタリ、助けてやるからそのスイッチを渡せ。今からこいつをボンバーにする」そう言ってテラワキはぐっと腕に力を込めた。ツキシマが苦しそうに悶える。「お前が嫌だっていうなら俺がかわりにやってやるよ。それでお前は手を汚さなくて済むし、俺もお前も二人とも助かる。悪くないだろ?」
「ふざけるな。そんなことできるか! ツキシマを放せ!」
真っ直ぐにテラワキを睨み付けてワタリは言った。しかしテラワキは一向に怯まず、ふうんと一度納得したように頷き、
「そうか、お前はツキシマを助けたいんだな? だったらお前がボンバーになってその壁を壊せ。そうすればツキシマは助けてやる。この先にゴールがあればの話だがな。迷ってる暇はないぞ。どっちも選べないなら、俺はツキシマを殺してお前をボンバーにしたっていい。その方が楽だ」
「黙れよ、テラワキッ!」
怒鳴りつけ、ワタリは素早くスイッチを握る右手を高く掲げた。
「ツキシマを放さないなら、俺はこいつを叩き壊す」
それは半ば自棄くその行動だった。悔しさに駆られ、冷静な思考力が失われている。もしテラワキが素直に従わないようなら、このままスイッチを思い切り床に叩きつけてやるつもりだった。
しかしテラワキは見透かしたような瞳を向け、ゆっくりと首を左右に振った。
「お前、それ意味がわかって言ってるのか?」
突き放すような冷たい声。ワタリは同じ要求を繰り返す。
「黙れ! 俺は本気だ。ツキシマを放さないなら今すぐこいつ叩き壊す」
「やってみろよ。だが、それでどうなる?」テラワキが鋭く切り返した。忌々しげな表情を顕わにして、ツキシマの首に回していた腕にグッと力を込める。
「ぅう、うっうぅ」
ツキシマが苦しそうに身を揺すった。
「少しは頭を使え、ワタリ。お前は何がしたい? スイッチを壊したところで、自分で自分の首を絞めるだけだぞ。ツキシマをボンバーにするのと何が違う? お前は俺たちと心中でもしたいのか?」
問いかけられ、ワタリは次第に冷静さを取り戻していく。
──心中だと? 冗談じゃない。誰がお前なんかと。
しかし……そうなのだ。テラワキの分析は正しい。スイッチを破壊すれば道は完全に閉ざされ、ここで三人リミットを待つ以外に方法はなくなる。ボンバーは唯一最後に残された希望なのだ。たとえ絶望とイコールの希望であっても、希望は希望。
全てを投げ出し希望を失い、ただここでじっと死を待つ──俺にそれができるか?
ワタリはゴクリと唾を飲んだ。
すでに見越していたのだろう、テラワキは余裕の表情を浮かべている。そしてツキシマの祈るような眼差し。
──駄目だ。スイッチは壊せない。
理解したワタリだったが、掲げた右腕を下げることはできなかった。
要求に従ってスイッチを渡せば、ひとまず生き延びることは可能だろう。何も決められない自分とは違い、テラワキはきっと躊躇わずにツキシマをボンバーにする。しかしそんなことは認められるはずがない。ツキシマを犠牲にすることは……たとえ自ら手を下さなくても、それだけはスギムラが許さない。
なら俺がボンバーになるか? そうすればツキシマは助かる。何もかも諦めてスイッチを壊す決心がついていたなら、さっきすでにそうしていたかもしれない。いや、躊躇わずにそうするべきだったのだ。どうせ死ぬ覚悟があるのなら、せめて人の役に立って死ねばいい。しかしそれはできなかった。できなかったのは自分がまだ死にたくないからだ。
──ちくしょう。決められない俺は臆病者か?
「もうわかっただろ、ワタリ」
テラワキが落ち着き払った声で言う。
「ツキシマを助けたいならお前が死ね。死にたくないらスイッチを寄越せ。他に選択肢はないんだ。早く決めろ」
「駄目だ! ツキシマを放せ!」
叫びながらワタリは必死で右腕を掲げ続けた。今はその手の中にあるスイッチだけが、唯一こちらに与えられたアドバンテージなのだ。たとえ状況的判断からスイッチを壊せないと見透かされていても、実際の実行力はこちらにあるのだし、少なくともテラワキだってスイッチの破壊だけは免れたいと考えているはず。いや、そうじゃない。それは確実にそうだと断言できる。このことに関しては相手も必死だ。つまり逆に考えれば、このスイッチは最終的な切り札になり得る。
「テラワキッ! 俺は本気だって言ってるだろッ! 早く言うとおりにしろ!」
「呆れたな。まだそんなことを言っているのか?」テラワキがゆっくりと首を振りながら言う。「ワタリ、それを壊せばお前も死ぬんだぞ? それがわかっているなら、もう無駄な悪あがきはやめろ」
やはりそうだ。テラワキはまだ警戒している。お前も死ぬぞと繰り返し脅してくるのは、こちらに状況を理解させてスイッチの破壊を防ぎたいからだ。
ならばスイッチを壊せないとはっきり認めるわけにはいかない。むしろそれを逆手にとって交渉の主導権を握る。最悪でも膠着状態には持ち込めるだろう。
「その手を下ろせよ、ワタリ。どのみちお前にそんなマネはできないんだからな」
じっとこちらを見据えてテラワキが言った。
「いいや。できるさ」
右腕を掲げたままワタリは努めて冷静に言う。嘘でもハッタリでも、ここは相手に揺さぶりをかけることだ。上手くすればツキシマを解放させ、何とか話し合いに持ち込むことができるかもしれない。そのあとのことは──。
今は考えなくていい。
「……テラワキ、俺はもう諦めたんだ。さっきだってスイッチを壊そうと思ってた。そりゃまだ死にたくはないけど、でも生き残ることだってそんなに望んでるわけじゃない。俺は人を殺したくないし、殺されるのも嫌だ。だからこいつを壊して時間切れまで待てば、少なくとも俺は誰も殺さずに死ねる。そうだろ?」
「そう思うなら、お前はスイッチを渡して何処かに消えろ。そんで死ね」
しかしテラワキは微塵も動揺を見せなかった。
「バレバレなんだよ、ワタリ。お前はさっきよりずいぶん冷静になってる。だからそいつはハッタリだ。本当に諦めてるなら、ツキシマを放せなんて要求はしない」
咄嗟に反論することができなかった。自暴自棄の演技はあっさりと見抜かれている。
言われるまでもなく冷静さを取り戻したワタリにはスイッチを壊すことができない。一方テラワキも次第にそれを確信しつつあり、状況はますます悪くなっていく。
「いいか、ワタリ。念のために言っておくがな、もしお前がそのスイッチを壊したら、俺はこの女を徹底的に殺すぞ。あっさりと殺したりはしない。残りの時間を全部使って、お前らに地獄以上の地獄を見せてやる」
そう言ってテラワキはツキシマの髪を掴み、涙でぐしゃぐしゃに濡れたツキシマの顔をこちらに向けた。
「さあ、どうするんだ? ワタリ」
有無を言わせぬ表情でテラワキが迫る。ワタリは必死で考えた。しかし、そうして考えれば考えるほど、最も安直な手段──ツキシマをボンバーにして生き延びるという選択が再び現実味を帯びて浮上してくる。
違う、駄目だ。まだ方法はある。
その誘惑を揉み消してワタリは言った。
「……待ってくれ、テラワキ。話し合おう」
「話し合う余地はない」
「いいから聞け」
あっさりとはね除けるテラワキに構わずワタリはすぐに話し始める。
「……確かにお前の言うとおりだ。俺がこいつを壊せないのは認めるよ。でもそれはツキシマが無事でいる間に限ってのことだ。もし今お前がツキシマを殺せば俺は躊躇わずにスイッチを壊す。これはハッタリじゃない」
こうなればもう認めるしかない。そしてそれは本気の意思表示でもあった。あとはテラワキが信じてくれるよう祈るだけだが、今度はすでにはっきりとその効果が現れいてた。
ピクリと眉を動かしたテラワキは、じっとこちらを睨み付けている。ジリジリと苛立つように刻まれる眉間の皺。すぐに反論してこないのはこちらの言い分を吟味し、次の対応を練っているからだろう。
よし。これでひとまず、かなり危うい状態ではあるが一時的にツキシマの安全は保持することができた。しかし恐れていた膠着状態。
──さて、どうする?
このまま牽制しあっていても時間の無駄だろう。根本的な解決にはならない。同じような要求を繰り返しても、よくしてせいぜい時間稼ぎ。しかもそれは稼ぐ価値のない時間だ。リミットは確実に迫っている。そして悪くすれば相手を逆上させる。堪えきれなくなったテラワキがツキシマを痛めつけ始めるのも時間の問題だ。それはわかっている。
ワタリはゆっくりと深呼吸した。
──ツキシマを取り戻すんだ。
そう。人質であるツキシマを奪還することができれば間違いなく状況は変わる。テラワキの優位性とは全てその上に成り立っているのであり、人質さえなければこちらの行動が制限されることはない。
──でもどうやって?
一瞬、強引に突っ込むことを考えたワタリだったが、そんなことをすれば、テラワキはあっさりとツキシマを殺すだろう。たとえツキシマの存在を無視したとしても、テラワキはワタリよりもずっと体格がいいし、何より喧嘩慣れしているから、格闘に持ち込んだところで圧倒的にこちらが不利。不用意に仕掛けるのはあまりにも危険だ。
「……テラワキ」
先手を取ってワタリはすぐに話し始めた。
「もうよそう。こんなことしてても誰も助からない」
「違うな。それはお前の選択次第だ。ワタリ」すかさずテラワキが口を挟む。「ボンバーを使えば、お前かツキシマのどっちかは助かる」
あくまでも自分は生き残る気でいるらしい。それも当然なのだろうが。
ワタリは首を振って続ける。
「ツキシマを放さないならスイッチは渡せない。こんなやり方は間違ってる。ボンバーを使うにしても、使わないにしても、それは三人で話し合って決めるべきだ」
「話し合うだと? 何を寝ぼけたこと言ってる。お前たちはそれで何か一つでも解決できたのか?」
ちくしょう。腹の立つ奴だ。
「少なくとも協力はしたさ」ワタリは声に力を込めて言う。「水もアイテムもみんなで分け合ったし、最初は上手くいってた」
「その結果がこれだ」テラワキが足下に視線を移した。そこにはテラワキの担いでいたバッグが転がっている。「もう何も残ってないがな、もとは一杯にアイテムが入ってた。チバが持ち逃げしたんだろ?」
なるほど、テラワキはチバが奪ったアイテムをさらに奪ってここまで来たということか。まったく。ワタリはため息をつきたくなる。
「みんな追いつめられて混乱してたんだ。もっと落ち着いて行動すれば、誰も死なずに済んだかもしれない」
「今更だな」
「ああ、今更だよ。でも俺たちはまだ生きてる。こんなことしてる暇があったら、何か別の方法を探すべきじゃないのか? ボンバーを使わなくたって、もしかしたら──」
「そんなものは無いんだよ」提案は即座に打ち消された。「それに、お前の愚痴に付き合う気もない。これ以上無駄口叩くようなら──」
そう言って冷酷な瞳をツキシマに向けるテラワキ。どうやら説得に応じるような相手ではないらしい。ワタリは慌てて声をかける。
「待ってくれ。テラワキ」待ってくれ。まだ何も打開策を思いついていない。「俺たちがこんな目に遭ってるのは誰のせいだ?」
それこそ愚痴でしかなかったがワタリは続ける。「キーティングだろ。あいつのせいで、俺たちはこんな馬鹿げた審査に参加させられてる。いや、こんなのもう審査でも何でもない。ただの悪趣味な殺戮ゲームだ。友達同士で殺し合って、いつまでもそんなこと続けてたら、それこそあいつの思うつぼじゃないか。そうだよ、テラワキ。ここでボンバー使って生き延びたって、それであの男が合格にするとは限らないだろ? いや、失格にするに決まってる。サエキたちが殺されるのを見てわかったんだ。あいつには最初から誰も合格させる気なんてない。俺たち全員皆殺しにするつもりなんだ」
ワタリは必死でまくし立てた。まくし立てるうち、いっそうキーティングが憎くなった。何が審査だ。何がキャプテン・キーティングだ。ヘゴのくせに。陰気で低脳のサディストめ。今度顔を見せたら絶対にぐちゃぐちゃになるまで殴って殴って殴り殺してやる。
「──言いたいことはそれだけか?」
しかし、テラワキはクールだった。あくまでも冷徹に、刺すような眼差し。
「ならここまでだ。ワタリ。俺はこれからツキシマの腕を折る」
そう言ってテラワキはグッとツキシマを突き出した。
──ああもうッ! 最低だ最低だ最低だ。最低過ぎて救いようがない。キーティングもテラワキも何も思いつけない馬鹿な自分も。
ツキシマがピクピク頬を引きつらせ苦悶に顔を歪めていく。
テラワキがグリグリと徐々に腕を持ち上げている。
「待て、テラワキ! わかった、わかったから」
言ってはみたものの、あとのことなど考えていなかった。説得は無駄に終わり、せっかく時間を稼いでも隙の一つも見つけられない。
ならばどうする? どうすればいい?
ワタリはひたすら考える。考えながらテラワキを睨んだ。さすがにここまで生き延びただけあって、大した顔つきをしている。女を人質にとって腕まで折ろうとして、まったく見下げ果てた男とはこいつのことだ。わりと男前な顔立ちに真っ黒な瞳がギラギラと輝いている。それは何の感情も映し出さないくらい、果てしなく深い場所に堕ちた瞳。
案外、俺もあんな目をしているのかもしれない。ワタリは思った。何もできずにこんなことをしている自分だって、相当見下げた人間だ。偉そうなことを言う資格はない。
「──ううッ、うぅッ、うぐぅ」
ツキシマが苦しそうな呻き声をあげた。首を絞められ頭を後ろに引かれているから声も出せないのだ。テラワキは無言でこちらを睨み付けている。このまま何もしないでいれば、確実にツキシマの腕は折られるだろう。
クソッ、やめろ。どうしてそんなことをする? どうして──。
そうだ。なぜテラワキはこんなことをする?
そして、ワタリはようやくそれに思い至った。
やり方は卑怯だが、ツキシマを人質に取ったテラワキの行動は賢明であり有効だった。しかしだからといって絶対的に確実な方法ではない。現にボンバーのスイッチはこちらにあるのだし、こうして手間取っている間にもリミットは刻々と迫っている。ずいぶんと落ち着いた顔をしているが、実際にはテラワキだってことが上手く運ばず相当苛立っているはずなのだ。──そう。テラワキにとって最も確実な手段とは、人質を取る以前にボンバーのスイッチを入手することではなかっただろうか? こちらを油断させておいてスイッチを奪い、その上でどちらかを捕らえてボンバーにする。それほど難しいことではないように思う。しかしテラワキはそうしなかった。──何故?
思い返してみるとツキシマを人質に取ったときのテラワキには迷いがなかった。それはあらかじめ計算された予定どおりの行動だったからではないのか?
そうか。
それならば、あるいは──。
「テラワキ」
ワタリは掲げた右手を下げながら言った。
「これは俺への嫌がらせか? こんな最低な選択を強制しやがって……お前、俺に怨みでもあるのか?」
「別に。知ったことじゃないな」
素っ気なく答えるテラワキ。
ワタリは一歩踏み出して二人の様子を観察する。
辛うじて腕は折られずに済んだのだろう、きつく拘束されたツキシマが虚ろな眼差しでこちらを見ている。背後に立ったテラワキは相変わらず殴りたくなるような不適な笑み。
しかしそこに完全な優位者の余裕をワタリはもう見ない。
ツキシマの髪の後ろに半分隠れたテラワキの額には、びっしりと玉のような汗が浮いている。そして二人の足下。ポタリポタリと床に流れ落ちる赤い──血?
血だ。まだ艶やかに光を反射する赤い血が数滴、床に落ちて擦れている。
ならばおそらく間違いない。テラワキは負傷している。
そのとき再度、ワタリの脳裏にテラワキめがけて突進するイメージが浮上した。
そう。テラワキは最初に躊躇うことなくツキシマを人質に取った。スイッチを持っているワタリではなく、騙し討ちのような形でツキシマを人質に取ったのは体力的な問題を考慮した結果だったのではないだろうか。格闘になった際に分が悪いと判断してやむを得ずテラワキが今のような行動に出ているのなら、こちらにもまだ勝機は残っている。
──いけるか? いけるだろ? いや待て。一瞬、決断しかけたワタリだったが、すぐに別の可能性に気がついて反問する。
……あの血がただの返り血だったら? 
少なくともテラワキはチバと接触している。その際に格闘がなされていたとしてもおかしくないし、それでテラワキが返り血を浴びている可能性だって否定はできない。
ワタリはそっと自分の額に触れてみる。
ぐっしょりと、指先が汗に濡れた。
ここは暑い。汗くらい誰でもかく。
クソ、駄目だ。……決め手がない。
「さあワタリ。わかったなら早くしろ」
テラワキが急かす。せっかちな奴め。しかしもう時間稼ぎをすることもできない。
「もうこの次はないからな。せいぜい悔いのないようにすることだ」
悔いのないように。そんなふうにできるだろうか。いいや。何をやっても悔いは残る。
俺のすることなんて全部そんなものだし、そんなものだった。きっとこれからもそんなものなのに違いない。結局、生きることってそんなものだ。
──なんてね。もうやめよう。考えるだけ無駄。
どうせ俺にできることなんて、もう一つしかないのだから。

「オーケイ。降参だ、テラワキ」
ワタリは一歩踏み出して言う。
「決めたよ、俺はツキシマをボンバーにする」
ワタリが言うと、テラワキの腕の中でツキシマが大きく目を見開いた。そして途端に暴れ出す。
「うぅ、うぅぐぅううッ」
「暴れるな!」
テラワキが忌々しそうに怒鳴りつけて、ツキシマの首をきつく絞めた。
「おい、やりすぎるなよ、テラワキ。せっかくのボンバーが使えなくなる」
言いながらワタリはスタスタと二人の方に近づいていく。
「駄目だ。待て、ワタリ」
しかしテラワキは隙のない眼差しを向けて制止した。
「俺はまだお前を信用したわけじゃない。とりあえずスイッチはそこに置いて、お前は少し離れてろ」
まあね。そう言うだろうとは思っていた。あれほど反発していたのだから、テラワキがあっさり信用してくれなくてもそれは無理もないこと。
「このあたりでいいのか?」
距離はまだそこそこにあったが、テラワキは特に気にする様子もなく頷く。
まったく感心させられるくらい抜け目のない奴だ。
それもわかっていたからワタリは一度スイッチを見つめて息を吸った。
「何してる、早くしろ!」
テラワキが怒鳴る。そうしてワタリはゆっくりと顔を起こし、叫んだ。
「上手くキャッチしろよ、テラワキッ!」
叫ぶと同時にスイッチを思い切り上空に放り投げる。
精一杯力を込めて、出来る限り高く高く。
高く高く上昇したスイッチは次第にその速度を失いのろのろと空中に静止した。
そして、落下。
「てめぇッ!」
一瞬、目を見開いて硬直したテラワキだったが、即座にツキシマを放り出して真っ直ぐスイッチの真下に駆け込んでくる。
「ツキシマッ! 逃げろッ!」
そのときワタリはもう走り出していた。ツキシマとテラワキの距離が開くのを確認して一気にスピードを上げる。スイッチの落下地点は二人のちょうど真ん中あたり。かなりいい加減だったが、ぎりぎりテラワキのダッシュが間に合いそうなポイントを狙ってあった。負傷していることも計算に入れてある。ツキシマを放してスイッチを守りに動くかどうかは賭だったが、その目論見はどうやら成功。諦めの悪いテラワキは一心不乱にスイッチを目指して駆け込んできた。
──今だッ!
上空を見上げながら向かってくるテラワキの足下めがけてワタリは飛びつくようにタックルを仕掛ける。
肩に鈍い衝撃。ワタリはテラワキを巻き込むようにして転倒する。そのままマウントを取って顔面に拳を叩き込もうと右腕を振り上げたとき、グリッと強引に身体を捻ったテラワキの側面から強烈な肘打ちが飛んできた。鋭い衝撃が顎をかすめ、そして間髪おかずに逆側から飛んでくる左の拳──いや、それはただの拳ではない。テラワキの左手にはあの忌々しいスイッチが握られていた。
──クソッ、なんて奴だ。本当にキャッチしやがった。
思う間もなくワタリは咄嗟に身をかわし、突き出されたテラワキの左腕に飛びかかる。
こうなったら何が何でも組み伏してしまうしかない。テラワキがスイッチを持っている以上、それを押しつけられたら終わりなのだ。こっちも必死なら相手も必死。がむしゃらに身体を密着させ、わけもわからず揉み合ううち、ぐるぐると視界が回って何度も頭を床にぶつけた。それでもどうにか互角に渡り合えているのは、テラワキの傷が思った以上に深手だったからだろう。耳元でハアハアと荒い息づかいが聞こえる。そして一瞬目を閉じた隙にガツンと脇腹に鈍い衝撃を受けた。痛みを感じる前にふっと気が遠くなる。しかし掴んだテラワキの左手首だけは何があっても放さなかった。誰が放すか。放すものか。絶対に。絶対に絶対に──。
「ちくしょうッ!」
目を開けたとき、テラワキが恐ろしい形相で睨んでいた。
──何だ?
ぐったりと身体を投げ出したテラワキからは、もう何の抵抗力も感じられない。スイッチを握った腕はテラワキの胸の上にのっている。
「──ワタリ……」
ギリギリと奥歯を噛み鳴らしてテラワキが唸った。
そしてゆっくりと視線をずらしていったとき、ワタリは途轍もないくらい安堵した。
テラワキの頭上でアラビア数字が回っている。
──安堵。そう、やはりこれは安堵なのだろう。しかしそう思う道理がわからない。こうなることを積極的に望んでいたわけではないし、まして狙ったわけでもない。最初からテラワキがスイッチをキャッチできるとは思っていなかった。投げた時点でスイッチのことは諦めていたのだ。だからツキシマを解放させ、テラワキを取り押さえたら、そのあとは何とか他の手段を考えるつもりでいた。それが──。
テラワキのカウンタはすでに作動している。数秒後には爆死するだろう。
俺が殺すことになるのだ。それなのになぜ俺は安堵している?
──いや。
考えている時間はなかった。ワタリは立ち上がり、掴んだままのテラワキの腕を引く。
早く壁まで運ばないと。
しかし勢いよく立ち上がったテラワキの様子を見れば、その考えは嫌でも諦めざるを得なかった。もう一度格闘を挑む力も時間もワタリにはない。
強引にワタリの腕を振りほどいてテラワキが言う。
「よくやったよ、ワタリ。だが俺はお前らのためには死なない」
その真っ黒な瞳。テラワキは諦めたような、それでいてどこか満足したような笑みを浮かべて、ゆっくりとワタリに背を向けた。
それは壁とは逆の方向。
「テラワキ──!」
次第にペースをあげて走り出したテラワキはぴたりと通路の真ん中で立ち止まり、
そこで獣のような雄叫びを残して破裂した。

【残り二人】

                    *

ツキシマがぽろぽろと涙をこぼして泣いていた。よほど怖かったのか、立ち上がることもできずに小さな身体をぶるぶると震わせている。まだ腕も痛むのだろう。
あれほど脅威となっていたテラワキは死んだ。幸運が重なって、どうにかツキシマを助け出すことはできたが、二人にはもう一つのアイテムも残されていない。
目論見は半ば成功した。しかし結果として状況は変わらなかった。いや、ボンバーを無駄に失ったことで、それはむしろ悪くなったとさえいえる。
──それでも。泣いているツキシマを見つめながらワタリは思う。それでも、ツキシマをボンバーにするという選択肢がこの場から消滅したのはせめてもの救いだ。もう二度とそんなことは考えなくていい。
「……ごめんなさい、ワタリ君」
駆け寄ったワタリに、そっとツキシマが囁いた。
「ごめんなさい。……私が、私があのとき信じてたら──」
わっと床に突っ伏すようにして泣きじゃくるツキシマ。その悲しみや痛みはいったいどこに向かうのだろう。
ツキシマが謝ることないとワタリは言った。勝手な判断で最後のボンバーを失ってしまったのは自分の責任だし、ツキシマを助けようとしたのだって、もとを正せば自分が死にたくなかったからだ。真っ先にツキシマを救うことだけを考えていたら、何も躊躇わず犠牲になることを選べただろう。スギムラなら、きっとそうしていた。
「だからツキシマが謝ることないんだ」
「でも……だけど……」
ぶるぶると首を振るツキシマを宥めながら、ワタリはそっとその肩に触れる。
「それよりツキシマ、怪我は? 腕、痛むだろ?」
「……うん、大丈夫。ありがとう」
「礼なんていいよ。俺、全然上手くできなかった。ツキシマをこんな目に遭わせて、テラワキだって殺しちまって……。あんなスイッチ、最初に捨てちまえばよかったんだ。どうかしてたよ。人殺しの道具なんか持ち歩いて、使わないって言ったくせに、結局自分のことしか考えてなくて……本当に、何やってるんだろうな、俺……」
「……ワタリ君」
悲しそうな瞳を向けるツキシマ。気がついてワタリはスッと顔を背けた。
「……悪い、愚痴っぽかったな」
「ううん。いいのよ。ワタリ君は頑張ったもの。それに自分のことしか考えなかったのは私の方だよ。……私ね、捕まってる間もずっとワタリ君のこと疑ってたの。スイッチは渡さないって言ってくれたのに、でも、もしかしたらやっぱり殺されるんじゃないかって、すごく怖くて、だから──」
「いいんだよ、ツキシマ」ワタリは首を振ってツキシマの声を遮る。「俺だって最後まで悩んでた。スイッチ渡して楽になろうかって、ずっと迷ってたんだ」
それは事実。人はそんなに強くない。
「だからもうこんな話はよそう。それよりツキシマ、まだ歩けるよな?」
ワタリが訊ねるとツキシマはふっと表情を曇らせうつむいた。けれどそれは怪我のせいではないのだろう。依然として立ちふさがる壁を見れば、明るい気持ちになどなれるはずもない。それでもワタリは語りかける。
「おい、そんな顔するなよ、ツキシマ。まだ終わりって決まったわけじゃない」
嘆きも後悔も漏らした途端に意味を無くした。懺悔の時間は過ぎたのだ。
励ますようにして肩を掴む両手に力を込めると、ツキシマがゆっくりと顔を起こした。
零れる涙に濡れ、不安そうに揺れる大きな瞳。
ワタリはもう一度問いかける。
「どうだ、歩けそうか?」
「う、うん、でも……」
小さく頷いて、ツキシマがチラリと腕時計に視線を移した。
「でも、ワタリ君、もう時間が……」
時間がないのはわかっている。
全てのアイテムを失い、もう他に打つ手などない。
ワタリは真っ直ぐにツキシマを見つめて言う。
「諦めるなよ、ツキシマ。お前が諦めたら、俺が困る」
「……え?」
ツキシマが不思議そうに首を捻った。
「──お前が生き延びるんだ」
そう言い残してワタリはすっと立ち上がる。天上を見上げた。ピンクとクリームに彩られた垂直の壁面。この馬鹿げた世界の向こう側で、ひとり嘲笑っているその男に向かい、ワタリは腹の底から大声で叫ぶ。
「おいッ! 聞こえてるか、キーティングッ! 俺はこの審査を降りるッ!」
すぐに返答はなかった。ツキシマが目を見開いてこちらを見ている。しかし構わずにワタリは立ちふさがる壁に向かった。向かいながら叫び続ける。
「どうした、ヘゴッ! 聞こえてるんだろ! 答えろよッ! 俺はもうやめるって言ってるんだ! こんな審査はもうまっぴらなんだよッ! 馬鹿にしやがって! 早く俺を失格にしろッ!」
「──ワタリ君ッ!」
そのとき、ツキシマが勢いよく立ち上がった。驚いたように目を瞠り、わなわなとこちらを見つめている。
そして周囲に軋むようなハウリングが響いた。
『へーえ、ずいぶん格好いいことを思いついたじゃないか、ワタリ』粘っこいキーティングの声。『でも、さっきまで必死に生き残ろうとしてた奴の発言とは思えないなァ。どういう心境の変化だ?』
「黙れッ! もうウンザリだ! お前の声なんて聞きたくもない。降りるって言ってるんだからいいだろ。さっさと俺を失格にしろ」
「そ、そんな、ちょっと待って、待ってよッ! ワタリ君!」
慌てて駆け寄ろうとするツキシマを制止して、ワタリは叫ぶ。
「来るんじゃない、ツキシマ! 大丈夫だ。いいか、ヘゴ。俺はもう気づいた。だからこんな審査は降りる」 
『ほーお。何に気づいたっていうのかな? ワタリ君』
キーティングがすぐに問い返した。ワタリはスゥっと息を吸って答える。
「もちろん、この審査のカラクリにさ。本当にくだらないハッタリだ」
一瞬、間ができた。
『……うぅん? カラクリ? ハッタリ? 何のことか先生よくわからないなぁ』
「ハッ、とぼけるなよ。これはあくまでも審査なんだろ? 実際のミッションじゃなく、人員獲得が目的の模擬ミッションなんだ。なのに何で人が死ぬようなやり方をする? そんなの意味ないだろ。もともと人手不足を解消するためにこんなことを始めた連中が、審査の途中でせっかくの人員を無駄に殺すなんてあり得ないんだ」
『だから?』
「だから、こんなのは現実じゃないってことなんだよ。結局は全部嘘のバーチャルリアリティで、実際は誰も死んだりなんかしていない。お前らはそうやって俺たちの行動を観察して、ずっと適性を見極めてただけだッ!」
『……おぉ、おぉ、おおぉッ! 凄いこと考えるね、お前。そりゃあ何ともびっくりだ。ワーォワーォ』
大げさにはしゃぐキーティング。ツキシマが唖然とこちらを見つめている。
構わずワタリは話し続けた。
「ずっとおかしいと思ってたんだ。最初に部屋で気がついたときから妙な感じだったし、だいたい、スイッチを押しただけで身体が爆発するなんて、そんなの完全に漫画だろ。あんな馬鹿げた装置が実際にあってたまるかよ」
『え〜、そう言われてもなァ。実際にここにあるんだから、先生困っちゃうよ』
「だったらそれで俺を殺してみろッ! 現実に戻ったら、すぐにお前をブチのめしに行ってやる! メチャメチャにしてやるからな。現実のお前なんて、どうせ何にもできないヘボ教師だッ! 抵抗なんてできないんだろ? ゴリラみたいな顔しやがって、ヘボのゴリラだからヘゴなんだよ、このヘボゴリラ! 生徒にビクついてるてめぇみてぇなヘタレはな、さっさと教師なんか辞めて便所の中にでも籠もってろッ!」
ワタリはキーティングを罵り、罵り、罵り、罵り倒して息が切れたとき、
「──駄目ッ! ワタリ君ッ!」
はっとツキシマの表情が変わった。白い頬が引きつったまま固まっている。
ワタリは即座に頭上を見上げた。
ゆっくりと回転する数字。それがかろうじて見える。
よかった。どうやら上手くいったらしい。
そう悟ってワタリはほっと胸を撫で下ろした。
まったくバーチャルリアリティなんて、我ながら都合のいいことを思いついたものだ。ほとんど祈り半ばのアイディアだったけれど、それでもみんなのところに行けると思えば勇気も湧いた。これでこの壁は壊せるだろう。ツキシマも助かるし、死ぬほどヘゴをこき下ろしてやれたんだから、まんざら悪い気分でもないってもんだ。
──これでいいよな、スギムラ?
『あーはっはっは』
突然、嘲るような笑い声。
『いやはや、参った参った。ついついムッとしてボタン押しちゃったよ。──でも残念だったなぁ、ワタリ。これは全部現実なんだよ』
「そ、そんなッ! ワタリ君ッ!」
ツキシマが叫ぶ。駄目だ。来るんじゃない。せっかく上手くいきそうなのに、お前が爆発に巻き込まれたら全部台無しだ。
『ほら、なんて言うの? 先生ってアレだろ? なんかさ、毎日みんなに馬鹿にされて、いい加減堪忍袋の緒が切れちゃったっていうのかな。いやぁ、こんなチャンスもう二度とないかなって思ってさ、だからここにいた政府の人たちも皆殺しにして、それで好き勝手にやらせてもらうことにしたんだよ。結果はまあ上々だよな。お前が死ぬところも見られたし』
うるさいヘゴ。お前のことなんてどうだっていいんだ。現実とか虚構とか、そんなのどっちだって構うもんか。
「──ツキシマッ!」
真っ直ぐにツキシマを見つめ、ワタリは叫んだ。
呆然と立ち尽くしたツキシマが震えながら目を閉じる。
「諦めるな、ツキシマ! 頑張れ──」

頑張るんだ。

【残り一人/ミッション終了・ノルマ達成・合格者:女子8番ツキシマ 以上一名・適性審査委員会本部モニタより】

                    *

エピローグ

秋の静かなお昼休みにはやっぱり一人で机に向かって、お気に入りの文庫なんかをぱらぱら捲ったりしているのが一番の幸せ。暖かい部屋の中、お腹いっぱいで活字びっしりの本とにらめっこしていると、いつの間にかついウトウト気持ちよくなってくる。だめだめ、あわてて顔を起こしてギュッと頬をつねっても、抵抗虚しく吸い寄せられて夢と物語の間を行ったり来たり。だからそんなときは潔く諦めて机の上に突っ伏してしまう。滑らかな机の表面にぴったりと頬がくっついて、ひんやりした宝石みたいなその肌触りがもう最高にたまらない。あっという間に瞼が落ちて、クルクルクルクル夢の中。
そこは楽しいことだけがいっぱい詰まったカラフルな世界。
ピンクの地面はフルーツケーキ。可愛い小川はパステルグリーン。黄色い傘をさした女の子がのんびり空を漂って、青い服の男の子はみんなそろって壁登り。ニコニコ楽しそうに笑っている。ここはジャングルの遊園地なのだ。大きな緑のカメレオン。虹のトンネル。雲のクジラ。硝子のお城だってなんでもある。夢の中ではどんなお話も自由。だから夏休みと冬休みを全部使って、いつかみんなであのお城に行こう。地面を掘って遠くの国にも行ってみよう。
けれど夢はすぐに覚める。
ざわざわとまわりが騒がしくなって、心地のよい眠りは妨げられた。いつだって、こうして夢はあっさりとどこか遠くに消えてしまう。
ゆっくりと眠い目を擦りながら顔を起こした。
そこには見慣れた日常の光景が広がっている。
鉄パイプと合板でできた机。同じ材質の椅子。ホワイトボード。大型テレビ。
まわりのみんなは、取り留めもなく、てんでにお喋りを続けている。
「よう、ツキシマ。久しぶりだな」
不意に声をかけられた。となりを見る。そこに懐かしい人が座っていた。
「……ニシザワ先生」
思わず声を漏らしてしまう。
懐かしい、本当に懐かしい。
すると先生はちょっとおどけたように首を傾げて、
「えっと、私はキャプテン・キーティングですが?」
ガラガラと廊下側のドアが開いた。
スタスタと厳めしい顔をした男の人が入ってくる。
みんなは一斉に真面目な顔に戻って正面のホワイトボードに向き直ったけれど、そのとき私の頭の中には大好きだったあの懐かしい人たちの顔が次々と浮かんで、とても目を開けていられそうになかった。
擦っても擦っても、じんわり涙が溢れて目の前が霞んでしまう。
──ぽろぽろ、ぽろぽろ……。
「よく集まってくれたな、諸君」
部屋に低い声が響き渡った。
ぐるっとみんなを見回してから、厳めしい顔つきの男の人が続ける。
「私は第8大隊司令のヘクターである。これより本作戦実行にあたっての最終ミーティングを始める」
それはミッション開始前の戦士たちに告げられる最後の通達。
部屋に集められた100人はじっと固唾を呑んで言葉を待つ。
ヘクター指令は言った。
「知っての通り、本作戦にはかなりの人員が投入されるわけだが、それは諸君らの挑むエリアが極めて攻略困難と予測されるためである。しかし何も恐れることはない。司令部はこれに物量でもって当たることを決断し、すでに現状で出来うる限りの準備を済ませた。あとは諸君らが挫けることなく邁進し、それぞれに己の使命を全うしうれば、必ずや道は開けるだろう。ただし、先発する者は現時点で覚悟を決めて欲しい。おそらく生きて帰ることは叶わないだろうが、犠牲の上にこそ多くの命が育まれるのもまた事実。ならば己を捨て他者を生かすことは称賛に値する英雄的行為である。嘆くことなかれ。それでは発表する。今回のノルマは60%。本作戦の肝となる先発隊はエレイン以下15名で構成し、名誉あるポールポジションは、ニシザワ、お前だ」
淡々と告げられる作戦内容には耳も傾けず、私はいつか壊れてしまった輝かしい思い出を深い記憶の海からサルベージする。
錆びた宝箱の中にぎっしりと詰め込まれたラピスラズリの原石。
素晴らしいみんな。三年二組の仲間たち。
そう言えば、そんな日々もあったのだ。

【TAXING LEVEL:27 ミッションスタート】


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男子
×01アサイ
×02イデイ
×03ウラベ
×04エトウ
×05オダ
×06スギムラ
×07ソネ
×08タムラ
×09チバ
×10テラワキ
×11トノムラ
×12ネモト
×13ムカイヤマ
×14モチヅキ
×15ワタリ

女子
×01イシダ
×02ウエハラ
×03キウチ
×04コミヤ
×05サエキ
×06シバタ
×07スドウ
△08ツキシマ
×09ナカムラ
×10ニシオ
×11ハラダ
×12ミラハ
×13ムラオカ
×14ヤギ
×15ワカサ

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comments(1)
Thanks for writing this post, I was some what well read with this topic. It’s always great learning new concepts.
| Stella | 2014/07/06 1:51 AM |










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