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2014/11/8 更新してないねぇー ねたはあるんだけどね
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Lemmingology#6:Lend a helping hand....(2/3)
「うわぁあああッ!」
頭上から振り下ろされる鉄のくちばし。
すんでの所で相手の攻撃をかわしたスギムラは、転がるようにしてその場を離れた。
すかさず繰り出される二撃目。
「な──」
叫ぼうとしてスギムラは言葉を続けることができなかった。
──何してんだよ、チバ!
チバの両眼はカッと大きく見開かれ、真っ直ぐにスギムラを捉えている。ハァハァと荒い息づかい。手にはツルハシを握っていた。
「じゃあお前、帰れよッ!」チバが怒鳴った。「水飲まなかったらな、人間は死ぬんだよッ、この馬鹿ッ!」
絶叫してチバは闇雲にツルハシを振り回す。
「帰れよッ! 帰れ帰れ帰れッ!」
その向こうに、ぐったりとうつ伏せに倒れているハラダの姿があった。
弾かれたように飛び退いたスギムラは、全力で来た道を引き返しながら思う。
──ちくしょう! 何なんだ? 何でこんなことになった!?

七度目の偵察に出たスギムラ、チバ、ハラダの三人は、五分ほど進んだところで広い場所(といっても四方は相変わらず壁に囲まれていたから、いくら広くても部屋は部屋だ)に出た。その部屋の中央には進路を塞ぐようなかたちで幅の広い川が横たわっていたが、マップで確かめたとおり、そこにはちゃんと橋が一本かかっていた。
ここまでは一応予測していた通り。予測と違ったのは、川の水がいわゆる普通の水ではなくて、明らかに飲んではいけない色をしていたことだ。淡いグリーンの川(流れはほとんどなくて澱んでいたからプールと言った方が正確かもしれない)はボコボコと泡だって、あたりに強烈な臭気を発していた。
そこにたどり着く前、先頭を歩いていたチバがポツリと言っていた。
「……水、足りるのかな?」
コミヤが落としてしまってから、誰もがそれを気にかけていたのだ。
しばらく進んだ後、チバはぼやくようにこうも言った。
「あーあ。水もアイテムも、もっとたくさんあればいいのにな。サエキが気前よくわけてくれたから俺たちはいいけど……」
水もアイテムも、偵察隊には充分な量が持たされていたが、その分、本隊ではそれら物資が不足している。特にトラップ回避用のビルダーはほとんどが偵察隊に託されていた。
また少し進んだところでチバは荷物を眺めながら呟いた。
「なあ、これ持ったままさ、俺たちが戻らなかったら……みんな、困るだろうな」
ジョークのつもりだろうとスギムラは思った。当然、困るどころではないのだ。だからそんな最悪の事態にならないよう、偵察隊は三人で組まれている。
そのときスギムラは少し冗談めかしてチバのぼやきに答えたと思う。
「心配すんなよ、チバ。お前がやられたら俺が荷物持って引き返す。そんで俺がやられたら、そのときはハラダだ」
チバは鼻で笑った。
「バーカ。俺がそんな簡単にやられるかよ」
ハラダが泣きそうな顔をして二人のやりとりを見つめていたが、それからはしばらく黙って通路を進み、特に問題なく例の広い部屋に出た。
そして──。
そう、三人で橋の真ん中あたりまで進んで、そろそろ引き返そうかとスギムラが考え始めたときだった。
「なあ、二人とも──」
急に振り向いてチバが言った。
「マジ提案なんだけどさ、俺らだけで、もうちょっと進まないか?」
スギムラにはチバが何を言いたいのかわからなかったし、ハラダだって同じだったのだろう。キョトンとした表情でチバを見ていた。
「ちょうど水もアイテムも充分あるわけだし……」二人をじっと見据えたままチバは続ける。「いや、別に抜け駆けしようとか言ってんじゃないよ、俺は。……たださ、ほら、なんつーの? ここまで結構上手くやって来たわけじゃん、俺ら。このまま進んでもわりとイケると思うんだよな。ビルダーもたくさんあるし、ゴールだって案外すぐ近くにあるかもしれないし──」
「なに言ってんだよ、チバ」
スギムラはすぐに諫めた。
「そんなこと勝手にできるわけないだろ? 馬鹿なこと言ってないで、早くみんなのところに戻ろうぜ」
チバもちょっとした思いつきを口にしただけだろうと思ったから、厳しくは咎めるつもりはなかったし、それで充分だとスギムラは思った。けれど。
「あ、ああ……でもさ、これってチャンスだろ? 俺たち、水もアイテムもこんなにたくさん持ってるんだ。なあ、だからお前らも頭使ってよく考えろよ。この水、三人だったら全然足りるけど、みんなでわけたら足りなくなる。つまり、効率の問題なんだ。三人で使うのと、十八人で使うのと、どっちが合理的だと思う?」
チバは何故か執拗に喋り続け、スギムラは堪えきれずに怒鳴りつけた。
「いい加減にしろよ、チバ。言ってる意味わかってるのか? これ以上続けたら、いくら俺だってもう冗談じゃすまさないからな」
「けど、スギムラ。アウトドアじゃ飲料水の確保は最優先なんだぜ……」
「もう意味わかんねぇよ。おい、チバ。お前ちょっと頭冷やせ。なに焦ってんだよ。水なんてちょっとくらい飲まなくたって、どってことないだろ。な、ハラダ」
同意を求められたハラダはうんうんと頷く。
「とにかく、俺はもう戻るからな。みんなを連れてくる」
そう言い残してスギムラはその場を離れた。
しかし、橋の真ん中で立ち止まってブツブツと何か小声で呟いているチバから、スギムラはたとえ一瞬でも目を離すべきではなかったのだ。
たぶんそのとき、チバはそれまでの人生にないくらい重大な選択を迫られていたのだし、心を決めるのには充分な時間だってあった。
スギムラがUターンして橋を渡り終えた、次の瞬間。
「きゃぁッ!」
突然、後方からハラダの悲鳴が聞こえた。
驚いて振り向くと、チバがハラダに掴みかかっている。
そして素早く荷物を奪い取ったチバは、そのままハラダを突き飛ばし、持っていたツルハシを振り上げて、唖然とするスギムラめがけて真っ直ぐに──。

「俺は一人でも行くからなッ!」
チバは橋のそばでブンブンとツルハシを振り回して怒鳴り散らしていた。
「スギムラ! チャンスを無駄にするヤツは馬鹿だッ! せっかく誘ってやったのにッ! なんでわかんねーんだよッ!!」
背後からチバの罵声が聞こえなくなるまでスギムラは全力で走り続けた。ハラダを残してきてしまったことが悔やまれる。自分の荷物も置いてきてしまった。
ちくしょうちくしょうちくしょう。
それでもチバは本気だったのだ。
あのチバが、ツルハシ持って襲いかかってきやがった。危うく殺されかけた。一歩間違ったら死んでた。いいヤツだと思ってたのに、なんでそんなことするんだよ、チバ!
スギムラは振り向くことなく走り続ける。
女の子を残して逃げるなんて最低だ。男らしくない。もしハラダに何かあったら、一生後悔するだろう。でもさっきのチバは正気じゃなかった。マップだって持ってないのに、そんなこともわからないくらい、あいつは壊れてた。──クソッ! 水くらい何だよ! そんなモン、こっから出たら嫌ってほど飲んだらいい。みんなに報せたら戻って絶対にぶん殴ってやる。──ああ、でもごめん、ハラダ。

数分後、やっと本隊に合流したスギムラはそれまでに起こったことを報告した。ずいぶん取り乱していたから、みんなが理解するのには時間が必要だった。それでも緊急事態であることだけはすぐに伝わって、本隊は即座に例の部屋まで移動した。
広い部屋。
そこには川があって橋がある。
ハラダがいた。
そしてもう一人。チバは何故か、まだそこに残っていた。
ハラダが橋の真ん中に立たされていて、チバはその後ろで何かしている。
「なにやってるんだ! チバッ!」
すかさず数人が二人の方に駆け寄った。
それに気がついたチバは逃げるようにして対岸に渡る。チラリと覗いたその顔には、引きつった笑みが張り付いていた。
「待てッ! チバァーッ」
スギムラは叫ぶ。
──この裏切り者め!
途端に頭に血が上って我を忘れたスギムラは、駆け出そうとしたところを誰かに羽交い締めにされて為す術を無くした。
「駄目だ、スギムラ」
耳元でワタリの声。
──何が駄目だ!
スギムラはもがく。何人かが飛び出して橋の上を駆けていった。
「馬鹿ッ! みんな戻れッ! 行くなッ!」
ワタリが何か喚いている。
「駄目! ヤギさん、戻って! 早く!」
サエキも喚いている。
スギムラは無理矢理体をひねって右腕を伸ばした。
あと数メートル先にハラダがいる。
「ハラダッ!」
無茶苦茶に腕を振り回すうち、肘がワタリの顎に直撃した。一瞬、拘束する力がゆるんだころを逃さず、スギムラは全力で地面を蹴る。
どうしても、ハラダの元にたどり着きたかった。
「しっかりしろ、ハラダッ!」
その叫びにハラダがはっと顔を起こす。
「ス、スギムラ……」
「待ってろ、今そっちに──」
「駄目! 来ないで!」
拒絶するハラダを無視してスギムラは駆け寄る。橋の上で立ち止まってるシバタたちを押し退け腕を伸ばし、目前に迫ったハラダと向かい合ったとき、
スギムラは悔しさに打ちのめされた。
「お願い! 早く逃げて、スギムラ!」
みんなの水とアイテムを奪ったチバは、どこまでも利己的だった。
ブロッカーにされたハラダは動けない。頭上でカウンタが回っている。
そこに示されている数字は──
【1】
何でだ、何でわざわざそんなことするんだチバの阿呆!!
「ハラダ……」
時間はあまりにも短すぎた。
「もう。駄目だよ、スギムラ。ちゃんと言うこと聞いてくれないと」
目の前でハラダがどこか諦めたように微笑んでいる。はにかむような、優しい笑み。そしてハラダは何故かそっと目を伏せ、
「こんなときにゴメンね、スギムラ。でも聞いて……あのね、私、ずっと前からスギムラのことが──」
しかし、言葉は最後まで続かなかった。
構わずにスギムラは腕を伸ばす。
ハラダに向かって、真っ直ぐに。
──ごめん、ハラダ、俺は、俺は……。
直後にふっと目の前が真っ白になり、
爆風をあびたスギムラの身体はバラバラになって霧散した。
轟音。橋の上は惨状となり広い部屋の中に絶叫がこだまする。
対岸へ渡るための唯一の橋はハラダもろとも崩れ去り、崩落に巻き込まれたネモトとシバタとヤギ(女子出席番号14)は、泡立つ緑の川に呑まれて消えた。

【残り17人】

                    *

T字路の角に身を潜めたウラベは、壁を背にしたままゆっくりと顔だけ突き出して奥の様子を窺った。つい先ほど、そちらから言い争うような喧噪が聞こえたからだ。
「──テラワキだ」
ウラベはスッと頭を引っ込めて振り返る。
「テラワキ?」
今度は後ろに控えていたトノムラが位置を変えて通路の奥を覗き込んだ。こちらに背を向けたテラワキは床にしゃがみ込んで何かゴソゴソやっている。
テラワキもウラベたちと同様、クラスのはみ出し者として認識されていた。彼らに馴れ馴れしく話しかけてきたのはデブのイデイくらいなもので、他の連中は多かれ少なかれ距離を取っているようだったし、教師連中からもやはり同じように睨まれていた。
しかしだからといって必ずしも同じ穴に狢ばかりが住んでいるとは限らないし、類は友を呼んだりもしない。
ウラベの見るところ、テラワキはどこか種類が違っていた。自棄になって荒れているだけのスドウとも違うし、狡猾で手を汚さずに自分の欲を満たすトノムラとも違う。
テラワキは孤独だ。いつもたった一人で喧嘩を挑んで、それで相手にしているのは世の中の人間全部、そんなそんな大それたイメージさえある。
そのテラワキの様子を窺いながらトノムラが言った。
「何やってるんだ? あいつ」
「さあ」ウラベは囁いて首を振る。「……で、どうする? やり過ごすか?」
訊ねるとトノムラは「いや」と短く答えて立ち上がった。
「役に立ってもらう」
そのままトノムラがスタスタと通路に進み出たので、ウラベとスドウもそれに従った。テラワキはこちらの接近に気づいているのかいないのか、ずっと先ほどから同じポーズ。何をしているのだろうと覗き込んだとき、視界に思いがけないモノが飛び込んでウラベはギョッと目を瞠った。
「よォ、テラワキ」
同じものを目にしたはずなのに、トノムラは平然と語りかける。
「あーあ、ひでぇなぁ。お前がやったのか? それ」
指さしたモノは頭のてっぺんにツルハシを打ち込まれたクラスメイトの死体だった。サバゲー大好き自称モデルガンマニアのチバだ。どうやらチバのバッグを漁っていたらしいテラワキがようやく立ち上がって振り返る。
「お、マジかよ。スゲーじゃん。なんでそんなにアイテム持ってんの?」
トノムラが言った。死体のすぐ脇にバッグが三つほど転がっていて、中からどっさりペットボトルやらアイテムやらが顔を覗かせている。テラワキはチラリとチバの死体に目をやってから、なぜか不思議そうに首をひねった。わけのわからないヤツだ。
「なんだか知らねぇけど──」そこで初めてテラワキが口を開く。「いきなりこいつが飛びかかってきたからな。ツルハシ振り回して」
つまりテラワキは正当防衛を主張しているのだろう。あわれなチバは返り討ちにあったのか?
「ふぅん。そりゃ災難だったな」
トノムラは言うが、頭からツルハシを生やしているチバを見ればどっちが災難なのかわからない。チバの死体は壁を背に、もたれ掛かるようにして両足を床に投げ出している。
「そのアイテムもチバが持ってたのか?」
「ああ」テラワキが頷く。
「それで、全部独り占めってワケ?」
「そうだ。──欲しいのか?」
テラワキが意外なことを言った。トノムラは少し考えるような素振りを見せてから、「いんや。別に」素っ気なく答える。「どうせそんな気ないんだろ? ま、くれるんならもらうけどね。あ、でも俺はこれでいいや。これくれ」
途端に浮かれたような口調になってトノムラはテラワキの足下を指さした。
そこにはチバが死んでいる。
「こいつはいらないだろ? な、テラワキ」
「ちょっと、トノムラ。そんなのもらってどうすんのよ」
スドウが本気で不安そうに顔をしかめる。頭の潰れたチバの死体は今にも目玉がこぼれ落ちそうで、とても見られたモンじゃない。
「おいウラベ、まだ残ってたよな? ボンバー」
不意にトノムラが振り向いた。ウラベはビクリとする。
「ボンバー? ああ、まだ二つくらいある……けど?」
「ちょっとォ、だからどうすんのって聞いてんじゃん。無視しないでよ」
「うるさいな。ちょっと黙ってろよ」
適当にスドウをいなしたトノムラは、慎重に床の血溜まりをかわしてチバの死体がもたれ掛かっている壁に近寄ると、秘密の抜け道でも探すような調子で、コンコンとその壁を叩き始めた。
「オーケイ。わりと薄そうだ」言ってトノムラはウラベに何かよこせというような格好で右手を煽る。ウラベは戸惑った。何をするつもりなのだろう。
「死体にも使えるか試すんだよ。ボンバーをさ」
なるほど。
それは案外いいアイディアかもしれない。
「無駄だ」
それまでじっとトノムラの行動を眺めていたテラワキが呟いた。
「何で?」
「もう試した」
「あ、そう」
呆れたように呟いてトノムラは壁を一歩離れる。
警戒しているのかテラワキは射るような眼差しを向けたまま動かない。
空気が妙に張りつめていた。
「で、どうよ? テラワキ」少し間を取ってトノムラが言った。「俺たちも連れてってくれたりするわけ? それとも一人で行っちゃうのかな?」
あっけらかんとした声。
「……さあな」対照的な低音でテラワキが答える。「だが、連れて行って欲しいなら、お前らの持ってる道具を俺に渡せ。それが条件だ」
じっとトノムラを見据えるテラワキの表情には揺るぎはなかった。高圧的な視線。交渉の余地なし。
こんな状況下にあってもテラワキは他人との共同作業を拒むのだろうか。一歩も引く様子のない相手を眺めながらウラベはそんなことを考える。
「いや呆れたね。三対一だってのにさ」
トノムラが首をすくめて言った。
「知るか」テラワキは吐き捨てるように言って足下のバッグを肩に掛けた。「俺はもう行く」
「ちょっと、ねぇトノムラ……」
もどかしそうに二人のやりとりを見ていたスドウが、去っていくテラワキの姿(正確には腰のあたりで揺れているバッグ)を細い目で追いながら囁く。
こんなチャンスをみすみす見逃していいのか?
スドウはそう言いたいのだろう。ウラベもそう思ってトノムラに視線を送ったが、沈黙するトノムラの表情からは何のサインも読みとれなかった。
──どうした、奴のバッグを奪うんじゃ……
と、不意にトノムラの口元が歪んだ。
いつの間にかチバの死体の傍らに移動していたトノムラは、無言でその頭からツルハシを引き抜くと、瞬く間に背を向けたテラワキとの距離を詰めていく。ウラベは一瞬だけ遅れてそれに続いた。スドウも慌ててトノムラを追う。
テラワキはまだ気づいていない。油断している相手に三人がかりならば簡単に──。
ウラベがそう判断してテラワキに掴みかかろうとしたとき、突然顔面に何かが飛び込んできてウラベは咄嗟に目を閉じた。ガン──と衝撃。そのまま後ろ倒しに床に転がる。
慌てて顔を起こすと眼前、トノムラが膝をついて苦しそうに腹を押さえていた。
「ぅぐぎゃあああ」
すぐ隣で悲鳴。腕をねじりあげられたスドウが醜く顔を歪めている。
──ゴキ。
どうやったのか、いつの間にかスドウの背後に回り込んだテラワキは、情けも容赦もなくその腕を折った。
もうスドウの悲鳴は聞こえない。気絶したんだろう。情けないヤツめ。かくいうウラベも完全に鼻の骨をへし折られていた。トノムラは無様に背を丸めて呻いている。
見事なまでの返り討ちだった。
何だよ、テラワキのヤツ。ケンポウでも使うのか?
感覚のなくなった顔面中央からボタボタと流れ落ちる鼻血を拭うことも忘れて、ウラベはよろよろと上体を起こして残った気力を振り絞る。ぐでんとなったスドウを解放したテラワキが水面を這う蛇のような足取りでスルスルとトノムラに歩み寄り、おそらく渾身の蹴りを三発その顔面にぶち込んだとき、ウラベはようやく床に投げ出されていた血塗れのツルハシを握りしめた。
「うぁあああッ!」
ドス。
絶叫して飛びかかったウラベはまたしても床に仰向けに倒れる。今度は腹に強烈な蹴りを決められた。さっきは拳だったんだろう。ちくしょう。
目を開けると無言で見下ろしていたテラワキが無表情のまま腹を踏みつけてきた。勢いよく立て続けに三発。胃に収まっていたものが逆流しそうになる。声を出す暇も与えられないまま、ウラベの意識は遠のいた。
時間にして数十秒。一分は経っていないはず。
再び目を開けると、少し離れたところにしゃがみ込んだテラワキが何かゴソゴソやっている。一瞬、チバのバッグを漁っていたテラワキの姿が脳裏をかすめたが、そうではない。テラワキはバッグの肩掛け部分を引きちぎって、それで気絶したトノムラの両手両足を拘束しようとしている。見るとスドウにはすでにその処置がなされていた。
わけもなくその光景に恐怖したウラベは咽せかえりそうになる呼吸を必死で殺して、ゆっくりと自分の状態を確かめた。
手足は自由。幸運にもまだ順番は回ってきていないらしい。ただ、持っていたバッグはすでに奪われていた。
慎重に体をひねって音を立てないように身を起こすウラベ。テラワキはトノムラを縛るのに夢中になっていて、ウラベの動きに気づいていない。
一瞬、そのニワトリ頭を蹴り飛ばしてやろうかとウラベは考えたが、ズルズルと尾を引く全身の痛みに負けて即座にそれを諦めた。
そんなことよりも早くこの場を離れることだ。やはりテラワキは違っている。和解など望めそうもないし(自分たちが先に仕掛けたことを差し引いてもだ)、ダメージ量からいって再戦も不可能。何より、あの男のそばにいるのが嫌だった。
トノムラもスドウも力無くのびている。あわれなくらい無様だが、構っていればこっちがやられる。そもそも助けてやる義理もない。
ウラベは壁を背に立ち上がって、ジリジリと移動を始めた。
このままある程度距離を稼いだら全力でダッシュ。走り出すだけの体力が残っているか甚だ疑問だったが、他の選択肢は思い浮かばない。ああクソッタレめ。
のろのろと8メートルほど距離を稼いだとき、トノムラにかかりきりだったテラワキがいきなり立ち上がった。
振り向く。
そのときウラベは全力でダッシュして逃走する予定だったのだが、余裕過ぎるテラワキの表情にグラグラと腹が煮え立つのを感じて、あっさりとその予定をキャンセルした。
テラワキには驚いた様子もなければ特に焦ったふうもなく、ただ寒い芸人でも見るような目をして立っていた。
「トノムラたちをどうする気だ?」
せいぜい虚勢を張ってウラベは言う。本当はそんなことなどどうだっていい。
「役に立ってもらう」じっとウラベを見据えたまま、落ち着き払った声でテラワキが答えた。「こんな奴らでも、爆弾がわりにはなるからな」
「てめぇッ!」
などと怒鳴りつけながらウラベは思う。考えることは皆同じってわけだ。ずいぶん前にイデイを失って以来、ウラベたちが求めていたのもまさにそれだった。単独行動しているような間抜けがいれば、捕まえて役に立てる。トノムラは最初からそう言っていたし、スドウもウラベもそのつもりだった。アイテムを大量に持ったテラワキなどいいカモのはずだったが、どうやら立場が逆転してしまったらしい。
テラワキが一歩コツリと歩み寄る。
「く、来るなッ!」
ウラベは怒鳴りつけて壁を離れた。素早く周囲に目を向けたが、武器になりそうなものは見あたらない。
「覚えてろよ、テメェ」
泣きそうなくらい情けない捨てぜりふを吐いてウラベは全力でダッシュした。ここで捕まったりしたら、殺される以前に最低最悪格好悪すぎる。もしテラワキがヒーローの出てくるようなテレビ番組でも見ていれば、そんなことを言い残して去っていく負け犬ををわざわざ追いかけたりはしないだろう。
しかしテラワキは追ってきた。しかも全力で。
あっという間に距離を詰められ、手を伸ばされたらそれまでという恐怖に何度も襲われながら、それでもウラベは懸命に走った。ルート的には来た道を引き返していることになるが、もちろんそんなことは気にしていられない。幸い周辺の通路が狭く入り組んでいたおかげで、テラワキは完全にスピードに乗り切れないようだった。
迫ってきた十字路を右に折れ、少し進んだところでウラベは素早く後方を確認する。追跡者の姿がチラリとよぎった。テラワキはそのまま十字路を直進したようだったが、すぐに戻って勢いよくこちらに突進してくる。
しつこい。しつこすぎる。
ウラベは大声で罵りたい気分だったが、慌てて通路を進もうとしたとき、突然足下に床の抵抗を失い戸惑った。
何だ? と思う間もなく体勢を崩して落下する。
そこは深い窪地だった。窪地というよりは穴。
穴の底に叩きつけられたウラベはあまりの衝撃に気を失った。

【残り16人】

                    *

《第六回中間報告》

『ピンポンパンポーン。ヤーホ! こちらはキャプテン・キーティング。さあ皆さんお待ちかね、今から楽しい中間発表の時間です。どうだー、みんなー、ちゃんと元気でやってるかーってモニター見てるから先生は全部知ってるんだけどね。まあいいや。はい、それじゃあ今回はちょっと趣向を変えて、失格者を発表する前にみんな宛てに届いた励ましのお便りなんかを紹介しちゃいまーす。えー、実はこの手紙、頑張ってるみんなのためにってことで、前回この審査に合格した先輩たちがわざわざ寄せてくれたものだから是非是非攻略の参考にしてください。
それではさっそく一通目。P.Nレッグイーターさんからのお便りです。えー、なになに? 僕はこの審査を受けるまで全然パッとしない普通以下の中学生でした。あらー、そうなのかー。ところが審査に合格してみてびっくり。ほうほう、どうしてどうして? なぜかそのあと急に運気が向いてきて、初ミッションではポールポジションに選ばれるし、そのおかげでカワイイ彼女もできたりで、本当に僕一人がこんなに幸せになって良いのかと驚いてしまうくらいハッピーになれたんです。なのでみんなも絶対合格して最高の幸せを手に入れてくださいね……だって。あー、そうかー確かに初ミッションでポールポジションっていうのは凄いねぇ。先生も羨ましいぞ、レッグイーターさん。
はいそれでは続いて二通目いってみよう。と思ったけどなんだか先生飽きちゃったからもういいや。みんなも別にいいよなー? はい、いいそうなので新しく死んだ人、もとい失格者の発表です。一気にいきまーす。って、あれー、そういえば今回はずいぶん少ないんだよなー。男子11番トノムラ君、女子7番スドウさん、男子14番モチヅキ君の三人だけです死んだのは。困ったもんだねー。いやはや。
……あのさあ、先生ちょっと思ったんだけど、お前たちもしかしてやる気ない? 橋が壊れてからずっと同じところをウロウロしてるみたいだけど?
あーあーあー、もしもーし。君たちは次に自分たちが何をするべきかってことにちゃんと気づいているんでしょうか? もし気づいてるんだったら先生心からの忠告です。躊躇している時間はありません。実際のミッションでは犠牲を踏み越えていくなんてことは、まったくもって日常茶飯事。何も気に病む必要はないし、そういう決断は総じて英断と言うんです。
そうそう、それから、どうやらみんな誤解しているようなので、ここではっきりさせておくけど、何も死んだ奴だけが失格になるわけじゃないんだからな。これはあくまでも審査なので、こっちで失格と判断した場合にも当然死んでもらいますからそのつもりで。
あれ、何? もしかしてお前ら信用してない? 先生の言うこと疑ってるの? まさかこっちから手は出せないだろうとか? ははぁ、そうかそうか、わかったわかった。じゃあせっかくだし、ちょっと今から実演しちゃおうかな。それでみんながやる気を取り戻してくれたら先生うれしいし。
さて男子8番タムラ君。君はみんなに迷惑かけているばっかりで、今までなーんにもミッション攻略に貢献してませんね? 女子のみんなだって偵察に出たりして頑張ってるっていうのに、恥ずかしくないんですかお前は。いやまあな、タムラがケガしてちゃんと動けないのは知ってるよ。でもミッションていうのはそんなに甘くないし、そういうお荷物さんはさっさと切り捨ててあげるべきだと先生は思う。
……と言うわけでタムラ君は失格になりました。今から個人的にボンバーをかけます。みんなも失格にならないように、早くするべきことをしてください。
では最後になりましたが、みんな余裕が出てきたみたいだから、このあたりで新ルールを導入してみようかと思います。これからは同じエリアに10分以上留まっていたらその時点で失格にするので、どんどん先に移動していきましょう。なーに、橋がなくなたって大丈夫さ。なせばなる。自分を信じてがんばれよ。ああ、そうだ。ちなみに同じところをグルグル回り続けるのも建設的でないのでダメにします。オーケイ?

【残り12人】

                    *

通路の真ん中に堂々と構える怪しげな建造物。あまりにも不審なそのオブジェを出口かもしれないと言って駆け寄ったモチヅキは途端に動き出した巨大ローラーにメリメリと巻き込まれて挽肉のようになって死んだ。
ようやく足取りもしっかりしてきて、もうみんなに迷惑をかけたくないと言っていたタムラも、つい先ほどキーティングから失格を言い渡された直後に爆発して死んだ。
みんなのアイテムを持ち逃げしたばかりか、復習を恐れ唯一奥のブロックに通じる橋をハラダたちもろとも爆破して逃走したチバもやはりどこかで死んだらしい。
ハラダがチバに殺されてから、あるいは残り少ない手持ちの水やアイテムの大半を一度に失ったと気づいてから、みんなの様子が少しずつおかしくなり始めた。スギムラはもういない。ツキシマはほとんど口を利かなくなり、いつでもポジティブシンキングが売りのオダやミハラも口にするのはほとんどうわごとのような恨み言ばかり。なんでなんでなんでどうして俺が私がこんな目に。
橋を修復する道具はなかった。残された手段は、橋よりこちら側のブロックのうちでまだ探索の済んでいない通路に望みを託すことだったが、そこにゴールが存在しないと確かめられたときには、それまで嘆く間も惜しんで一行の指揮をとり続けていたサエキでさえもはっきりと絶望の色を顕わにした。道を失った集団はいつしか結束を忘れ、励ましや慰めは嘲りと罵りに打ち消される。
そんな状況下にあって、キーティングの放送は決定的だった。あまりにも理不尽なタムラへの宣告。目の前で爆破される失格者。それは見せしめであり脅迫だった。砕け散るタムラの叫びを聞きながら誰もが理解しただろう。自分たちは今、口の中に銃を突っ込まれているのとなんら変わりのない状態にあるということを。
ゲーム盤はキーティングの目前にある。そこには生存者全員分の命の蝋燭が火を灯しており、あの男はいつでも気分次第でその炎を吹き消してしまうことができるのだ。
ならばもう逃げ道はない。ここでは抵抗と死とはイコール。
自分たちのするべき事に気がついているのかとキーティングは言った。
橋が破壊された以上、残された手段はもう一つしかない。なすべきこと。マップを検証すればそれがなんであるのかは明白だったが、あえて口に出そうとする者はいなかった。新ルールの導入により同じ場所に留まることが許されなくなった一行は、いつの間にか目的の場所にたどり着いている。
あるいは望みなど残されていない方がマシだったのではないかとワタリは思った。

「──やるしかないのよ、もう……」
強いられた沈黙を投げ出すようにして、とうとう口を開いたのはミハラだった。
「やるしかないって……何を?」
演技だろうか、不思議そうに首を傾げてナカムラ(女子出席番号9)が訊ねる。
ミハラは忌々しそうにナカムラを睨めつけ、
「ハッ、何よ今更!」ヒステリックに叫んだ。「そんなの決まってるじゃないッ! とぼけたこと言ってんじゃないわよ! わかってるくせにッ!」
怒鳴りつけられたナカムラは黙ってミラハを睨み返す。ミハラの叫びはなおも続いた。
「ああッ! もうウンザリ! ホント、あんたっていっつもそうだよね。私はなんにも知りません〜みたいな顔しちゃってさ! バッカじゃないの!」
「おい、落ち着けよ、ミハラ……」
オダが駆け寄って肩を掴んだが、ミハラは滅茶苦茶に暴れてそれを振り払う。
「放してッ! もう時間がないのよ!? オダ、あんたわかってんの? 早くしないとみんなタムラみたいに殺されるんだからッ!」
喚くミハラにみんなの注目が集まっていた。
「──ミハラさん」サエキがよく通る声で話しかける。「何か意見があるのなら、はっきりと言って欲しいわね。……つまりあなたはどうするべきだと思うの?」
突き放すような言い方だった。ミハラは暴れるのをやめ、憎しみのこもった眼差しをサエキに向ける。他の者は一様に不安そうな表情でそのやりとりを見守っていたが、しかし決してミハラに助け船を出そうとはしない。
「どうするべきかって、なに? サエキ、そんなこともわからないの?」
ミハラがさっと一同を見回して言った。
「いいわよ、じゃあ言ってあげるわよ。ここから先に進むためにはね、もうボンバーを使って新しい道を造るしかないの。誰かがボンバーになってこの壁を壊してくれたら、それでみんな助かるんだから私はそうしようって言ってるんだけど、どう? これって間違っているかしら?」
半ば自棄になって堂々とまくし立てるミハラ。その場にいた誰もが、聞きたくもないことを聞かされたというような表情を取り繕って沈黙した。ひたすら気まずさが募る。もちろん、すぐに反論が出ないのは、他に手だてのないことをよく理解しているからだ。
「おい、いい加減にしろ!」突然、ソネが怒鳴った。ソネの顔は半分、吹き飛んだタムラの血で赤く染まっている。「そんなの間違ってるに決まってるだろ! みんなもなんで黙ってるんだ!」
「へーえ。じゃあ、ソネ。あんたはどうしろっていうのよ?」ミハラがどこか勝ち誇ったような表情で言う。「他に何か良いアイディアでもあるの? あるなら早く言ってみなさいよ。ほら、もうあと5分しかないんだから」
ソネはミハラの追及に答えられない。他の誰だって答えられない。唯一の解答はすでに提示されているのだから。
「とにかくボンバーは駄目だ」それでもソネは頑なに主張した。「俺は絶対に賛成できない。そんなのは……間違ってる」
「ハッ、わかってるわよ、そんなこと!」ミハラが喚く。「でも他にどうしようもないでしょう! このまま何もしないでいたら五分後にはみんな死ぬの。ニシオやハラダやタムラみたいに、みんなバラバラに飛び散って死ぬのよ! 私はそんなの絶対にイヤ」
死ぬのはイヤだ。誰だってそうだ。そんなことは今更ミハラに言われなくたってわかり切っている。
再び沈黙が訪れた。もう時間がない。チラリと腕時計を確かめたサエキが、一歩踏み出してみんなに言った。
「──決を採りましょう」
一斉に顔を起こしてサエキに注目する一同。
「な、おい、なに言ってるんだ、サエキ──」
食ってかかるソネを無視してサエキが続ける。「ボンバーを使うことに賛成の人、挙手してください」
ミハラが早速手を挙げた。不安そうにみんなの顔色を窺いながらムラオカ(女子出席番号13)怖ず怖ずと腕を上げる。そして、うつむいたままオダ、ナカムラ、ウエハラ、コミヤ。
ソネが驚いたように目を瞠ってみんなを見ていた。
最後にゆっくりと、サエキが自ら手を挙げて言う。
「賛成は7人。では反対の人」
今度はしばらく誰も挙手しなかった。10人中7人が賛成したのだから、残った者に何ができるというのだろう。ソネが慌てて手を挙げる。
「反対は1人だけのようね。……残りの二人はどういうつもりかしら?」そう言ってサエキは、ワタリとツキシマに批判的な眼差しを向けたが、小さくため息をついてから淡々と言った。「何か意見があるのなら聞きたいところだけれど、時間がないのでこのまま進めます」
有無を言わせぬ司会進行。
──そんなのってあるか。
ワタリは思ったが、黙ってその光景を見守っていた。どんなに卑怯だと罵られても、こんな決議に参加できるはずがない。そもそも無意味なのだ。ボンバーの使用を決定したところで、その先自分たちに何ができるというのだろう。
「次はボンバーになる人だけど……志願者はいないわよね、当然」
サエキがそう言って鋭い眼差しを向けると、やはり一同はあたふたと顔を伏せた。
そらみろ。問題は何も解決していない。いい加減な覚悟で賛成なんてするからだ。
内心罵声を浴びせるワタリだったが、サエキは進行を止めなかった。
「立候補する人がいないのなら、誰か相応しい人を推薦してください。発案者としてミハラさん、どうですか?」
「嫌よ、私は嫌ッ!」早とちりしたのか指名されたミハラがけたたましく叫んだ。「絶対に嫌!」
「当たり前だ! そんなの誰だって嫌に決まってるだろッ!」いきり立ったソネがここぞとばかりに口を挟む。「もうやめろよ、こんなの!」
しかしサエキは完全にそれを無視して、
「もうあまり時間がありません。ミハラさん、発案者としてあなたには責任があると思います。立候補したくないなら、せめて誰か他の人を推薦してください」
何かがおかしかった。学級会でも進めているような冷静なサエキの態度に、ミハラは完全に気圧されている。
「どうですか、ミハラさん」半ば強制するようなサエキの声。
「わ、私は……」観念したように呟いて、ミハラはゆっくりと順番にみんなを見回し始めた。大きく見開かれたその瞳。そこにはチロチロと獲物を見定めるような陰湿な輝きが宿っている。
沈黙。誰もが気配を潜め、その視線から逃れようと必死になっていたとき、
「──あ」
ミハラが何かを見つけたように呟いた。固定される視線。
「……コミヤ」
名を呼ばれたコミヤが、ビクッと肩を震わせる。──と、それまで緊張に固まっていたミハラの口元が、何故か安堵したようにほころんだ。
「委員長」ミハラは素早くサエキに向き直って言う。自信に満ちた声で。「私はコミヤさんを推薦します。だって、もとはといえばあのコが原因でしょう? コミヤが水を落としたりしなけりゃ、チバの馬鹿だってあんなことしなかったかもしれないんだよ? そしたら私たちもこんな目に遭わなくて済んだんだし。そうだよ、悪いの全部コミヤじゃん。コミヤが水を落としたりするからいけないのよ。みんなだってそう思ってるんでしょ? だったらコミヤに責任取ってもらうべきよ」
次第に語気を荒げ、せわしくまくし立てたミハラは、ついにはコミヤを指さした。
「──それにコミヤ、あんただってオメイヘンジョウしたいでしょ?」
「そ、そんな……」
消え入りそうな声でコミヤが呻く。ガタガタと震え出すその小柄な身体に、品定めでもするようなみんなの視線が集まっていた。
「まぁ確かにな」ポツリとオダ。「あの水は痛かった」
「そうだよね、やっぱり……」顔を背けてナカムラが呟く。
そしてサエキがまとめるように言った。
「わかりました。他に意見がないようならもう一度決を採りましょう。コミヤさんがいいと思う人」
「ちょ、そんな、待ってよ」
慌てて駆け寄るコミヤを無視して、ミハラがスッと手を挙げた。コミヤを除く先ほどのメンバーが次々とそれに続く。
「い、嫌だよ、嘘でしょ? やめて、やめてよ、ねぇ、ナカムラ──」コミヤは泣きながらナカムラの腕にしがみついたが、ナカムラは煩わしそうに顔を背ける。「お願い、そんな、待ってよ、オダ君──」
今度はオダがまとわりつくコミヤを強引に引き離して突き飛ばした。床に倒れ込んだコミヤは呆然とみんなを見つめてパクパクと口を動かしている。
「どうしてよ、オダ君! どうして? ねえ、さっきはみんなも大丈夫だからって、気にすることないって、言ってくれたじゃない……」
しきりに身体を揺すり懇願するコミヤ。挙手する者たちは皆冷酷な瞳を向けるだけで決して声をかけようとしなかった。愕然と見開かれたコミヤの瞳から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
「賛成は6人。……決定ね」
コミヤを見ずにサエキが言った。
「嫌、嫌だよ、ゆるっ、うぅ、許してよ、ごめ、ひっく、ごめんなさい。謝るから。もう絶対あんなことしませんから、ごめんなさい、ねぇ、ごめん、うぇ、ごめんなさい、ごめんなさいってばぁ……」
顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくるコミヤ。無言でその姿を見つめていたオダが躊躇いもなくボンバーのスイッチを取り出した。そのとき、
──バンッ、ソネが勢いよく壁を叩いた。
「やめろッ! こんなの人殺しと同じだ!」罵り、コミヤに駆け寄ったソネはそっと優しくその肩を掴む。「──コミヤ、落ち着け、大丈夫だ」
コミヤがゆっくりと顔を起こした。一度大きく頷いて、さっと一同を見回すソネ。
「もうこれ以上付き合いきれない。俺は他の道を探す。コミヤも連れて行くからな」
そう言ってソネが再びコミヤに向かい合ったとき、突然一歩踏み出したオダが思い切りソネの顔面を殴りつけた。
「──ぅぐっ」
そのままコミヤの襟首を掴んだオダは、暴れるコミヤを力ずくで立ち上がらせ、投げるようにしてポンとミハラたちつき渡した。
「い、嫌ぁッ、放してッ」
「何のつもりだ、オダ!」
ソネが潰れた鼻を押さえながらオダを睨みつける。
「うるさい。勝手なこと言ってんじゃねぇ! これはな、みんなで決めたことなんだ! さっきはコミヤだって賛成してただろ! おい、ワタリ! 早くこの馬鹿を取り押さえろよ」
命じられたワタリだったが、動くつもりなどなかった。いや、単に選べなかったのだ。ソネを取り押さえることも、コミヤを助け出すことも。
「チッ、腰抜け野郎!」蔑むように怒鳴って、オダが持っていたスイッチをミハラたちに投げ渡す。「早くしろ、ミハラ!」
「い、いやぁぁああ!」
「やめろッ! よせッ!」
次の瞬間、ソネの抵抗も虚しくコミヤの頭上でカウンターが作動した。ミハラとムラオカがコミヤの首根っこを押さえつけて力任せに突き飛ばす。壁に激突したコミヤはぐったりと床に崩れ落ち、ふらふらと顔を起こして縋るような瞳をソネに向けたが──。
近くにいた者たちは一斉にその場を離れた。
炸裂音が響き渡り、あたりに砕けた壁の破片が降り注ぐ。
そうして尊い犠牲の上に新たな道は開かれたが、泣き叫ぶソネの声にワタリは耳を塞がずにはいられなかった。

【残り11人】

                    *

「──お前らは人殺しだ」
ソネはその場にいた全員を睨みつけて言った。
「わかってるのか? お前らがコミヤを殺したんだ」
「仕方がないでしょ。みんなで決めたことなのよ」
サエキが冷たく言い放つ。
「仕方がないだと? ふざけるな! 自分が生き延びるためなら友達殺してもいいって言うのかッ! みんなで決めたって何だッ!」
「ちょっと、うるさいわよ、ソネ」自分の荷物を担ぎながらミハラが言う。「あんたさ、なに一人でカッコつけようとしてるワケ? 自分だって同罪じゃん」
「違う! 俺は反対した!」
「だったらコミヤのかわりにあんたが立候補すればよかったのよ。そしたらコミヤが死ぬことなかったでしょ? 違う? なにもしてないくせに偉そうなこと言わないでよ!」
ミハラの言葉にソネは黙った。
違う。ソネがなにもしてないなんてことはない。なにもしていないのは自分だ。ワタリは思う。ひたすら沈黙を続けてコミヤを見殺しにした自分は卑怯だ。常軌を逸したみんなの行動を制止するでもなくただ静観し、あまつさえその成り行きに微かとはいえ希望を見出そうとしていた自分は限りなく卑怯だ。結果として命は長らえたが、その過程において自分は最悪の判断をした。いや、判断さえできずにいたのだ。卑怯だ卑怯だ卑怯だ。それはわかる。しかし、ワタリにはそれ以上考えを進めることはできなかった。
悔しそうにうつむくソネを残してミハラがさっさと歩き出し、他の者たちも黙ってそれに従った。もう立ち止まっている時間はない。
「行こう、ソネ」
ワタリはソネに呼びかける。犠牲の上に立つ者はひたすら生き続けなければならない。たとえどんなに卑怯であったとしても。
しかしソネは堅く拳を握りしめ、
「──嫌だ」
はっきりと拒絶した。
「その道を通ったら、お前らのやり方を認めることになる。それはできない」
その言葉に皆がいったん足を止めてソネの方を振り返る。
ソネはぐるりと一同を見回して、突然高らかに声を張り上げた。
「その道を進むってことはな、人間やめるってことだ」
「黙れよ、ソネ!」素早くオダが怒鳴りつける。「どのみちここ通らなきゃお前だって死ぬんだ。意地張ってないでさっさと諦めろッ!」
そしてオダは再び背を向け歩き始めた。
ワタリは黙ってソネの正面に立ちすくみ、その傍らでツキシマが不安そうに二人の様子を見つめている。
「ワタリ……」ポツリとソネが呟く。「ツキシマ、俺はもう嫌になったよ。こんなこと言いたくないけど、あいつらどうかしちまってる。でも、お前たちはまだ正気だよな?」
そう言って順番に二人を見つめるソネ。
「俺はここに残るよ。ああ、死んだって構うか。友達殺して生き延びるよりはずっとマシだ。そんなの人間のすることじゃない。お前らだってそう思うだろ?」
ワタリには頷くことができなかった。ツキシマも答えない。ふぅと溜め息をついてソネが続ける。
「俺さ……コミヤが好きだった。今更だけど」言いながらソネは少し照れたように顔を伏せた。「──でもこの前フラれんたんだ。他に好きな人がいるからって。はは、知ってるか? コミヤが好きな奴って、オダだったんだぜ? それなのにオダの奴、全然気づいてなくてさ……そんなのってないよな。可哀想だろ、コミヤが」
「待ってくれ、ソネ、俺は……」
ワタリはどうにか呟く。
ソネはしばらくじっと二人を見据え、そしてどこか寂しそうに言った。
「……そうか、わかった。いいよ。もう行け。やっぱりお前らも──」
「駄目だ。お前も来い、ソネ」
ワタリは怒鳴ってソネの腕を掴んだが、ソネは勢いよくそれを振り払う。
「お前らも同じなんだよ。コミヤを殺したあいつらと」
もう時間がなかった。説得を諦めワタリはツキシマの腕を引いて全力で走り出す。
先に進んだ連中はもう新しいブロックに足を踏み入れていた。背後から呪いに満ちたソネの叫び声が聞こえる。
「覚悟しろよ、お前ら! そっから先は地獄だからな! お前らはこれからも絶対に同じことを繰り返す羽目になるぞ!」
そうなのだろう、きっと。
もうやり直しの利く段階ではない。ゴールはどこにも見あたらず、ボンバーはまだ4つ残っている。
ソネは最後にこう問いかけた。
──人を犠牲にしてまで、お前らに生き延びる価値があると思うのか?

「フン、バッカじゃないの。無理してカッコつけちゃってさ。どうせ死ぬならコミヤみたく役に立って死ねつーの。あんなのただの無駄死にじゃん」
ソネの死をそう評したのはミハラだった。
きっとミハラは知らないのだろう。
この先にいくつの壁が立ちふさがっているのかを。
そして誰もが目を閉じ耳を塞いでいるはず。
果たしてソネの死は本当に無駄だったのか。
命と引き替えに人であることを貫いたソネの死が?
進むことを選んだワタリにはもうわからない。

【残り10人】

                    *

──うう。
気がついて目を開けたとき、ウラベはあまりの激痛に泣きそうになった。
しばらく何が起こったのか理解できずにいたが、突然テラワキの顔が脳裏に浮かんで、自分が深い穴の底に落下したことを思い出した。
見ると右足があり得ない方向にねじれている。鼻血が乾いて顔はガサガサ。四方は10メートル近いツルツルの壁に囲まれていて、たとえ足が無事だったとしても、とても上までは登れそうにない。さすがに諦めたのか、あたりにテラワキの姿は見えなかったが、それでも状況が好転したとは思えなかった。
どれくらい時間が経ったのだろう。
トノムラやスドウの名を呼んでも返事はなかった。いや、声を出そうにも胸が苦しくてまともに発声ができない。何がどうなっているのか、身体だって動きやしない。
途方に暮れたウラベは、何一つまともにできないまま、ひたすら深い穴の底で転がっていた。時間が過ぎる。──ちくしょう。無人島に漂着した遭難者だって、もう少しまともな対応ができるんじゃないか。のろしを上げるとか、大声で叫ぶとか、野豚を狩るとか。
ウラベは自分の不甲斐なさを悔やんだが、しかし脱出の手段など思い浮かぶはずもなく、唯一自分にできること(ぼんやりと目に映る天上の様子を眺めること)だけを長く続けなければならなかった。しかしこうも身体の自由が利かないというのは、もしかすると背骨をやられてしまったのかもしれない。将来の生活を思って気が滅入ったが、今身体を支配しているこの痛みから解放されるならそれでもいいとウラベは思った。
痛くて痛くてたまらない。いい加減気が狂いそうだ。
助けてくれ! 誰か! ヘルプ!
叫びたくても叫べないウラベはやがて呪いのこもった眼差しで穴の縁を睨み付ける。ああもう井の中の蛙は大海を知らずに死んでくれ。木乃伊取りは木乃伊になって死んでくれ。目糞は鼻糞を笑い殺して窮鼠は猫をかみ殺せ。ちくしょう。こんな穴の中で身動きもできずに野垂れ死んでしまうのか俺は。いやもう死にたいかも。
テラワキのクソ野郎。トノムラの阿呆。こんなふうになって、俺もう駄目じゃないか。助かったって残りの人生ベッドの上だ。ギターだって弾けやしない。十九でメジャーデビューする予定だったのにさ。しかたない。こうなったら誰にも気づかれずに寂しい最後を遂げてやる。一人暮らしの寝たきり老人みたいに世間の片隅でひっそりと誰にも迷惑かけずに眠るように天に召されて、そりゃあもうどんな極悪人だって絶対胸を痛めずにはいられないってくらいに寂しくな。だから悔やめよ世の中の人。
──あ。ウソ。ウソです。ごめんなさい。俺はまだ生きられる。
「た、助けて……くれ……」
ウラベはどうにか口元だけを動かして助けを求める。
穴の縁には下を覗き込む顔がぞろりとあった。
見覚えのある顔。オダ、サエキ、ウエハラ、ツキシマ、ワタリ、その他諸々。
ああ、これぞ天のタスケだ。やっぱり持つべきものはクラスメイト。ウラベは必死で自分の存在をアピールする。
……と、クラスメイトたちは怪訝そうにウラベを眺めおろし、しばらく通夜みたいな辛気くさい顔をしていると思ったら、それも束の間。
何故か諦めたように顔を見合わせて首を振った。
──なんだそりゃ! おい、お前ら、後で一人ずつ体育館の裏にでも来いッ!
そそくさと穴の縁から顔を引っ込めていくクラスメイトたち。
しかし、身動きのとれないウラベには次々と立ち去っていく彼らをただ呆然と眺めることしかできない。情けないことに声もまともに出なかった。
そうしてウラベは一人深い穴の中に取り残される。
もちろんウラベ自身は気がついていなかったが、そのときウラベの頭上では刻々と自爆カウンタが進んでいた。
なんで? なんでだよ? 意味不明だよ。
朦朧とした意識に支配されたウラベはゆっくりと目を閉じながら思う。
あ、わかった。つまりあれは幻覚ってヤツだろ?
あんな善良な連中が困ってる奴を見捨てるはずないし。
そういやもう身体の感覚とか全然ないし。

【残り9人】

                    *

通路を進むうち、途中で深い穴の底に横たわるウラベを発見する一行だったが、助けようという意見が出ることはなかった。同じ場所に長く留まれば爆破されてしまうのだし、怪我人のために労力を惜しまなかった勇敢なソネはもうどこにもいないのだから。
新しいブロック入っても、依然としてゴールが見つかることはなかった。
コミヤの一件から誰もが慎重に行動するようになり、表面的な結束力は回復したかに見えたが、実際は自分が次のボンバー候補から逃れるための布石に過ぎない。ミスをすればそれを理由に犠牲に捧げられるのだから、注意深くもなろうというもの。そのセオリーを確立したミハラは、特に警戒し、警戒され、次第に孤立するようになっていった。
そして再び目の前に壁が立ちはだかったとき、ワタリはソネの言葉を思い出さずにはいられない。確かに、ここは地獄なのだ。
「なによ! ムラオカ! さっきはあんただって賛成したでしょ!? ううん、あのときは、みんなああするしかないってわかってたはずよ! それをなに? 今更いい子ぶってさ、冗談じゃないわよ!」
二人目のボンバー候補に挙げられたミハラは必死の形相で反論した。最初はミハラがムラオカを推薦したのだが、ムラオカはすぐに発案者としてミハラの名前を挙げたのだ。誰にもミスらしいミスがない以上、無理矢理にでも理由をこじつけなければ保身を計ることもできない。
「でも、ミハラがあんなこと言い出さなければ、私たちこんなに苦しい思いをしなくてすんだかもしれないんだよ?」ムラオカは落ち着いた声で不平を言う。どちらに利があるかわかっているのだろう。「もしかしたらコミヤだって死ななくて済んだかもしれないし、他の方法だってあったかも──」
「なかったわよ、そんなのッ!」
「でも、私は本当に嫌だったの。こんなに嫌な思いをするくらないなら、ソネと一緒に残ればよかった。人殺し呼ばわりまでされてさ、ホント最低だよ。それもこれも全部あんたがあんなこと言い出したせいなんだからね」
「だから、それはみんなだって──」
「だいたい、平気でコミヤ名指ししたりしてさ、ミハラ、あんたおかしいよ。みんな、みんななんて言って、最初から自分が助かることしか考えてないくせに」
「うるさい! あんただって同じでしょ! 自分だけ被害者ぶってんじゃねぇよッ!」
二人はお互いにがなり合い、ただ相手をなじるばかりで進展はない。それでもミハラが喚けば喚くほど、みんなの視線は冷たくなった。
ここにいられる時間もあと僅か。
「そこまでよ、二人とも」
どれほどタフな精神を持っていのか、相変わらず冷静な声でサエキが言う。
「──決を採りましょう」

発案者には発案者の責任があるのだから発案者はその責任をとるように。
どんなに子供じみた理屈でも、みんなで決めたことはちゃんと守らなくてはならない。
「ありがとう、ミハラ。これでみんな先に進めるわ」
昏倒し、ぐったりと力無く項垂れるミハラを壁の前に連れて行くとき、ムラオカがボソリとそう伝えた。
ソネの予言は的中し、地獄の通路に安らぎはない。

【残り8人】

                    *

いつの間にか、犠牲は当然のものになっていた。
多くのアイテムを失い、使えそうなものはボンバーだけ。チバの一件から偵察隊は廃止され、油断した者は次々と罠の餌食になった。ウエハラとムラオカが死んだとき、オダは忌々しそうに地面を蹴りつけて言った。
「ちくしょう、またボンバー候補が減ったじゃねぇか!」
しかし、そのオダも残りのアイテムが全部入ったバッグを持ったままプレスマシンに押しつぶされて死んだ。
マップはほとんど網羅した。
まだゴールは見つからない。
アイテムは尽きた。
そして三度壁が立ちふさがる。
「そんな……」
呟いたナカムラはヨロヨロと揺れながら床にしゃがみ込んだ。サエキが慌ててマップを取りだし、ルートの確認をする。
「どうして? こんなのおかしいわ。ほら見て、この道を真っ直ぐ進んできたんだから、この奥に通路が続いてるはずでしょう? ゴールだってきっとそこにあるのよ。ええ、そう。間違いない。だから絶対にここであっているはずなの」
言いながらサエキは正面を指さした。
しかしそこには壁がある。
「卑怯よ! こんな壁、マップに出てない!」
つまりマップにも裏切られたのだ。いや、そもそもそのマップだってキーティングに渡されたものなのだから、ここまで正確だったことの方がむしろおかしい。
「どうするのよ! もうボンバーだってないじゃない!」
サエキは叫んでマップをビリビリと引き裂いた。何度も何度も、徹底的に。
クラスメイトを何人も犠牲にして、ようやくここまで来て、それで手詰まり。
──ノルマ5パーセントだって?
最初からクリアさせる気なんてないくせに。
今更罵っても遅かった。
ワタリはそっと自分のポケットをまさぐる。
堅い感触。四角い箱。
それはこっそりと忍ばせておいたボンバーのスイッチ。
しかし、それをどうしろというのだろう。どういうつもりで自分がそれを手元に確保しておいたのか、ワタリにはもう思い出せない。
ソネならば躊躇わずに処分してしまっただろうか。
ツキシマがフラフラと壁に近寄って、そこに虚しく爪を立て始めた。
ガリガリ。
無言でナカムラもそれに従う。ツルハシだって、もうここにはない。行く手を遮るモルタルのような壁は、爆発によって崩れる程度には脆く、しかし決して人の指先でどうにかなるような代物ではなかった。その半端な強度が憎たらしい。
掘るというよりも削る。削るというよりも引っ掻く。
壁を引っ掻き続けた二人の爪から、じんわりと赤い血が滲み始める。
ワタリはもう一度ポケットに手を伸ばした。最後のボンバー。これを使えば四人のうち三人は助かるかもしれない。しかし、その先にまた壁がないとどうして言える? 絶対にゴールがあるとどうして言える?
それでも、こいつに頼らなくてはならないのか?

──ピンポンパンポーン。

その放送が始まったとき、四人は息を呑み込んでぴたりと動くのをやめた。
もう時計など見ていなかったが、まさか制限時間が過ぎたのだろうか。
『はいはいはいお疲れお疲れ〜』
キーティングが相変わらず軽い調子で話し始める。
『やー、それにしてもみんな、ずいぶん減っちゃったなぁ。このままじゃノルマ達成も危ういんじゃないかー? 知ったことじゃないけど。ってウソウソ。君たちはここまで本当に立派にやってきました。友達を犠牲にして生き延びて、みんな立派な卑怯者です。あいや、ごめん。そうじゃないな。勇者って言うべきだよな。うん、でもこれで身にしみてわかっただろう? ミッションというのがいかに過酷なモノか。だけどな、そうでもして生き延びる強い意志のある人だけを我々は求めているのです。あ、ちなみに、実際のミッションはもっともっと過酷だからあんまり調子に乗るんじゃないぞ』
「ニシザワ先生!」
突然、サエキが天上を見上げて叫んだ。
『えっと、私はキャプテン・キーティングですが?』
「先生! これはどういうことですか! マップが間違っています!」
果敢に問い質すサエキだったが、今、そんなことは問題ではない。キーティングが間延びした声で答える。
『え〜、そんなこと言われてもなぁ。それって先生の責任か?』
「なによそれッ! ふざけんじゃないわよ!」
今度はナカムラが叫んだ。
『まあまあ、落ち着きなさい。先生だって君たちがどういう状況にあるのかは、よーくわかってるんだから。そうだね、ここまで来たご褒美にいいこと教えてあげようか。ゴールはその壁の向こうにある。そして制限時間はあと僅か』
「わかってるのよ、そんなことはッ!」
ナカムラが悔しそうに壁を叩く。
『おいおいナカムラ。お前ちょっと口が悪いなぁ。このミッションで何も学ばなかったのか? 先生の言うことをちゃんと聞かない子は駄目だぞ。仰げばと尊し我が師の恩って、そういう有名な歌があるだろ?』
ナカムラは黙った。かわってサエキが問いかける。
「じゃあ、どうすればいいんですか? もうアイテムも何もないんです。私たち、ここまで必死でやってきました。失敗もしたけど、でも諦めずに続けたんです。このまま失格なんて納得できません!」
『うんうん。わかるわかる。サエキもナカムラも頑張ってたもんな。みんな勝手な行動ばっかりで迷惑しただろ。うん、いいよ。わかった。それじゃあ特別にちょっとだけサービスしちゃおう』
「た、助けてくれるの?」
途端に目を輝かせてナカムラが立ち上がる。
『いやまさか。いくら先生でもそこまではできない。でもまあチャンスはチャンスだからな、お前たちの対応次第では合格にしてやってもいいぞ』
「ど、どうすればいいんですか?」
『うん、そうだな。これから先生がクイズを出すから、それに正解できたら合格ってことでどうかな? あでも、さすがにみんなってわけにはいかないから、うーん、そうだな。じゃあ二人。二人だけにそのチャンスをあげます。よーく話し合って参加する人を決めてくれ。なるべく早くな』
「私が受けるわ」
間髪おかずサエキがすぐに名乗り出た。
「私だって」
ナカムラも続く。そして二人は、ワタリとツキシマに向き直った。
「あなた達は駄目よ」厳しい表情でサエキが言う。「だって何もしてないでしょ? 多数決にだって参加しなかったんだもの。そんな人たちが堂々とここまで残ってるってこと自体おかしいんだから」
ツキシマは顔を伏せたまま答えない。
「お前ら──」ワタリはじっとサエキを見据えて言った。「あんな奴の言うこと、真に受けるつもりか?」
「うるさいわね」ナカムラが怒鳴る。「いいよ、サエキ。こんな奴らほっとこう」
「待て、サエキ、冷静になれ。そんな都合のいい話があるわけない」
ワタリは説得したが、サエキは小馬鹿にするようにフンと鼻を鳴らして、
「ワタリ君、あなたが腑抜けで助かったわ。──先生! オーケイです! 私とナカムラさんに決まりました」
『はいはいはーい。了解でーす。それじゃあさっそく……と思ったけど、あれ? ちょっと待って。あー、うーん。その場所だとちょっとカメラから遠いんだよなー。悪いんだけど、二人とももう少し前の方に寄ってくれるか?』
顔を見合わせ素直にそれに従うサエキとナカムラ。
「おい、よせ。二人とも」
しかしサエキもナカムラも振り返らない。
『あー、そうそう。そのあたり。そこでちょっと右向いて。はい、オーケイ』
キーティングに誘導された二人は通路の中央に立ち止まってじっと次の指示を待つ。
『よろしい。ではお二人に問題です。できるだけ簡潔に答えてください』
そしてキーティングは言った。
『──ええと、どうすれば世の中の不幸はなくなりますか?』

「は?」
ポカンと口を開けて声を失うナカムラ。サエキは一度ピクリと眉を動かしたまま、険しい表情で硬直している。
だからやめろと言ったのに。
キーティングの提案は間違いなく罠だった。
そんな漠然とした問題に正解などありえない。
「ま、待ってください、先生。それはつまり……」
サエキは必死で食い下がろうとするが、『駄目です。質問は受け付けません』キーティングはぴしゃりとそれを切り捨てた。
『はい、じゃあナカムラ。どうだ? どうすれば世の中の不幸はなくなるんだ?』
ナカムラは「うう」とか「ああ」とか唸るばかりで何も答えることができずにいる。
『ほら、どうした。せっかくのチャンスを無駄にする気か?』
「わ、私は……」ようやくナカムラがもごもごと口を動かす。「私は、もっと、みんなが……みんなに……優しくなれたら、いいんじゃなかって──」
『ふうん。それでお前はみんなに優しくしてあげたのかな?』
追及され、ナカムラは縋るような眼差しを天上に向ける。「し、しました、しました。私ずっと──」
『っていうかさ、ナカムラ。先生はどうすれば世の中の不幸がなくなるかってことを聞いたんだけどな。お前の考えとかそういうんじゃなくてさ、もっと画期的かつ具体的な解決策を答えて欲しいわけだよ。もう遅いけど』
キーティングがそう告げた瞬間。
軋むような音を立てて天上が落下した。
あっという間もない。それまでナカムラが立っていたところには、巨大なブロックがそびえている。床の隙間からヌルヌルと流れ出すナカムラの血。
「いぃ、いやぁぁぁ」
ナカムラを押しつぶしたブロックのすぐわきで、腰を抜かしたサエキが震えるような悲鳴を上げた。
「クソッ! 早くそこから離れろッ! サエキ!」
咄嗟にワタリはサエキに駆け寄ろうとしたが、
『勝手に動くんじゃない! ワタリ! 死にたいのかッ!?』
「あっ、あぁ、ああぁ」
サエキが手足をばたつかせてもがいている。ブロックはギリギリのところでサエキの身体をかすめてナカムラだけを潰したのだ。
『サエキ、お前もそこを離れたら失格だぞ。せっかくのチャンスなんだから、早くクイズに答えなさい。ほら、どうすれば世の中の不幸はなくなるんだ?』
サエキはガクガクと顎を揺らし、必死になって自分の服を引っ張っていた。裾がブロックに挟まれてしまっているらしい。
こんなものはすでに審査ではなかった。堂々と実行される殺人。これはキーティングによる虐殺だ。
『ほらほら早く答えてくれサエキ。お前の答えで世界中の人たちが幸せになれるかもしれないんだから。はい、ごー、よーん、さーん』
いきなりカウントダウンを始めるキーティング。
その刹那、サエキはぴたりともがくのをやめ凄まじい形相で天上を睨み付けた。
そして叫ぶ。
「このろくでなしッ! あんたが死ねばみんな幸せになれるのよッ!」
しばしの沈黙。
──まったくだ。まったくもってその通りだ。
ワタリは強くそう思った。
しかしキーティングは嬉しそうに告げる。
『残念! ハズレです、サエキさん。というか、こんな誘惑に負けているようでは、とても合格にはできません』

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