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2014/11/8 更新してないねぇー ねたはあるんだけどね
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Lemmingology#6:Lend a helping hand....(1/3)
プロローグ

「あのさ、ハラダのことなんだけど……」

──実力テスト。
終了して放課後。昼下がり。神社にて──。

「そしたらさ ハラダの奴 急に泣き出して……
 なあ俺 何か悪いこと言ったかな」
「スギムラさ ユウコはあんたがどうして そんなこと言うのって言ったんでしょう」
「うん だから野球部の友達に頼まれたって」
「違う!
 それってスギムラにはそんなこと言われたくないってことよ
 この意味わかるでしょう」
「わかんないよ!
 はっきり言ってよ」
「もう 本当にニブいわね
 ユウコはね あんたのことが好きなのよ!」
「え!? そんな俺、困るよ」
「困るって かわいそうなのはユウコよ
 ショック受けて休んじゃったんだから」
「だ…… だって俺……
 俺 お前が好きなんだ」
「えっ……!?
 やだ…… こんな時冗談いわないで」
「冗談じゃないよ ずっと前から お前のことが好きだったんだ」
「だめだよ私は…… だってそんな」
「俺のことキライか? つきあってる奴がいるのか?」
「つきあってる人なんかいないよ
 でも……
 ごめん!」
「待てよっ!
 ツキシマ はっきり言え」
「だって ずっと友達だったから
 スギムラのこと好きだけど
 好きとかそういうんじゃ……
 ごめん うまく言えない……」
「ただの友達か?」
「…………」
「これからもか?」
「…………」
「そうか……」

                   *

つるんとした平面に押しつけられた頬が摩擦のせいで突っ張っている。肌が適度に潤っているから、ぴったりと吸い付くようにして固定されるのだ。
ぼんやりとした頭で何を考えるでもなくのろのろと身体を動かすと、途端に右手が支えを失ってぶらんと下に垂れ落ちた。
ハッとして覚醒する。
深い混濁の中から抜け出したワタリ(男子出席番号15)の目に最初に映ったものは、どこか見慣れた感のある色褪せた黒板だった。
腰が痛い。低迷する意識を奮い立たせ、ぼんやりと周囲を見回して目を擦る。
鉄パイプと合板でできた机。同じ材質の椅子。正面に黒板。大型のテレビ。
──ああ、居眠りしちまったかな?
教師の姿が見あたらないから、幸い授業中ではなかったのだろう。
ということは休み時間? 放課後かもしれない。
目を覚ましたばかりのワタリが、そこをいつもの教室だと錯覚しても無理はなかった。
それにしても、妙に静かだ。部屋は不気味なくらいひっそりと静まりかえっている。
ともすると鈍痛の残る頭を左右に振って、ようやく焦点の合い始めた両眼を隣席に向けたとき、
「な──」
ワタリはその異様さに思わず上擦った声を漏らした。
右隣の席には陰気なアサイ(男子出席番号1)が、大口を開けて間の抜けた顔を向けている。左は委員長のサエキ(女子出席番号5)だが、こちらもぐったりと脱力して、憚りもなく机の上に突っ伏していた。
アサイはともかく、優等生のサエキまでが、だらしなく眠りこけて無防備な姿を晒している。これも稀にみる珍事だが、しかし異様なのはそんなことではない。
ワタリは慌てて自分の胸元を確かめる。
一瞬、我が目を疑ったが、どうやら錯覚ではないらしい。
自分の身体を覆っている濃いブルーの布地。見慣れない服。襟のあたりを摘み上げるようにして内側を覗き込んでみると、恐ろしいことに、そのまま足下が筒抜けだった。
「な、なんだよ、これ……」
アサイもサエキも、なぜかお揃いの真っ青な服を着ている。見慣れた学生服やセーラー服ではなく。それは大きな袋に穴を三つ──首と両腕を通す穴を開けただけの、至って単純な代物だった。そしてワタリも。
おいおい、何だって俺がこんなモノを──。
て、まさか。
──着させられたのか?
着替えた記憶がないのだから、そう判断するほかないだろう。
ぶるりと悪寒がした。
着させられたって? 誰に?
冬だというのに袖は捲られ腕は剥き出し。裾は足首まで届いているが、ワンピースのスカートを着ているようで酷く落ち着かない。下着を付けているだけマシだったが、意図はまったくもって不明だった。何かの冗談だろうか? こんな服はすぐにでも脱ぎ捨ててしまいたかったが、もと着ていた制服が見あたらず、そうすることもできなかった。
見回すと他のクラスメイトたちも皆同じ格好をしている。
右前、無口で妙に威圧感のあるテラワキ(男子出席番号10)。正面、普段からムードメーカーで通っているおかっぱのミハラ(女子出席番号12)。左前のエトウ(男子出席番号4)は特徴らしい特徴のない空気のような男。みんながみんな、そろって同じ服を着ている。ぐうぐう眠っている。なんだか馬鹿げた光景だった。
混乱をねじ伏せようとワタリは強引に深呼吸をする。
ともかく、目を覚ましたのは自分だけらしい。
そう悟って、時間を確かめようと正面の壁を見上げたワタリだったが、そこにあるはずのシンプルな丸時計がなくなっていることに気づいて首を傾げた。咄嗟に腕時計を探ってみると、いつの間にかそれもなくなっている。
なんなんだよ、ルミノックスだぞ。ちくしょう。
ワタリはぶんぶんと頭を振ってみた。効果は少ない。だが──。
おかしい。何か……。
否、よくよく観察してみれば、なにもかもがおかしいのだった。
教室の時計がない。部屋中妙に片づいていて装飾がない。黒板脇の掲示板にも掲示物がひとつもない。廊下側の壁にしたってそうだ。そこには掃除当番表だとか、担任が勝手に作った『今月の目標』なる標語だとか、そういうしょうもないものがびっしりと貼り付けられていたのではなかったか?
──違う。違うんだ。ここはいつもの教室じゃない。どこなんだ? いったい……。
部屋はそこかしこがぼろ布のようにくたびれていた。教室といえば教室。しかしワタリの普段見慣れたそれとは明らかに異なっている。にわかにしつらえたような空間。舞台セットのように配置された教室用の備品、そして生徒たちまで。
まるでリアリティがなかった。
加えてこの薄暗さはどうだ。思いがけない光量の乏しさにワタリは戸惑う。
蛍光灯は点いていたものの、窓の外の景色は見えなかった。
カーテンは引かれていない。
──まさか、夜?
ワタリは身体をひねってもう一度まじまじと窓を観察した。
ガラスに教室の光景が映り込んでいる。狼狽した自分の顔。その向こう。
窓は、外側から板のようなもので覆われているように見えた。
「……よォ、ワタリ」
不意に後方から声がかかった。寝ぼけた声。慌てて振り向くと、ひとつ席を挟んで後方、ポカンと口を開けた親友の間抜け面が飛び込んでくる。
「スギムラ!」
ようやく目を覚ましたらしいスギムラ(男子出席番号6)は、大きな目をしばたたかせながらガリガリと頭を掻き回していた。ワタリとは小学校以来の腐れ縁。野球部所属。
「おい、スギムラ、ヤバイぞ。俺たち何してる? この服──」
言いながらワタリが自分の服を引っ張ってみせると、スギムラは一瞬ぎょっとして何か言いかけたが、すぐに自分も同じ装いをしていることに気づいて、絶句。
しばらく死にかけの魚みたいにパクパクと口を動かしていたスギムラは周囲を見回し、怖ず怖ずとようやくしゃがれた声を絞り出した。
「じゅ、授業、終わったのか? ワタリ。……ヘゴの授業だったろ、さっきまで」
「ヘゴの?」
──そうだ。
「なあ、ワタリ……っていうかさ、なんでみんな寝てんの? 教室だろ、ここ……」
「そうだ! そうだよスギムラ、授業中だったじゃないか! 確か、ヘゴの現国だった。俺、途中で急に眠くなって……ああ、飯喰った後だから、じゃあ五限か? 月曜だよな……でもそうだよ、さっきまでそこにいただろ、ヘゴの奴」
突然興奮気味に喚き散らすワタリに、寝起きのスギムラは困惑しているようだった。
ワタリはようやく思い出す。
そうなのだ。いつだって月曜五限は最低だったし、居眠りして目を覚ます前までは普段と何も変わらなかった。
刺激のない生活は決まりきったパターンの繰り返し。ありがちでありきたり、面倒で退屈で、開始早々うんざりで。けれどそれがそれなりに幸福だと思えるときもあったりして、まあこんなもんだろうとずっとほったらかしにしていた、そういう日常。
思い出した上で、ワタリはいっそう混乱した。停滞が生み出した平穏だけが取り柄のこの国にあって、本当の混乱なんてモノは絶えて久しい。
「じゃあ、どこなんだよ? ここはッ!」
ワタリが怒鳴ると、目の前に丸まっていた青服がモゾモゾと動いた。
「──うぅ」と、消え入りそうなうめき声。
「あ、ツキシマ?」
二人の間の席で眠っていたツキシマ(女子出席番号8)が、いつになく緩慢な仕草で顔を起こした。とろんとした表情。
「おい、ツキシマ!」
後ろから身を乗り出したスギムラが心配そうに呼びかけた。
「……え? スギムラ……?」
その声で覚醒したツキシマは素早く表情を切り替え、きょろきょろとあたりを見回す。
「ワタリ君も……何? ちょっと、どうしてみんな寝てるの? え、──ええっ?」
どうやら自分の妙なファッションに気がついたらしい。
ほぼ同時に他のクラスメイトたちもちらほらと顔を起こし始めた。寝ぼけているのか、全員自失した様子で、すぐに席を立とうとする者は一人もいない。ふらふらと首を動かして周囲を見回したてみたり、訝しげに着ているものを引っ張ってみたり。
クラスの中ではいち早く覚醒したワタリだったが、依然として調子は戻っておらず、それは全身を支配している妙な気怠さのせいのように思えた。
「ここ……教室じゃない」
小声でツキシマが確かめるように囁く。
──そのとき。
ガラガラと勢いよく廊下側のドアが開いた。
授業開始を待つクラスのように、にわかに室内が緊張する。開け放たれたドアに生徒たちの視線は釘付けとなり、そして、のっそりとそこから姿を現した人物を目にしたとき、ワタリは知らず安堵の溜め息を漏らしていた。
「ヘゴだ」
ヘゴこと、クラスの副担任で現国担当のニシザワは、いつもと同じように陰気な表情で室内を見渡すと、そのままおたおたと教壇に向かった。無言で背を向け、慣れた手つきでチョーク箱から白のチョークを一本を取り出す。
カツカツカツカツ。キューキュー、ペキ。
チョークの折れる音。
ヘゴが振り向く。脂ぎった黒髪。中肉中背。やたら目つきが鋭いくせに、瞳は絶えず警戒するように忙しく動き回り、どこか小動物を思わせる挙動。
しかし、何か様子がおかしかった。ヘゴは不自然に目を細め、ギリギリと頬を引きつらせている。肩が微かに震えていた。
嗤っているのだ。
──本当にヘゴか?
目が合った。……沈黙。
どれくらいそうしていただろう。しばらくすると周囲がざわざわと騒がしくなり始めた。「起きろ」と誰かが誰かに呼びかける声も聞こえる。「ヘゴだ」
それを機に教壇のヘゴはワタリから顔を背けて正面に向き直ると、突然やたら明るい声で語りかけた。
「はいはい皆さん、おはようございまーす。よく眠れましたか〜」
何を思ったか、今まで聞いたことのないくらい明瞭な声。
「まだ寝てる人は早く起きてくださ〜い」
あっけらかんとしたその言動。まるでらしくない。小声で囁き合う生徒たちをよそに、ヘゴがパンパンと手を打ち鳴らす。それで、まだ眠っていた者も目を覚ました。
「はーい、みんな起きましたね〜。そしたらちゅうもーく! 私は今日から皆さんの新しい担任になりました、キーティングといいます。キャプテン・キーティングと呼んでください」
気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべたまま、ヘゴが言った。
ワタリは戸惑う。
新しい担任? キーティング? ヘゴは何を言っている?
まるで意味不明だった。状況が飲み込めず、生徒たちはしばらく呆然としていたが、事態の異様さに気がついたのか次第にガヤガヤと騒ぎ始める。
「何なの?」「ここどこ?」「授業は?」「なんでヘゴがいるの?」
「こらッ! お喋りやめッ!」
ヘゴが怒鳴った。大声で生徒を怒鳴りつけるなんて、小心者のこの教師にしてはずいぶん思い切った行動だったが、所詮はヘゴのこと。生徒たちはまるで聞こうとしなかった。
「ちょっと今何時よー?」「うわ、ダッサ、何この服?」「サイテー」
ヘゴはふてくされたように一同を見回し、もう一度声だけ張り上げて怒鳴りつける。
「静かにしなさいッ」
「うるせーよ! ヘゴッ! お前が黙っとけ」
普段からキレやすいウラベ(男子出席番号3)がキレたらしい。いつもならそれですっかり怖じ気づいたヘゴは、注意したことを後悔するみたいに大人しく背を向けて、黒板に教科書の丸写しを始めたりするはずだったが──。
「うぅぅらぁぁべぇぇッ!」
ヘゴは突然教卓に両手をかけると、そのまま勢いよくなぎ倒した。顔面をヒクヒクと痙攣させ、射るような眼差し。
「ひッ」と誰かが息を呑む。
「静かにしろっつってんのがわかんねぇのかッ! ああァ!? ウラベ! こっちはな、お前らのためにわざわざ早起きして働いてやってんだ。それを毎日毎日気楽な顔しやがって! 何様のつもりだ、おい、オラッ! 聞いてるのかこの便所虫! ションベンひっかけてブチ殺すぞテメェはッ!」
狂ったように大声で喚き散らすヘゴ。並びの悪い前歯を剥き出しにして、ギリギリと軋むような音を立てている。その豹変ぶりに生徒たちはもはや、しらける以前に完全に引いていた。室内は異様なほどに静まりかえる。
と、ヘゴは不意に穏やか顔に戻って、
「いやぁ、ごめんごめん。先生ついカッとなっちゃって……。でも、汚い言葉遣いは品性を下げます。皆さんくれぐれも気をつけましょう」
諭すように言った。
一瞬、呆気にとられる生徒たちだったが、いつまでも黙ってはいない。
「て、てめー、フザケんじゃねーよッ! どこなんだよ、ここはッ」
大声でシバタ(女子出席番号6)が言い返すと、ワタリの隣でサエキが立ち上がった。小さく右手を挙げている。
「ニシザワ先生、意味がわかりません。何なんですか、これは? ちゃんと説明してください」
その発言が呼び水となって、教室は再び騒がしくなり始めた。
「そうだそうだ!」
「先生なんだから、ちゃんと説明してくださーい」
「大人のくせに逆ギレしてんじゃねーよ」
「オラー、説明責任果たせー」
生徒たちは口々に喚き散らして、場は一時混沌とする。
「はいはいはい、静かにしなさーい」
ぱんぱんと再び手を叩きながらヘゴが言った。今度は怒鳴りつけはしなかったが、威圧するような眼差しに部屋は次第に静まっていく。生徒たちは警戒の眼差しを注いだまま、じっとヘゴの言葉を待った。
「よろしい。じゃあ説明します」
ゆっくりと頷き、コツコツと背後の黒板を叩いて生徒の注意を引くヘゴ。
黒板には何か文字が書いてあったが、あまりに下手くそなせいでワタリには一文字として判読不能だった。
と──。
「カーペ・ディエム!」
ヘゴが表情を変えることなく唐突に叫んだ。
再び呆気にとられる生徒たち。
今を生きる?
「はーい、こうしてみんなに集まってもらったのは他でもありませーん。我が三年二組は今回、栄えあるミッション適性審査の対象クラスに選ばれました。おめでと〜。パチパチパチ〜」
ひしゃげた顔に満面の笑みを浮かべ、ヘゴは誇らしげに続ける。
「──そこで、今日はちょっと皆さんにレミングになってもらいます」

【残り30人】
                    *

フロンティアスピリッツ。
人が新天地を求めるのは、多くの場合そこに希望を見出すからだ。
すると出発地、置き去りにされるその土地には希望がない。
八十年続いた平和が人類にもたらしたモノは、せいぜいが腐った大人の大量生産システムだった。猫の額のような領土の中、何ら計画性のないまま人口は爆発した。どこもかしこも人人人。すし詰め状態で人は腐った。
もはやこの国に人の住まない地面はない。
そしてほぼ確実とされている、数後の食糧危機。
生きるためには着る物と食べる物と住む場所が必要だが、ここではそれら全てが不足している。有り余る人間の数とは裏腹に、国内における生産力は物理的な限界を迎え、国家は全ての民を養うことができなくなっていた。
行き詰まった状況を打破するためには、望みを外に求めるしかない。
現在最も労働力が必要とされているのは、他でもない、新天地の開拓者だ。
当初は複数の民間団体が志願者を募ってそれに従事していたものだが、望んで外に旅立つ者が大勢いたのはもうはるか昔の話。外部に天敵を持つ人類にとって、コロニー都市を囲む隔壁というのは、そのまま生死を分かつ境界でもある。小さな子供たちは長いこと「お外はコワイところよ」と教えられて育つ。
希望を求めて旅立った開拓者たちは立派だったかもしれないが、目的を達成して帰還した者は一人もいないのだからヒーローもいない。開拓の意欲に燃えるまっとうな大人たちは早々に帰らぬ人となり、後には無気力な大人と無力な子供ばかりが残った。
それでもまだまだ人間は多すぎたし、外の世界には希望があった。そして国を牛耳る一部の人々は、どこまでも怠惰であり傲慢だった。
二十年前、政府は新天地開拓事業を最優先課題とみなし、新たな政策を展開する。以降、開拓者は全国の成人の中から徴発されるようになり、義務教育の学生には特別なプログラムが実施された。俗にLR法と呼ばれる新教育改革法。
子供たちに課せられた義務とは、つまりこうだ。
毎年、全国の中学校から任意の五十クラスが選ばれ、ひとつのシミュレーションプログラムが実施される。目的は対象者の適性審査。合格者には正式に任務が与えられ、今なお多くの戦士たちが奮闘する前線へと投入。
新しい才能の発掘、あるいは前線における慢性的な人員不足を補うための、至って公正な政策である。

                    *

「皆さんに拒否権はありませーん。あと、私のことはキャプテン・キーティングと呼ぶように」ヘゴが言った。「それじゃあ、次の説明に移りまーす」
部屋はしんと静まりかえり、生徒たちは誰も口を挟めない。
「えー、もちろん知ってると思うけど審査は実践形式で行われます。ルールは簡単。ここから順番にスタートして、制限時間内に無事ゴールまでたどり着いた人から合格です。時間内にノルマを満たせなかったり、罠とかで死んじゃったりしたらその時点で不合格だから、みんな力を合わせて頑張るんだぞー。はーい、ここまでで何か質問あるひと〜」
朗らかに告げるヘゴ、ニシザワ、あるいはキャプテン・キーティング。
「お、おい、うそだろ……」
誰かが呟いた。
「いいえ。男子8番、タムラ君。嘘じゃありません」
キーティングが真顔で答える。
「そんな、そんな馬鹿な話ってあるかよ! どうして俺たちが!」
タムラが怒鳴った。
「そ、そうよ、冗談じゃないわよ!」
「いやだぁ。帰して、家に帰してよぉ」
「ははははは。みんな、何をそんなに心配してるんだ?」呆れたように首をひねってキーティングが言う。「自分を信じて努力を続ければ、どんな願いだって叶います。君たちに不可能はない! ……って、先生いつも言ってただろう? 忘れちゃったのか?」
「先生」
ワタリの隣でサエキが挙手した。
「あの、質問してもいいですか?」
「どうぞ、サエキさん」
「先生は……あの、マツダ先生はどうしたんですか? 先生を呼んでください。私たちの担任はマツダ先生です」
「あ、ああ──」
サエキの質問にキーティングは大きなため息をつき、なぜか残念そうに首を振った。
「えー、実はマツダ先生は皆さんのことをとても心配しておられました。そして今回のことにも酷く反対されたんです。──なので、非常に残念ですが、マツダ先生はこんなことになってしまいました」
そう言ってキーティングがパチンと指を鳴らすと、出入り口のドアがガラガラと開いた。軍服を着た男が数人、厳しい顔つきで部屋に入ってくる。そして──。
「きゃあああああッ!」
誰かが悲鳴を上げた。
室内に運び込まれたモノを目にしたとき、ワタリは一瞬気が遠くなる。
「うわぁぁぁ」
「いやぁぁぁあ!」
マツダは──いや、血塗れのマツダの死体は、奇妙な装置から伸びた鉄柱の先端に吊されていた。ぶらんとだらしなく。足首を縛られ、逆さまに。
「えー、そういうわけで急遽、私がみんなの担任になりました。ルールを守れないような大人は人間として失格です。皆さんにはそんな大人になって欲しくありません」
キーティングは汚物でも眺めるようにして鼻をつまみ、
「──先生の言っている意味、わかるよなッ!」
生徒たちは身動きひとつしない。もはや、現国のヘゴは、ワタリの知る気弱な教師では無くなっていた。
「ああ、そうだ。せっかくマツダ先生にも登場してもらったことだし、ついでだからちょっと解説しておきましょう」
そう言ってキーティングは、吊されているマツダを指さした。
「さて、これ。皆さん、これが何だかわかりますかー?」
それはマツダの死体だ。
ワタリは思ったが、生徒たちは答えない。
「おーい。駄目だなー、お前たちー。ちゃんと予習しとけよー」
呆れたように言って、キーティングは授業でもしているような調子で続ける。
「はい、これはトラップの一種です。見たことありませんかー? わりとポピュラーなトラップで、ナンバー18『逆さ吊り』と言います。これからみんなに挑戦してもらうことになるステージにも登場します。まあ、実行速度は遅めなので危険度はそれほどでもありません。一度に処理できるのも一匹だけです。ただし、油断は禁物。有効範囲に侵入すると足首をロープで拘束されて、えーと、ここ、この滑車部分が回転して身体が逆さまに吊し上げられてしまいます」
キーティングは、装置の上方を指さした。
「もちろんそれだけだったら捕獲用のトラップなんだけど、実はこれ、そうじゃありません。そのままにしておくと滑車が回り続けて、身体が勢いよく地面に叩きつけられてしまいます。そうなったら確実に死んでしまうから気をつけてください」
教壇の男が何を話しているのか、ワタリにはわからなかった。
──ガン、と向こうでウラベが机を叩いたようだったが、キーティングはすかさず睨みを利かせて牽制する。
「おーい、みんな〜。お願いだからよく聞いてくれおくれよ〜。ミッション開始時まで勝手な行動は禁止だからなー。馬鹿なことをするとこんなふうに、みんなマツダ先生みたいになっちゃうぞ〜」
みんなの前、死んで無惨に吊されているマツダ。
キーティングが右手をヒラヒラと振って合図をすると、『逆さ吊り』を運んできた兵隊たちがマツダの死体ごとそれをドアの向こうに引っ込めた。
どこからか、ガチガチと歯の擦れ合う音が聞こえる。
奥の席でウエハラ(女子出席番号2)が、肩を震わせて泣いていた。
「えー、それからー、通常、ミッションでは必要なアイテムが部隊ごとに支給されます。今回の模擬ミッションでは──」
キーティングがそこまで言ったとき、
「フザケんなッ!」
ワタリの背後で椅子の倒れる音がした。振り向くとスギムラだった。
スギムラは椅子を蹴倒し立ち上がり、今にも飛びかからんばかりの勢いで教壇のキーティングを睨み付けていた。
「ちくしょう」
「よせッ! スギムラ!」
ワタリは咄嗟に呼び止めたが、スギムラは聞かなかった。
「馬鹿にすんなッ」
うぉぉぉお──と絶叫し、そのまま教壇に突っ込んでいく。
そしてスギムラは宙を飛んだ。
あっという間の出来事だった。キーティングに殴り飛ばされたスギムラの身体は、派手な音を立てて前列の机を二つ三つなぎ倒した。そこに座っていたチバ(男子出席番号9)とニシオ(女子出席番号10)が慌てて席を離れる。
ざわめき。
キーティングは拳をさすりながら、足下に倒れたスギムラを見下ろしていた。
いつの間にか先ほど出ていった軍服男たちが室内に戻っている。全員、マシンガンを小脇に抱えて構えていた。完全に包囲されている。
「──あぁあああああッ」
壊れたような悲鳴をあげたのは、廊下側の席にいたハラダ(女子出席番号12)だった。「スギムラ、スギムラ」と連呼してスギムラに駆け寄る。
「おい、そこッ! 何してるッ! 勝手に席を立つんじゃないッ!」
キーティングが大声で怒鳴ったが、それはハラダに向けられたものではなかった。スギムラでもない。
床の擦れる開く音。
「コラッ! 止まれ! ムカイヤマッ! 失格にするぞ!」
ワタリがそちらに顔を向けると、どさくさに紛れるようにして部屋で一番出口に近い席にいたムカイヤマ(男子出席番号13)が、身をかがめてドアに飛びついていた。すぐさま近くの軍服男が手を伸ばしたが、それよりも一瞬早く、ムカイヤマはスルリと身をかわして部屋を飛び出していく。
さすがバスケ部のエース。
「よしッ、ナイスッ! ムカイヤマ」
抜け駆けして逃げ出したにもかかわらず、ムカイヤマを讃えるような歓声があがる。同じバスケ部のタムラだ。
そして次の瞬間、タムラは迅速に行動した。座っていた椅子を抱え上げ、ドアを固めている軍服の男に向かってそれを投げつけると、相手が怯んだところを狙って勢いよく突進。ヨロリと体勢を崩した男が咄嗟に差し向ける銃口をすんでのところでかわして、バスケの試合だったら絶対にファール間違いなしの強烈なタックルを相手の右肩にお見舞いしたタムラは、しかし完全に敵のディフェンスをナメていた。
いつも監督に詰めの甘さを指摘されるタムラだ。
突き飛ばそうとして逆に突き飛ばされたタムラはすてんと床に仰向けになって、素早く馬乗りにのし掛かった軍服の男が容赦なく銃の柄の部分でタムラの顎を殴った。
鈍い音がする。
タムラの顎は妙な形にひしゃげて、口元からダラダラと泡混じりの血が流れた。
別の軍服男が数人、ムカイヤマを追って部屋を出ていく。
いつの間にか部屋の後ろにやって来たキーティングは、しばらく覗き込むようにしてタムラを見下ろしていたが、そうかと思うと、
「タムラ、なんでそういう勝手なことをするんだよ。先生、悲しいぞ」
突然、タムラの脇腹を靴先で蹴り上げた。
「ぎゃうぅ」とタムラの喉から低いうめき声が漏れる。
「いいか、みんなも聞け。ルールを破って勝手なことしてたら、そりゃそのときは楽しいかもしれないけよ。でもいつか後悔することになる。立派な大人になるためには──」
言いながらキーティングはもう一度タムラの体を蹴った。
「や、やめ……ぁうぐぅ」
「──今のうちに大切なことをたくさん学ばなくてはいけません」そしてもう一発。「先生はな、みんなに真っ当な道を歩んで欲しいと思う」
「ぐぐぐ」
「だから、ときには──」また「お仕置きだって必要なんだ」もう一発「先生だってホントはこんなことしたくないよ。でもこれはみんな」動かなくなったタムラを容赦なく「君たちのためだ」ドカ「口先だけの大人は多いけど、先生は絶対に君たちを──」爪先でタムラの腹を「見捨てたりしないッ!」蹴り上げる。
「やめてッ! 先生! もうやめてぇ! 死んじゃう、死んじゃうよ」
誰かの悲鳴。タムラは脇腹を押さえてうずくまっている。
全然、動かない。
「タムラぁ、痛いか?」キーティングが間延びした声で問いかけた。「痛いよなァ。でも先生も痛いし、見てるみんなだって痛いんだぞ。いいかみんな、この痛みをしっかりと胸に刻みつけて、立派な大人になるまで絶対に忘れちゃいけないぞ!」
誰も何も言わなかった。
唖然としてその光景を見守るワタリだったが、それでもタムラはその程度で済んでまだ良かったのだとすぐに知ることになる。
「許して、許して」とタムラが微かなうめき声を上げているとき、先ほど部屋を出ていった軍服の男たちが戻ってきた。
ズルズルと何か大きなものを引きずっている。
「あー、おしかったなー、ムカイヤマ」それを眺めながらキーティングが言った。「でもやっぱりお前は失格だー」
軍服の男たちが引きずっていたものを床に投げ出す。──ゴロン。
再び悲鳴。そして絶叫。床に転がった青い塊は、先ほど見事この部屋からの脱出に成功したバスケ部のエース、ムカイヤマだった。
「ホントは先生もなー、お前の勇気は認めてやりたいんだぞー。でもなぁムカイヤマ、お前、そんなふうになっちゃったら、もうこのあと続けられないだろ〜?」
飄々と問いかけるキーティングにムカイヤマは答えない。
なぜならムカイヤマはすでに死んでいたのだ。胸の辺りから血をながして、ムカイヤマの胸には巨大な顎が食らいついている。顎にびっしりと並んだ鋭い牙が、ムカイヤマの身体を引き裂いて、深々と、今にも首がもげ落ちてしまいそうなほどに食い込んでいる。
──なんだ、あれは?
「ナンバー16『トラバサミ』トラップとしては基本中の基本です」
それを指さしながらキーティングが言った。
「でもこのトラバサミ、ちょっと故障してるなー。通常は一回噛みついたあと獲物を放して、すぐ地中に隠れてしまいます。シンプルだけど、スピードも速いし、見つけるのも難しいから気をつけるように。えーと、それから──」
教壇に戻ったキーティングは淡々と語り、生徒は息を殺して聞き耳を立てた。
もう騒ぎ立てる者はいない。
マツダとムカイヤマの死体、徹底的に蹴り倒されたタムラ、その姿を目の当たりにして、皆が皆、まるで赤ん坊のように無力なことを知ったからだ。そして悟った。
この馬鹿げた状況を脱するためには審査に合格するより他はない。
そのあと、生徒には薄汚れたスポーツバッグがそれぞれひとつずつ配られた。中には食料と水と時計。それからミッション攻略に不可欠なアイテムが一種類だけ入っているのだという。
「何が当たるかはお楽しみです」
キーティングが言う。
「よーし、いいかー、みんなー。ムカイヤマを見てわかったと思うけど、無謀な行動は決して良い結果につながりません。ミッションで一番大切なのは計画性です。命もアイテムも数に限りのあるモノだから、ゴールに着くまではみんなで相談し合ってちゃんと計画的に使かうんだぞー。いいなー。くれぐれも無駄遣いだけはするなよー」
命を消耗品のように言うキーティングは死ねばいいとワタリは思った。
「はーい。それじゃあ皆さんお待ちかねー。いよいよ今回のノルマを発表しまーす。ノルマというのは脱出率のことでーす。最低でもその分の人数はゴールしてもらわないと、一人も合格にできませーん。いいですねー、それじゃあ発表しまーす」
たっぷり間を取ってから、キーティングはいきなり机を叩き始めた。
ダカダカダカダカダカダカダカダカダカ──。
「ジャジャーン! はい。今回のノルマは5パーセント。なんとたったの5パーセントです。ラッキー! 頭のいい君たちのことだから、何人ゴールすればいいかは言わなくても計算できるよな〜」
たった今決めたかのような適当な物言い。
「はーい。それじゃあこれで説明を終わります。あとはこの人たちの指示に従って、出席順に審査会場まで移動してくださーい」
言われるまま席を立とうとする生徒たちだったが、キーティングが呼び止める。
「ちょっと待て待て。ははは、せっかちだな。お前たち、まだ終わりの挨拶が済んでないだろ。はい、日直、号令かけて」
指名された日直のウエハラは泣きながら立ち上がると、口の中でごもごと何か言って頭を下げた。
「泣くな! ウエハラ。『明るく朗らか元気よく』だ! 先生は君たちを信じているぞ! ──じゃあ、グッドラック! 気を付けてなー」
そう言い残してキーティングはヒラヒラ手を振りながら部屋を去った。残された軍服の男が、出席番号順、男女交互に名前を呼ぶ。生徒は一定間隔で部屋の外へと連れ出され、ワタリは最後から二番目に部屋を出た。
連れて行かれたのはジェネレータールームと呼ばれる殺風景な部屋だった。
その部屋の中央にぽっかりと穿たれたダストシュートのような穴。
ワタリはそこに勢いよく放り込まれた。

【残り29人】

                    *

「だから一人だよ。一人でもゴールできれば、ここはクリア」
不安そうにこちらを覗き込むスギムラを見ながら、ワタリは言った。
「ムカイヤマは? あいつを入れたら……」
「1.5人。でも同じさ。端数の扱いは知らない。繰り上げなら2人になるのかもしれないけど、関係ないだろ? あんな奴の話、真に受ける方がどうかしてる」
「ああ、そうだな。……でもさ、もし一人でいいんだったら、俺たちここで待ってた方がよくないか? 一人でいいなら何もみんなして行くことは──」
「駄目だ。どのみちゴールできなきゃ失格なんだ。確実にノルマが達成できるっ決まったワケじゃないし、失格者が解放される保障だってない。やるしかないんだよ」
腕時計を確認してワタリは立ち上がる。
「──おい、サエキ。悪いがこれ以上待ってても無駄だ。とにかく先に進もう」

ジェネレーターを抜けた先でワタリを待っていたのは、酷く奇妙な空間だった。
奥行きのある通路のように思われたが、目に映るモノは全て異様。
ピンクとクリームイエローがまだらになったファンシーな壁は、まるでお菓子の家みたいにふざけた色彩で、柱も階段も、至る所に配置されたわけのわからないオブジェは全てが必要以上に巨大だった。どこかにスピーカーでもあるのか、あたりにはメルヘンチックなおかしな音楽が繰り返し繰り返し流れている。
天上にはジェネレーターが口を開けていたが、かなり高い位置にあって、どう頑張っても手は届きそうになかった。そんなところから落ちてケガをしなかったのは、真下の地面が柔らかく、クッションのようになっていたからに他ならない。
明らかに人工的な建築。地下施設だろうか。
突然そんな場所に放り出された生徒たちは、ほとんどが通路の端に寄り集まって怯えていたが、それでも数人は先走って奥に進んだらしく、ワタリがジェネレーターから出たときには、すでに見あたらない顔がチラホラあった。
数えてみるとワタリを含めて19人。それぞれ不安げな表情を浮かべて何事か話し合っていた。ケガをしたタムラを介抱している者、配られたバッグを広げて中を確かめている者もいたが、先に進もうとする者はいないようだった。近くに座り込んでいるスギムラの姿を見つけてワタリが状況を訊ねると、委員長のサエキが指示を出して残りの者が揃うのを待つことにしたのだという。
「なるほどな、いい判断だ。単独行動はリスクが大きい」
「でも、俺が来たときアサイとエトウはもういなかった。テラワキは一人で行っちまったし、ウラベのグループもいない。イシダとキウチもだ。俺はお前を待つつもりだったからいいけど、早くここから離れたがってる奴もたくさんいる」
チラリとスギムラが視線を向けた先には数人の生徒が固まっていて、そわそわと落ちつきなく通路の奥を窺っていた。
「俺の後ろはもうワカサだけだよ。すぐに来る。それよりスギムラ、バッグの中は? もう確かめたのか?」
問いかけるワタリに、スギムラはゆっくりと首を振った。
「期待しない方がいい。……俺のはこれだった」
そう言ってスギムラは傍らのスポーツバッグに手を伸ばす。
「何、それ?」
思わず問いかけるワタリ。
スギムラが取り出したものは、何の変哲もない黄色い傘だった。
「傘だよ」
「……は? 何で? 傘? そんなモンでどうしろっていうんだ?」
「知るかよッ! ちくしょう」
怒鳴って傘を地面に叩きつけるスギムラ。
「──あるだけマシよ、スギムラ」
不意に背後から声がかかった。振り向くとツキシマが立っている。
「私のはこれ」
右手には紙切れ。そこには太い黒マジックで「ハズレ」と書かれていた。
他には何もない。
「イカレてるんだ。あいつら……」
スギムラが呟く。
ワタリは慌てて自分のバッグの中を漁った。ペットボトルのミネラルウォーター、パン、腕時計が次々と出てくる。そして、奥に奇妙な箱。
「何だ……?」
箱を摘み上げてワタリは呟いた。四角い箱にはスイッチらしき丸ボタンがひとつ。背面に白い紙切れが貼り付けてあった。
漫画のようなイラスト──しかも異様に瞳の大きい少女のがウィンクしているような絵──が描いてあって、その吹き出しに、
基本テクニック。そう書いてある。
ワタリは素早くその文字列を読みとった。

『基本テクニック ボンバー 実行するとそのレミングはカウントダウンを始め、ゼロになると自爆する。鉄やトラップ以外の地形を吹き飛ばせるぞ』

──自爆?
自爆って、なんだ?
「おい、スギムラ、ちょっとその傘よく見せろ」
ワタリは転がっていたスギムラの傘を拾い上げてじっくりと観察してみる。数回開閉してみたが、やはり、ごく普通の雨傘だった。
──じゃあ、俺のはいったい何だ?
「バッグの中もだ、スギムラ。説明書きみたいなの、なかったか?」
ワタリが訊ねるとスギムラは不自然に口元を引きつらせて、バッグの中から紙切れを一枚取り出した。
「これだろ? ……なかなか笑える」
そこにはやはり美少女キャラがいて、こう書かれている。

『基本テクニック◆.侫蹇璽拭次〇韻鮖箸辰討罎辰りと降下する。そのため、どんな高いところから落ちても、そのレミングは墜落死しなくなるのだ』

「何が墜落死しなくなるだ。フザケやがって。いくら調べたって、これは普通の傘だ。パラシュートとか、そういうんじゃない。要は嫌がらせさ」
忌々しそうに呟いてスギムラは黙った。
「つまり、まるで役に立たないってことか? 配られたアイテムは……」
独り言のようにワタリは呟く。しかし、まったく予測しなかったことでもない。ハズレを引かされたツキシマは悔しそうに黙っていたが、もともとアタリなんてなかったってことだろう。
「──いいえ。そうでもないわよ。ワタリ君」
ワタリの問いかけに答えたのは、いつの間にかとなりに現れた委員長のサエキだった。
「私のはこれ。──ツルハシっていうの? どうやって使うのかよくわからないけど、でも、モノはなんでも使いようよ。スギムラ君の傘だって、使い方次第でそれなりに役に立つと思う」
さすがに普段からクラスの指揮をとっているだけあって、サエキにはどこか落ち着いた感があった。加えてその意見はもっともだ。
「ツルハシは地面を掘り起こすのに使うんだよ」ワタリ教えてやる。「スコップよりも堅いところ向き。傘は日除けか雨降りの日に使う」
「なによそれ、馬鹿にしてるの?」サエキが苦笑してワタリを眺める。「でもさすがに落ち着いてるのね。いいわ。みんな揃ったら、少し時間をとって方針を決めましょう。スギムラ君もワタリ君も、それまでに自分の意見をまとめておいてね」
そう伝えてサエキは別のグループの方に歩いていった。
見回すとあちこちで議論が始まっている。
ルールの確認。目的の確認。ノルマの確認。
こうしてミッションが始まってしまったからには、ひたすら全力を尽くさなくてはならない。
ワタリは考える。
ノルマは5パーセント。クリアに必要な脱出人数は最低でも一名以上だ。
つまり自分さえゴールしてしまえば、その時点でノルマ達成。合格も確定する。
開始時にそれを理解していた者の多くは、後続を待たずにさっさと先に進んでいった。集合したところで時間の無駄と判断したのだろう。確かにノルマ5パーセントというのは、数値的に見れば比較的簡単な部類に入るのかもしれないし、それならば急いで終わらせたくなる気持ちもわかる。
──けれど、果たして本当にそうなのか?
本当に楽観しても良いのだろうか。
「大丈夫さ、心配することない。29人中1人でもゴールできればOKなんだろ? つまり、それだけ簡単なステージってことだ。だいたい、こいつは審査用の模擬ミッションなんだぜ? そんなの、いきなり無茶させねーって」
普段からお気楽なオダ(男子出席番号5)が、向こうで調子よく言っている。
「うんうん、そうだよね。こんなの、初めてで上手くできるわけないもん」
傍らでコミヤ(女子出席番号4)が安心したように相づちを打つ。何故か嬉しそうな微笑み。「きっとさ、ここから真っ直ぐ進んでいったら、すぐに出口があるんだよ。ね、そうでしょ、オダ君」
「ああ。そうに決まってんだろ、コミヤ。プラクティスだぜ、プラクティス。気楽にやりゃーいいんだよ」
──プラクティスだと? 間抜けなこと言ってんじゃねぇぞ、オダ。さっきムカイヤマが死んだの忘れたのかよ。
これはお遊びじゃないんだ。
けれどそのオダの発言で怯えていた女子たちが少し黙ったから、ワタリはあえて口を挟まなかった。ツキシマも、いつの間にかそのとなりに来て座り込んだハラダも、黙ってじっとうつむいている。こんな状況でいつまでも泣き言を聞かされるのはゴメンだったし、いずれにせよ先に進む以外に望みはありそうにない。耳元であれこれと話しかけてくるスギムラをいなしながら、ワタリは腕時計を確認して立ち上がる。
開始後十五分が経過していた。
もうこれ以上時間を無駄にするわけにはいかないだろう。

「──おい、サエキ。悪いがこれ以上待ってても無駄だ。とにかく先に進もう」

結局、最後にやってくるはずのワカサ(女子出席番号15)は、いつまでたっても現れなかった。

【残り28人】

                    *

ほとんどたいていのクラスで出席番号が1になるアサイは誕生日が4月5日の牡羊座で、生まれ順で出席番号が決められていた小学校の頃でも、避難訓練とか遠足とか、点呼のときにはやっぱり一番最初に名前を呼ばれることが多かった。
4月の4日とか3日とか2日とか十五年前のその僅か三日間に生まれた人間なんて、たぶん世の中には全然ほんの少ししかいないはずだったし、アイダとかアイハラとかアオキとか、そういう奴らにしたところで、まあもちろんいないではないけれど、それでもやっぱり全体から見れば言うほどものの数じゃないってことはわかっていた。
人生を始めるにあたって勝手に押しつけられる決まり事というのはたくさんある。親とか性別とか名前とか本人に選択権はないけれど、とりあえずそういうものがないと人生は始められない。だからそういうのは宿命と言い換えたっていい。
4月2日生まれのアイウチなんかじゃなくてよかったと常々アサイが思うのは、パーフェクトでない自分の存在がなんとなくアキレスみたいでかっこいいと思えるからだ。
ギリシア神話の英雄アキレスは、トロイアの王子パリスが放った矢でかかとを射られて命を落とすのだけれど、それはもとはと言えばアキレスの母親であるテティスの不注意が原因だった。母親によって冥界の川スティクスに浸されていたとき、アキレスは自分がそんなふうにしてしか死ねない体になるとは少しも思わなかっただろう。でも本人の意思とは無関係に押しつけられるものが宿命なのだからしかたがない。あるいはテティスに悪意や慈悲があったのだとしてもだ。
パーフェクトな存在に宿命づけられていないアサイは、全国どこのクラスに入れられても絶対に出席番号が1になるとは限らないから、新年度のクラス替えのときにはいつも緊張感を持ってそれに臨むことができた。絶対一番になるとわかっていたら順番なんかには興味も関心もなかっただろう。それはきっと戦争に赴くときのアキレスだって同じだった。無敵なら戦いなどあり得ないし、パーフェクトであれば生きることに関心が無くなる。
弱点というのは人生に張りを持たせてくれる宝だ。
勝敗の行方が定かではない人生において幼稚園以来過去12年間、常に出席番号1を勝ち取ってきたアサイは中学三年生になった今年もやっぱり1番を獲得していた。
それでトクをしたことはあまりなかったけれど、ある日突然自分のクラスがわけのわからない審査の対象なんかに選ばれて、自分が真っ先にその会場となるステージに放り出されたとき、アサイは改めて自分の宿命というものを思った。
両親に感謝。
──僕が一番有利だ。
アサイのスタートと同時にカウントが始まるのだから、与えられた時間はクラスの中でもアサイのものが一番多い。後からやってくる連中を待っていたら、それこそその時間的優位を失うことになる。
だいたい寄り集まって何になる?
あいつらは頭の切り替えの遅い連中ばかりで、無意味な議論に延々時間を費やすだけだ。人数が増えれば決断力が損なわれる。だから文化祭の出し物を決めるために延々放課後まで話し合ったあげく、結局無難に喫茶店なんかで落ち着いてしまう。ああでもないこうでもないと意見を戦わせるクラスメイトを横目に、そのときアサイは早く家に帰ってテレビを見たいと思っていた。
今だってそう思っている。早く家に帰ってテレビが見たい。
学級会でそんなことを言い出したら自己中だとか批判されること請け合いだが、幸い今は自分しかいない。だから確実に意見は通る。
宿命と思えば迷いもなかった。
ジェネレーターから放り出されたアサイはゴール目指して一目散に駆けだし、しばらく順調に進んだところで地面に設置されていたスイッチを踏んだ。
──カチ。
天上から鉄の塊が落ちてくる。
10トンと書いてあった。

【残り27人】

                    *

ケガをして一人で歩くことのできなくなったタムラは、クラスの中でも体格がよくて一番正義感の強いソネ(男子出席番号7)が担いで連れて行くことになった。
その行動は間違いなく英雄的だったし、ソネ本人が自ら申し出たことだから誰も文句は言わなかったが、それでもワタリにはあまり感心できなかった。
無論、タムラを置き去りにしろいうのではない。せめて安全なルートが確保できるまで、この場所に残して置いた方が良いだろうと考えたのだ。
進むべきか残るべきか。みんなして残っていては始まらないが、タムラを始め、ずっと泣き続けているウエハラや放心しっぱなしのニシオなどは、明らかに動くべきではないとワタリは思った。
数人で先発隊を組み、ルート確認の後に引き返して合流。それが最も確実だろう。
ワタリは主張したが、その意見は聞き入れられなかった。
「先発隊が戻ってこなかったらどうするんだよ?」
オダの意見。それはないとは言えなかった。
通路をしばらく進んだところで死体を見つけた。ぐちゃぐちゃに潰れていて誰なのかわからなかったが、通路内にトラップが設置されていることは確認できた。
相手は本気であり、冗談では済まないということ。
先頭を行く者には勇気が必要だった。絶えず周囲に気を配りながら慎重に進まなくてはならない。唯一の救いは、自分たちよりも先にこの通路を進んだ者がいることだろうか。
死体があればそこにトラップがある。
誰も口に出さなかったが、そういうことだ。
通路には相変わらず不愉快な音楽流れている。昔のゲームみたいなしょぼいBGM。のんびりとしたリズムなのに、延々聞かされるとなぜか無性に気が滅入る。そのせいか開始後間もないというのに、みんなすっかり疲れ果てていた。泣きわめいていたウエハラも今は大人しくしている。一種の拷問。道は平坦で歩きやすかったが、どこも似たような光景なので眩暈がした。
ときどき分かれ道がある。
もしタムラに与えられたアイテムがなかったら、一行はずいぶんたじろぐことになっただろう。タムラのアイテムはステージマップだった。かなり精密で、マップ自体に狂いはないように思える。少なくとも今のところは。
「おい、分かれ道だ。どうする?」
先頭を歩いていたチバが言って、みんながのろのろと立ち止まった。
最低なことに、渡されたマップにはゴールの位置が記されていなかった。目的地は不明。だから適当にアタリをつけて移動するか、虱潰しに歩き回るしか方法はない。ひとまず広い通路だけを選んでここまでやって来たのだが、今度の分岐はどちらも同じくらいの広さだった。
「チバ、マップを見せてくれ──」
ワタリがそう言ってチバに歩み寄ったとき、
「ちょっと! ニシオ?」
にわかに列の後方が騒がしくなった。
振り返るとミハラがニシオに向かって何か言っている。
「何やってんの、ちょっと、あんた、それ──」
「おい、どうした? ニシオ、ミハラ!」
オダが駆け寄り、立ち止まっていた全員がそちらを見た。
一身に注目を集めたニシオは呆然と立ち尽くしたまま不思議そうに首を傾げていたが、みんなの視線が自分の頭上に注がれていることに気がついたのか、ゆっくりと顔を上げて上空を見つめる。
そこには──。
「お、おい、ニシオ、何だよ、それ……?」
ニシオの頭上には巨大なアラビア数字が回っていた。【4】
けれどニシオにはそれが見えていない。
「ど、どうしよう。ミハラ、私、押しちゃった……押しちゃったよ、これ」
泣きそうな声をあげて何か差し出す。それはちょうど手のひらサイズの四角い箱だった。スイッチのついた箱。同じものがワタリのバッグにも入っている。

『基本テクニック ボンバー 実行するとそのレミングはカウントダウンを始め、ゼロになると自爆する。鉄やトラップ以外の地形を吹き飛ばせるぞ』

「何やってんだ、馬鹿ッ! ニシオ、早くその箱捨てろッ!」
ワタリは大声で怒鳴りつけた。
意味不明なアイテムは使わない。さっきそう決めたばかりじゃないか。
一瞬、キョトンとワタリを見たニシオは、
「いやぁぁぁぁああッ!」
絶叫してその箱を取り落とす。箱はポロリとオダの足下に落ちた。【3】
「離れろッ! ヤバイぞ、オダッ! ニシオッ!」
オダは素早く箱を拾うと、そのまま勢いよく遠くに投げ飛ばした。しかし、ニシオの頭上で回転するアラビア数字は止まらない。【2】
「何、何なの、どうなったのッ?」
喚きながらニシオが激しく自分の頭を振り回しす。
──まさか、あの箱……。
「みんな、ニシオさんから離れてッ! 早くッ」
ワタリのすぐとなりでサエキが叫んだ。
──何てことだ……ちくしょう。
サエキの号令と同時にみんなが一斉に駆け出す。
叫び続けるニシオを残して。【1】
「いやッ! なによ、何なの? ちょっと、ねぇ、みんなぁッ!」
最初に異変に気づいたミハラは素早くその場を離れていた。
最後まで一番近くにいたオダもかなりの距離を稼いでいる。
そして、スイッチを押したニシオは両腕で頭を抱え込んだまま──。
──パン。
軽い音を立てて平らな地面を吹き飛ばした。

【残り26人】

                    *

「悪かったよ、謝るよ。でもしょうがないじゃないか。僕だってわざとやったワケじゃないんだから。ねえ、だから助けてよ、頼むよ、ウラベっち、お願いだから」
「うるせーよ、デブ。ウラベっちとか言ってんじゃねぇぞ、コラ。早くそこどけよッ」
「痛ッ、ちょ、やめてよ、蹴らないでよ」
クラスの中で一番の巨漢であるイデイ(男子出席番号2)は、全国的に見てもやっぱり平均を大きく上回る立派な体重の持ち主だった。
イデイという男は気が弱いくせに見栄っ張りなところがあって、付き合っている友人は何故か不良っぽい奴が多かったりする。ウラベしかり、トノムラ(男子出席番号11)しかり、スドウ(女子出席番号7)しかりで、イデイ本人は絶対に認めないが、この男がいわゆるパシリとしてその三人に扱われているのはクラスのみんなの知るところだった。
スタート後、ウラベはトノムラとスドウが来るのを待ってから、早速ステージ攻略に動き出したので、そのときイデイは躊躇わずに三人のあとに続くことにした。
ウラベとトノムラとスドウは、成績はダントツで悪いけれど、でも間違いなくダントツでクラスの権力者だったから、この三人についていけばまず間違いはないとイデイには思えたのだ。
さすがにいくつも修羅場をくぐってきた(とイデイは思っている)三人だけあって、その行動力は並じゃなかった。まずイデイたちがしたのは、アイテムの使い方を調べること。悪巧みにはめっぽう頭の働くトノムラが、先にスタートしたクラスメイトを二人捕まえて恐ろしい実験を始めた。イシダ(女子出席番号1)とキウチ(女子出席番号2)は仲の良い二人組だったけど、イデイの嫌いなアニメオタクでいつもファンタジーな話ばかりしているからクラスのみんなからは避けられていた。そんな二人が持っていたアイテムは、黄色い傘とスイッチのついた箱。せめてツルハシとかだったら奪われるだけで済んだかもしれないのに、イシダもキウチも運がなかった。
イデイはウラベたちに悪意があったとは信じたくないけれど、結果的に二人の尊い命を犠牲にしてウラベグループが掴んだのは、
1.傘は役に立たない
2.ボンバーはスイッチを押した者が数秒後に自爆する
そのあともう一人、前の方をうろついていたエトウが捕まって、でもエトウのアイテムは「ハズレ」と書かれた紙が一枚だけだったからエトウ的にはラッキーだった。食料と水を奪われたあと、エトウはそのまま先頭を歩かされるだけで済んだのだ。
ま、そのエトウもトラバサミに引っかかってもう死んでしまったけれど。
で、次はイデイ自身が先頭を歩くことを他の三人に申し出た。行動は迅速に、言われる前にやるのが自分の取り柄だとイデイはいつも思っている。
ひとつ問題だったのは、イデイの足が思いのほか遅くて、さすがの三人も苛立ち始めたってことだ。まずトノムラが「ウザイなお前」と言ってイデイを押し退けて先に立ち、スドウもさっさとその後に続いた。ウラベがひとりイデイを追い越さなかったのは、最後尾になったときイデイが逃げ出すことを警戒したせいなのだが、もちろんイデイはそんなこと思ってもみない。
そうこうしているうちに通路はだんだん先細りになり始めた。トノムラとスドウはどんどん先に進んで、イデイとウラベは少しずつ二人から遅れていった。
そんなときだ。
イデイは水を飲みたくなって、歩きながらバッグの中を探ったのだけれど、手が何かに触れたと思った途端、急に手足が痺れて体が全然動かなくなった。
「おい、なにしてんだよ」
不機嫌そうにウラベが言っても、イデイはまるで動くことができなかった。
「ご、ゴメン、ちょっと引っかかったみたい……。動けなくなった」
イデイは咄嗟にウソをついて誤魔化そうとしたが、ウラベはそれを見逃さない。
「イデイ、てめぇ勝手にアイテム使ったんじゃねぇだろうなッ!? 何使った? おい、なんか隠してたのか?」
言いながらウラベはイデイのバッグに手を伸ばすと、中から紙切れを一枚取りだした。

『基本テクニックぁ.屮蹈奪ー 手を広げて立ち止まり、通せんぼをする。そのほかのレミングがぶつかると、クルリと向きを変えてUターンしてしまう』

「これじゃねぇかッ!」ウラベが怒鳴る。「てめぇ、フザケなよ! さっきハズレだったって言ったてただろ! なにウソついてんだよッ、おいッ」
「し、知らないよォ。いつの間にかバッグに入ってたんだよォ」
「うるせぇ、どけよ、おい、デブ! 道塞ぐんじゃねぇ」
「だから、動けないんだってばぁ。助けてよォ」
「知るかッ! おーい、トノムラーッ!」
ウラベは先行したトノムラたちを呼び戻し、イデイは何とか助けてもらおうと必死になって懇願した。
「ホントに動けないんだ。ねえ、お願い。トノちゃん、助けて」
真ん中にイデイを挟んで顔を見合わせるウラベとトノムラ。
しかし狡猾なトノムラは即座に解決策を見出した。
「なあ、イデイ。お前これ何かわかる?」
差し出される四角い箱。
「え、ボンバーのスイッチでしょ? 何、それどうするの?」
「──こうするの」
数秒後、通路に破裂音が響き渡り、立ちふさがる障害物が取り除かれた。
「ホント、役に立たねーヤツ」
スドウが呟く。
そうしてウラベはトノムラたちと合流した。

【残り22人】

                    *

どうしてニシオがボンバーのスイッチを押してしまったのか、それはすぐそばにいたミハラに聞いてもわからなかった。臆病なニシオは自分の家で飼っている小型犬だって怖がっていたくらい気の小さい奴だったから、あんな思い切った行動にでるなん誰も思いもしなかったし、まさかアイテムが説明が通りの効力を持っているとも思わなかった。
箱は爆弾ではなかったのだ。爆発するのはスイッチを押した者の方。
その事実が確かめられたとき、アイテム『ボンバー』を持っていた者はみんな慌ててそれを投げ捨ててしまった。ずっとそんなモノを持たされていたと知れば当然だろう。
ワタリもいったん箱を取り出したが、すぐに思い直して捨てられた箱を拾い集めることにした。みんな怪訝そうに見ていたが、その中でたった一人サエキだけが黙ってワタリの行動に従った。
箱は全部で6つ。
「な、なにしてんだよ、お前ら……」驚いたようにオダが言う。「そんなモン拾ってどうしようっていうの?」
他のみんなもそれぞれ戸惑いの色を浮かべている。否、あるいは冷ややかな眼差し。
「おい、やめろよ。ワタリ、サエキも」
スギムラがたしなめるように言って、二人の方に駆け寄った。
沈黙が重い。
「アイテムはアイテムよ。捨てることないわ」
サエキが力強く答えた。
「けど、それ使ったら、死ぬんだぞ? わかってるのか?」
「わかってるよ、スギムラ。別に使う気はない」
ワタリは言って拾った箱をすぐにしまう。そっと中の一つをポケットに忍ばせた。
ボンバーの破壊力はさっきニシオがやって見せたとおりだ。地面は深くえぐれて、ぽっかりと丸い穴が穿たれている。上手く使えばそれである程度の壁は破ることができるのかもしれないが、もちろん、そんなものは使えるはずがない。持っていたところで無意味なのはわかっている。しかしそれでも、なぜか箱を捨ててしまう気にはなれなかった。
ワタリはスギムラに向き直って言う。
「いいか、スギムラ。これは審査なんだ。たぶん俺たちの行動はモニターされてる。ここでボンバーを捨てたら、あいつらはどう思う?」
「ど、どういうことだよ?」
「適性ナシと判断されるかもしれない。そしたらどうなるか──」
ワタリがそこまで言ったとき、
──ピンポンパンポーン。
突然、校内放送のようなチャイムが鳴り響いた。
その場にいた全員がぎょっとしてあたりを見回す。
すると、直後にプォーンとハウリングがして、
『あーあー、マイクテストマイクテスト、あーあー』
天上からあの忌々しい声。
『大正解ッ! その通りです、ワタリ君。こちらはキャプテン・キーティング。さっきはちょっと言い忘れたけど、君たちの行動は全部監視されているから、ルール違反をすると即失格になります。戦地で武器を捨てることは任務放棄。これ、常識だよな〜』
ブツン。
放送はあっさりと終了した。
けれどそれだけでも生徒を縮み上がらせるのには充分だった。
放送の内容が、ではない。放送そのものがだ。
姿が見えなくなったからといって、あの教師がいなくなったわけではなかった。自分たちの運命は依然としてあの男の手の内にある。一時的にあの悪魔の存在を忘れていた生徒たちは、先の暴虐を思い出して消沈した。
「行こう」
ワタリは呟いて歩き出したが、後に続こうとする者はいない。
「──もうイヤッ!」
ヒステリックに叫んだのはハラダだった。
「おかしいよッ! こんなの、絶対におかしい! どうして私たちがこんな目にあわなきゃならないのッ!?」
あまりの理不尽に耐えられなくなったのだろう。
それまでみんながどうにか立っていられたのは、少なくともキーティングの存在が遠ざかったと思い込んでいたからだ。今は違う。それがわかった。勇気は挫け、理性は失われつつある。
「私もう動きたくない!」
「そうだよ、そんなの持って歩けるわけないよッ!」
ハラダに限らず、数人の女子がその場にしゃがみ込んで泣き始めた。ツキシマがそっとハラダの肩をさすって慰めている。
気力をそがれた者は為す術もなく立ち尽くすばかり。
──ふざけるな。どいつもこいつも勝手すぎる。わがまま言ってる場合かよ!
ワタリは無言で首を振った。
「委員長、提案がある」
そのとき、タムラを背負っていたソネが手を挙げて言った。
「やっぱり先発隊を組むべきだと思う。ここから先は相当入り組んでるみたいだし、みんなで行っても無駄足になる可能性が高い。偵察が必要だ」
ソネは言ってタムラを地面に寝かせた。
「委員長、時間が惜しい。俺が先に行って様子を見てくる。マップと、それからアイテムを少し借りたいけど、いいか?」
「……マップを?」
冷静な口調のソネにサエキは一瞬気圧されたようだった。真っ直ぐにサエキを見つめたソネが、力強く頷く。
「大丈夫。心配ない。ヤバそうならすぐに戻る。抜け駆けはしない」
「そう……みんなはどう思う?」
サエキは逡巡し意見を求めたが、誰もそれには答えなかった。
「……わかったわ。ソネ君。確かにその方が良さそうね。少し休まないと、パニックになりそう」
言いながらサエキはチラリとハラダたちの方を見る。ハラダは膝を抱えてうずくまっていた。再び泣き出したウエハラも、ミハラも、テコでも動きそうにない様子だった。
「でも、あまり遠くまで見に行く必要はないわ。少し進んで、問題なさそうなら戻ってきて。無理せずに小刻みに進んだ方が確実だと思う。それから、アイテムはいいけど……ごめん。やっぱりマップは渡せない」
サエキはそう伝えて目を伏せた。偵察に出た者が確実に戻るという保障はないのだ。
「そうか……わかった。じゃあマップは頭に叩き込むよ。とりあえず五分進んだら引き返すから、それまでにみんなをしっかり励ましておいてくれ。このままじゃ、道がわかっても先に進めない」
そう言って歩き出すソネ。
「待てよ、ソネ──」
ワタリは首を振って呼び止める。
「一人で行くべきじゃない」

結局、偵察には三人一組で出ることに決まった。まだ気力の残っている者がその大役を順番に引き受ける。最初のチームはソネ、チバ、ワタリ。次はスギムラ、ネモト(男子出席番号12)、サエキ。
偵察隊がアイテムを駆使してルートを確保し、本隊はその都度安全なポイントまで前進する。持ち時間五分程度では、一度に大きく距離を稼ぐことはできなかったが、それでも被害を最小限に押さえるのには有効だった。当初は泣き崩れて無理に引っ張らなければ動こうとしなかった女子たち数名も、二回目の偵察にサエキ、三回目の偵察にツキシマが志願したことで、多少でも引け目を感じたのかそれとも勇気をもらったのか、次第に自分の足で歩き始めるようになった。ハラダやミハラはその後、偵察隊にも志願している。
偵察は六回ほど繰り返された。
その間、トラップに掛かったりして負傷した者は皆無。スタート前に負傷していたタムラもずいぶん回復して、一人で立って歩けるまでになった。
これは単に運が良かっただけなのかもしれないが、偵察隊のメンバーが少しずつミッションに慣れ始めた成果でもあった。命の掛かった状況にあって、人は誰しも本来の能力を取り戻す。大切なのは感覚を研ぎ澄ますこと。トラップはたいてい風景に溶け込んで獲物を待ち受けているが、作動スイッチにさえ触れなければさして恐れることはない。幸い通路には充分な光量があったし、床は平坦で見通しが利いたから、よく注意すれば作動スイッチを発見することは容易だった。後はビルダーを利用するなどして回避すればいい。
チバが『ファイアーアーム』と名付けた回転盤のような装置は、あまりにこれ見よがしのトラップで、そういう不審なオブジェには極力近寄らないよう心がけた。
そうして一行はゆっくりと、しかし確実に通路を進んだ。
このままゴールが発見できれば言うことはなかったが、もちろん全てがそう順調に進むものではない。マップを確認すると、一行が踏破したのはまだ全体の三分の一程度。
不安をかき立てる要素はいくらでもあった。
その際たるものが、通路に延々流れ続ける不可思議な音楽と、定期的に放送されるキーティングの中間報告。キーティングはいつも軽い調子で語りかけ、そこでは『失格』になったクラスメイトの名前が、無慈悲にも次々と告げられていった。
もう一つの差し迫った問題は、押さえることできない生理現象。
通路内は乾燥していて、空調が効いていないのか温度も高い。加えて絶え間ない緊張を強いられ、普段以上に喉が乾いた。水はそれぞれ500mlのペットボトルが二本ずつ配られていたが、すでに飲みきってしまった者も多かった。また、当然のように周囲にトイレは見つからず、かといってどこまでも直線的な通路には気の利いた遮蔽物など求めようもなかったから、平素からアウトドア派を気取っているチバでさえこれにはすっかり辟易していた。
そんな中、ひとつのアクシデントが発生する。
少なくなり始めたペットボトルは無駄にしないよう幾つかのバックにまとめて詰められていたのだが、本隊の移動中、それを運んでいたコミヤのちょっとした不注意によって、まるまるそのひとつを失うことになったのだ。
それはバッグの口が完全に閉じていなかったのが原因だった。まずペットボトルのひとつがバッグからこぼれ落ち、それに気づいたコミヤは慌てて立ち止まり、振り返ってそれを拾い上げようと腰を屈めたのだが、そこに運悪くすぐ後ろを歩いていたシバタのバッグがぶつかって転倒。動転したコミヤは肩に掛けていたバッグを取り落としてしまう。
最悪だったのは、そのあたりの通路の両脇にかなり深い溝があったことだ。
バッグは完全に溝の奥に落ち込んで、どう頑張っても回収は不可能。
コミヤは泣いて謝ったが、二リットルの水はあきらめざるを得なかった。
その頃からだろうか、みんなの口数が少なくなった。正直、貴重な水の一部を無駄に失ったのは痛い。まだ先が長いことを思うと尚更に気が重くなる。
「もう気にしないで」とコミヤを慰めるサエキの声だって、やはりどこか沈んでいた。
通路はどんどん複雑になっている。
絶望はやがて人を狂わせるだろう。
先ほど七回目の偵察に出たスギムラたちは、出発から十五分経過した今もまだ戻っていない。

【残り22人】
comments(2)
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