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2014/11/8 更新してないねぇー ねたはあるんだけどね
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先日。
わたくしは大変に納得のいかない、
また、極めて不条理な状況に遭遇いたしました。
それはまるきりわたくしの生きる能力、
あるいは生命体として至極当然な有り様までもを否定するが如き悪辣な所業で、
こんなことがまかり通る世の中は絶対に間違っている!
と、理性が激しい憤りを訴える傍ら、ふと気がついてみますと、
頭の片隅ではほんのちょっぴり、後ろめたい喜びとでも申しましょうか、
えもいわれぬ充足を感じていたのですから、これはわたくしにとりまして、
ひどく奇妙であると同時に貴重な体験だったと言う他ありません。

それは年に一度、職場で行われる定期健康診断でのことでした。
検査それ自体は一般的なものであり、
特別に楽しかったり、心躍るようなものではございません。
むしろ退屈だとか面倒だとか思っていらっしゃる方が多いでしょう。
わたくしも同感でした。
というのも、もし、わたくしが成長期の小中学生であれば、
やれ身長が五センチ伸びた、十センチ伸びた、
などと言って大喜びもするのでしょうが、
現状でわたくしの身長が五センチも十センチも伸びていたら、
わたくしはたちまちパニックに陥り、
身体の異常を訴えるために病院に駆け込まねばならないからです。
すでに成長期を終えた成人にとって、
健康診断というのは、減点方式の非建設的な検査、
車で言うなら車検です。
異常がなければそれでよし。
せいぜいその程度が、現在のわたくしに得られる充足だったでありましょう。
少なくとも、今回の健康診断に当たって、
わたくしには不安こそあれ、期待などは蚊の涙ほどもありませんでした。

そんなふうでしたから、
わたくしがこの検診に積極的な姿勢を取れるはずもございません。
わたくしは何の努力もしないまま、相手のなすがまま、なされるがまま、
ただひたすらコンベアーに乗った機械のパーツのように、
血を抜き取られ、血圧を測られ、身長体重を計測されていったのです。
それらの数値は呆れてしまうほどに昨年とほぼ同様。
わたくしは、その結果に満足するでもなく、
といって逆に不満を覚えるでもなく、
ただ、生きているなぁ、と漠然と感ずると同時に、
また無性に寂しくもなるのでした。

生きているということは、いずれ衰えるということです。
今の状態を上限とするなら、あとは衰えていくしかありません。
それは寂しいことですし、今は信じたくも認めたくもありませんが、
老化現象はなんぴとたりとも避けられない現実なのです。
今はいい。にしても、身体的成長の止まったわたくしは、
やがて衰えていく自身を思わずにはおられませんでした。
ああ、目に見えて成長し続ける十代の肉体が羨ましい。
どうしてあの頃は早く大人になりたいなんて思ったのだろう。
たとえば「老化も成長のうち──」
などと前向きに考えるのは虚しい詭弁に過ぎないのでしょうか……。

このように健康診断はわたくしを暗澹たる気持ちにさせてくれます。
それまで考えずにいられたことを考えなければならなくなる。
いったい、自分の衰えを測定することに何の価値があるのか!
わたくしはひどく恨めしい気持ちで視力検査へと進みました。
もちろん、まったくもって気乗りがしませんでした。
視力検査など、能力の衰えを示唆する最たるものだからです。
悪くなることはあっても、良くなることはない。
何よりも、わたくしは以前よりも視力が衰えていることを自覚しており、
近々眼鏡を作り替えようかと考えていたくらいです。

担当医師は、中年の女性の方でした。
測定器を指さし、さっそく覗き込むように指示してきます。
わたくしは無為な診断結果にすっかりすさんだ気持ちになっており、
かつまた、自分の身体機能を見限っておりましたから、
医師に命じられるまま、何の感慨もなく諾々と測定器を覗き込みました。
どうせ見えるものは決まっている。
これは予測というよりも確信でした。
そうして目の前の現実が、わたくしの確信を裏切ることはありません。
絶望……というのは言い過ぎでしょう。
けれど、絶望的、というのはほぼ正確だったろうと思います。

例の、一箇所途切れた丸い輪っか。その列。たとえば、【C】
その一番上段の、一番巨大な【C】さえも、
目の悪いわたくしには一見する限り【O】のように見えるのです。
ぼんやりと霞んで、重なって……
まったく見えないわけではないにせよ、
苦労して焦点を合わせてようやく判別できる程度。
目のよかった頃は、「あの一番上の段のやつは要らないんじゃないか、
あんなでっかいの見えないやつはいないだろう」
と、その存在価値すら認めなかったというのに……。
予測していたこととはいえ、やはりそれはショックでした。

「はい。これはどうですか?」
ともあれ、医師がわたくしの心情に構ってくれるはずもなく、
彼女は、いきなり難題を押しつけてきました。
そこに示されたのは、中段のわりと小さな【C】
わたくしには【c】どころか、【・】のように見えるのですが……
それでもしばらくじっと見つめていると、
薄ぼんやりと右側が切れているように見えたので「右」と答えました。
次に示された一段したのものも辛うじて答えることができましたが、
さて、それが当たっていたかどうか。
ほとほと自信はありません。
お粗末な話ではございますが、正直なところ、
このあたりがすでにわたくしの限界だったのです。
おそらく、これ以上、下の段に進んでも無意味。
この瞳はすっかりかつての能力を失ってしまったのだ。
その輝きともども……。
わたくしは心から思いました。

「はい。それではこれはどうですか?」
けれども、こちらの限界を知るよしもない医師は、
むしろ先の解答でわたくしの能力を買いかぶったらしく、
嬉々としてハードルを上げてきます。
次に示されたのは先の二つよりも更に小さな【C】でした。
もちろん、わたくしに判別できるはずがありません。
頭では【C】とわかっていても、見た目には間違いなく【・】です。
今度こそ、本当に限界──。
「えーと……」
しばらく思案しましたが、結局、わたくしは潔く諦めることにしました。
ここで見栄を張って適当に答えても意味がないと思ったからです。
健康診断はあくまでも診断であって、試験や競技ではないのです。

「わかりません」
けれど、何故でしょう。
そう答えたわたくしの声には、微かな恥辱が混じっておりました。
「うーん」
すると、物静かに応じた医師が軽く身じろぎをし、
ほとんどそれとわからない程度に、
「はぁ」
と、小さく溜め息を漏らしたような気がしました。
それは落胆だったのでしょうか。
わたくしは彼女の期待に応えることができず、
彼女を落胆させてしまったのでしょうか……。
「じゃあ、これは……」
そうして次に発せられた彼女の声に微かな憐れみを感じ取ってしまい、
わたくしは、迂闊に「わかりません」と返答したことを後悔しました。
……ああ。
これから先、脆弱なわたくしに与えられるのは、
その能力に見合った易しい問題のみ。
因果応報。仕方のないこととはいえ、
難易度を落とされるという仕打ちが、わたくしに更なる恥辱を与えます。

ところが。
「どうですか?」
いったい、どうしたことでしょう。
わたくしは思わず目を瞠りました。
医師が示したその【C】は、
あろうことか最下段の【C】、最小の【C】だったのです。
そんな、どうして……。
まさか、斯様に無様ななわたくしに未だ期待を残してくだすっている
──などという可能性は万に一つもないでしょう。
するとこの医師はわたくしをからかい、愚弄し、なぶるのか。
わたくしはたちまち屈辱に悶えしました。
中段の【C】が限界だというのに、最下段を答えよとは!

「わかりません……」
努めて冷静に振る舞ったつもりでしたが、
その内心は、込み上げる悔しさに狂わんばかりです。
すると医師はケラケラとわたくしを嘲笑するかのように、
「じゃあ、これ」
と、すぐとなりの【C】を示します。
それはやはり最小の【C】で、わたくしには答えることができない。
「……わかりません」
不思議なものです。
三度続けて「わかりません」と答えたわたくしは、
怒りや悔しさよりも、よりいっそう強烈な羞恥に囚われ、
はっきりと顔面が紅潮するのを感じました。
その声はか細く、消え入るように響いたことでしょう。
ああ、なんという惨めさ。
わたくしはそのあまりに情けない自分の姿を客観視して、
頭の中が真っ白になりました。
そんなはずはないとわかっているのに、周囲の人々までもが、
クスクスとわたくしの無能を嘲っているような気がしてきます……。

やがて、最後の慈悲とばかりに
医師は下から三段目の、比較的大きな【C】を示してくださいました。
それは掛け値なしの憐憫か、寛大な優しさであって、
質の悪い嫌がらせや、いじわるでは決してなかったのだろうと思います。
が、やはりわたくしには見えなかった。
どんなに頑張っても見えなかった。
「…………」
四度目の「わかりません」を、どうしても口に出すことができず、
──それはわたくしに残された最後の矜持だったのですが──
わたくしは貝のような沈黙でもって医師と向き合う他ありませんでした。

「…………」

しばらく、重苦しい沈黙が続きました。
わたくしは困惑せざるをえません。
どうしてこの医師は、易しい問題を与えてくださらないのか。
どうして、お前は目が悪いとはっきり診断してくれないのか。
後生ですから、どうか許してください、もう解放してください……。

すると、そこで思いも寄らないことが起こりました。

「うーん、もうちょっとよく見てくれる?」

朗らかに響き渡ったのは医師の声でした。
わたくしは最初、何を言われたのかよくわかりませんでした。
が、すぐさま立ち直って、促されるままその指示に従いました。
否、従わざるを得なかったのです。
何故なら、医師はわたくしが「わかりません」と答えても、
どういうわけかそれを認めてくれず、
「うーん」とか不服そうに言葉を濁すばかりで、
検査を先に進めようとしないからです。
そのとき、わたくしの後方には視力検査を待つ人の列ができておりました。
「何やってるんだよ、早くしろよ」
という怒気がひしひしと伝わってきて、
にわかに焦りを覚えたわたくしは、その行為の正否を判断する余裕もなく、
ともかく、見えない【C】を見るために死力を尽くさねばなりませんでした。
このときほど何かを必死で見ようとしたことはありません。
日常生活ではあり得ないほど極限まで目を細め、
様々に角度を変えて小さな黒い点を睨みつけ、
それでもわからないので、最終的には直感に頼った格好で、
「ええと、右上?」
と答えました。
しかし、医師は「うーん」と唸って聞いていない様子。
わたくしは、あわてて言い直しました。
「あ、違う。えっと、右ですかね? 右」
すると医師が満足そうに応じました。
「はい。じゃあ、これは?」
そして、すかさず示される最下段。
もちろん、これもわたくしには見えるはずがないのですが、
人間、死に物狂いになると不思議な現象が起こる場合があります。

『──さあ、がんばって!』

それは声ならざる声。
憮然として正面に構えていた医師が、無言ながらも、
懸命にわたくしを応援してくれているような気になってきたのです。
『あきらめちゃダメ。もっとよく見て、よく見るのよ!』
否、彼女は確かに、心の中で声援を送ってくれていたのだと思います。
そればかりか、
『そうだ。お前ならきっと見える。見えるはずだ!』
後列でわたくしの検査を見守る人々さえまでもが──。
『がんばれ! あきらめるな!』

無論、現実として、わたくしの目に映っていたものは、

【 o o o o o 】
【 。。。。。】
【 . . . . . 】

であったことは認めましょう。
しかし、このときのわたくしは、
心眼によって普段見えざるモノを捉えることができた。
虚像の中から実像を見出すことができた。
でなければ、その後に訪れた展開、
まるきり奇跡のような結末はあり得なかったのです。

わたくし「えー、あー、うーん、ひだりぃ……?」
医  師「あれー、そうー? ひだりー?」
わたくし「あ、いや、下かな……」
医  師「うーん、もうちょぉーっと、よく見てくださいねー」
わたくし「あっと、はい。じゃあ、左下、左下です、やっぱり」
医  師「はいはい。じゃあ、これは?」
わたくし「えーと……」

そうして医師は、最後に満面の笑みを浮かべてこうおっしゃいました。

「はい、とりあえず問題ないようですね。
 なんか、前よりもちょっと良くなってますよ」

なんか、前よりもちょっと目の良くなったわたくしは、
心から医師に申し上げました。

──ありがとうございました、と。
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家政婦は見た
家政婦は見た。
何を見たのかというと、宇宙人を見た。
普段だったら亭主の浮気現場なんかを見るのだが、これにはさすがの家政婦も目を背けた。

家政婦は見た。
何を見たのかというと、全力で自転車を駆り西方へと奔る関羽雲張を見た。
いったい何事だろう、と少々気になったものの、つい先日には宇宙人を見たばかりだったので、まぁそれほどのことでもないかと考えた。
が、それは大きな間違いであり、のちに厄災となって家政婦の身に降りかかるのである。
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201号室の悶着
一ヶ月前、ウチの近所にあった豪邸が取り壊されました。
何でも株で大失敗したらしいとのこと。

しばらくは瓦礫の山になっていて、そのまま放置されていたのですが、先週になって、突然整地がはじまりました。
2.3日であっという間に更地に。

こうなると、もうわくわくです。
嫁と議論しました。
俺「あそこ更地になったよ。何かできそうだよ」
嫁「何だろう。何ができるのかな」
「やっぱマンションは勘弁だよな。まあウチもマンション(賃貸)だから、勝手なことだとは思うけど」
「そうだよね。商業施設ならいいね」
「何ができたらいいと思う?」
「やっぱコンビニでしょ。今だとさ、一番近いところでも歩いて5分くらいかかるじゃん。しかもサークルKだし(←サークルKの関係者に失礼)」
「まあそれなら文句ないな。セブンイレブンだったら最高だな」
「それかスーパーかな」
「スーパーができるほど広くはないでしょ」
「それもそうか。じゃあ類二は?何ができて欲しい?」
「食い物屋がいい。吉野家とか松屋とかすき屋とか」
「何それ。そんなのいらないよ。牛丼反対。基本的においしくないし(←牛丼関係者に失礼)」
「いや、俺は便利だ」
「やだ。つまんない。そんなのできたら離婚だわ離婚」
「えっ何で?」
「まあでも食べ物だったら、行列のできるラーメン屋がいいなあ」
「なるほど。行列の少ない時間を狙って行けそうだな」
「でも、結局のところ、どうなんだろう。私はあんまり期待してないよ」

それもそうなのです。
このあたりは再開発がさかんな所なのですが、今までろくなものができたためしがなかったのです。

一年半前。
今回更地になった場所の隣に、それまであった建物が壊されて、できたのがライブドアオートとかいう車買い取り屋。
(ほんの数ヶ月で名前変わったけど)
近所の住民としてはちっとも面白くないものでした。

一年前は自宅の隣のマンションが取り壊され、
何ができるのかと楽しみにしていたら、タイムズとかいう時間貸しの駐車場でした。

そして半年前は、自宅前の道路をはさんで向かい側の空き地に急に
建物が建ち始め、今度こそコンビニでもできるのか?と思っていたら、
最悪なことに新聞屋なのでした。
これにはがっかりしたものです。
おかげでそれ以来、夜中になると新聞配達のバイクがひっきりなしに往来するようになり、非常に迷惑をしているのです。

「新聞屋みたいにうるさいのはもう嫌だね。それだったらマンションとか駐車場のほうがよっぽどまし」
結局その日はそういう結論になりました。

そして、それから数日後。
結局その場所に出来上がったのは、

貸しコンテナ

でした。

「うーん。なんでこうもウチの近所にはつまらんものしかできんのだ」
「ほんとだよね。できて欲しくないランキングワーストの順番にできてるって感じ」
「車買い取り屋、駐車場、新聞屋、貸しコンテナか。もうこれよりできて欲しくない商業施設なんてないって位だな」

いつになったらセブンイレブンが近所にできるのでしょうか・・・。

「ところで、お前の本心を聞こう。本当にできたらいいと思っていたのは何だ?」
「マッサージかエステ」
「やっぱりな」
「じゃあ類二は?」
「ゲーセンか場外馬券売り場かパソコン屋、だな」
「・・・つまらん」
「お前もな!」
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父と息子
博士と助手

父「おお、息子よ。見てごらん、ほら、あんなところに博士と助手がいるよ」
子「わぁ、本当だ。博士と助手だー。すごーい、かっこいいー」
父「二人とも白衣を着ているからわかりやすいね。白髪のおじいさんの方が博士で、ひょろっとしたモヤシみたいなのが助手だろうね。おや、今ちょうど博士がフラスコを手にとって、なにやら慎重に薬品の調合を始めたよ。あの緑色の液体、モコモコと煙が出ているけど、あれが何かわかるかい?」
子「やくひんー? おくすりー? わかんなーい」
父「ははは、無知だなぁ、お前は。あれは透明人間になるための薬だよ。でもまだ実験段階らしい。どうやらあの博士は、助手を使って薬の効果を試そうとしているみたいだね」
子「すごーい! トーメーニンゲンー! 見たーい」
父「ははは、馬鹿だなぁ。透明人間は見ることができないからこそ透明人間なんじゃないか。見えてしまったら透明人間ではないよ」
子「やーだー、見ーたーいー、見ーたーいーのぉー」
父「まあまあ、ちょっと落ち着きなさい。それよりもほら、今、助手が必死の形相で博士に何か訴えているだろう? あれはきっと非人道的な人体実験に異を唱えているんだよ。試すならまず自分の体で試してみたらどうだともと言っているね。あの助手はこれまで何度も博士の危険な実験に付き合ってひどい目に遭わされてきたものだから、すっかりチャレンジ精神を失ってしまったのさ」
子「えー、トーメーニンゲンはぁー」
父「しかしもちろん博士はすごく偉い人だから助手の反逆なんか気にしないよ。そもそも自分で薬を試せるなら助手を雇う必要はないからね。見ていてごらん。ほら、やっぱり。助手はどうしても博士に逆らうことはできないんだ。かわいそうに。手柄は折半だなどとうまい言葉で丸め込まれた挙げ句、結局、鼻を摘まれて無理矢理薬を飲まされている」
子「やったぁー! なるの? なるの? トーメーニンゲンー!」
父「しっ! 静かに。ほら、今、助手の手足がぶるぶると震え始めた。もしこれが成功すれば、このあと少しずつ体の色素が抜けて薄ぼんやりとしてくるはずなのだが……」
子「うわぁー、すごーい。ドキドキ、ドキドキ」
父「おや? おかしいな。薬は即効性のはずなのに、助手はいつまでたってもケロッとした顔をしているぞ。うーん、これはどうやら失敗だったかな?」
子「ええー、なんでー、そんなのつまんないよー」
父「ははは、実験には失敗がつきものなのさ。失敗は成功の母と言ってね、何事もこうした失敗を繰り返すことで、少しずつ成功に近づいていくものなんだ。それにしても博士が未練がましく、早く消えてみせろといった顔で助手を睨みつけているのは面白いね。まるで根性でどうにかしろと言わんばかりだ」
子「あっ!」
父「うん? どうしたんだい、息子よ」
子「パパ、薄くなってる! 薄くなってるよー!」
父「ははは、馬鹿だなぁ。パパは薄くなんかならないよ」
子「違うよ、パパ。助手の右手が薄くなってるんだよー」
父「何だって? おおっ、本当だ。すごい。本当に薄くなっているじゃないか」
子「わー、すごい、助手すごーい」
父「いや、ちょっと待ちなさい。これはしかし……ああ、そうか、なるほど」
子「どーしたの、パパー?」
父「うん。やはり実験は失敗だったようだね。よく見てみなさい。確かに助手の体には少々の変化が現れ始めているが、あれは体が透明になっているのではなくて、皮膚の表面が薄い緑色になりかけているにすぎないんだ。ほら、さっき助手が飲まされた薬の色を思い出してごらん。あの薬は緑色をしていただろう?」
子「してたー」
父「そう。それが体内に吸収され、拡散して薄くなった。だからあの薬は最初から失敗作だったというわけさ。博士の失敗は、まず透明人間になるための薬の色を透明にしなかったことだね。功を焦るあまり、実に単純なことを見落としてしまう。人生ではよくあることだから、お前も気をつけなくちゃいけないぞ」
子「助手みどりー、みどりー、すごーい」
父「ははは。そうかそうか。まあ、実験は失敗してしまったが、お前が喜んでくれるならパパはそれだけで大満足だよ」
子「助手、みどりー、ずっとみどりー」
父「そうだね。あの助手はずっと緑だ。どうやらあの薬の効果は不可逆性のようだから。しかし、あの博士も案外頭が悪い。透明になる薬ではなく、体を緑色に変える薬としてならば大成功だというのに、そういう発想はないのだものな。まあ、なんにせよ、あんなふうにして博士と助手は毎日忙しく暮らしているんだよ」
子「ボク、あれ欲しー」
父「なんだい? 緑色になる薬が欲しいのかい?」
子「ぅんーん。そーじゃなくてー」
父「ああ、それじゃあ助手が欲しいんだね? それとも博士が欲しいのかな?」
子「両方!」
父「ははは。お前は欲張りだなぁ。でも博士と助手はセットだから当然だね。よし、わかった。任せなさない。パパがこれからすぐに買ってきてあげるよ」
子「わーい、やったぁー、だからパパってだぁーいすきー」



カップル

父「おお、息子よ。ちょっとあのレストランを見てごらん。奥の席で何やら真剣な顔を突き合わせている若いカップルがいるよ」
子「わぁ、本当だー。若いカップルだー。すごーい、かっこいいー」
父「水色のワンピースを着て目を伏せているのが女だね。ぎこちない新品のスーツでモジモジと怪しい動きをしているのが、これからプロポーズをしようとしている男だよ」
子「ええー、これからプロポーズするのぉー? ほんとにー?」
父「それはするさ。カップルなんだから。男は今、給料の三ヶ月分で購入したダイヤモンドの指輪をいつ懐から取り出そうかとタイミングを見計らっているところなんだ。しかし、息子よ。お前は何だか不満そうだね」
子「別に不満じゃないよ、パパ」
父「そうかい? それならパパはカップルに目を戻すよ。これから良いところなんだ。あ、今男がチラッと顔を起こして二人の目が合ったね。男はここぞとばかりに口を開いたけど、上手く本題に入れなくて、思わず天気の話なんかを始めてしまったよ。窓の外を見上げて苦笑している。これはいけないなぁ」
子「えー、どうしていけないのー?」
父「ははは、お前も案外子供だなぁ。いいかい、息子よ。カップルにとって天気の話なんていうのは、十年先のとなりの晩ご飯くらいどうでもいいことなんだ。特に今のあの二人の状況においては、天候で左右されるような要素は何一つとして存在しないのだからね。とりあえずの話題に明日の天気を持ち出してみたはいいが、すぐにネタが尽きて気まずい沈黙が訪れるよ」
子「あ、ほんとだ。二人とも急に黙り込んじゃった。パパ、すごいや」
父「まあね。そもそも天気の話はこれでもう六度目だからね、数分とはいえ、むしろよく会話を成立させたとパパはあの男を褒めてあげたいくらいだよ」
子「ふぅん、そっかー。天気の話ってなかなか深くは広がらないものなんだね」
父「そうだよ。それどころかほら、見てみなさい。女は度重なる天気の話にすっかりむくれてしまってすごい形相だ。きっと男がプロポーズしようとしていることは薄々悟っているのだろうね。それを男がなかなか切り出してこないものだから、焦れったさのあまり次第に対応がぞんざいになってきているんだよ。わかるかい?」
子「うん。なんだか風船みたいにふくれてる。鍵盤でも叩いてるみたいにテーブルの上で指をせかせか動かしてるよ」
父「そう。さすが我が息子。よく気がついたね。あれはもう末期症状だよ」
子「えー、そんなー、だいじょうぶなのー? 男、だいじょうぶー」
父「大丈夫ではないさ。おそらく、あの男にはまだいくらか迷いがあるんだな。それが今一歩プロポーズに踏み切れない理由だろう。しかし、あの男も男だ。一度腹を括ればきっと──」
子「あっ!」
父「どうしたんだい、息子よ」
子「急に男が立ち上がったよ、何だかすごくびっくりした顔で入り口の方を見てる」
父「うん?」
子「あっ、女もつられて振り返った!」
父「おっと、これはこれは……なるほど。そうきたか」
子「えー、なにー、どういうことなのパパー」
父「うん。説明してあげよう。今、入り口の方から、妙に化粧の濃い別の女が近づいてきているけど、見えるかい?」
子「えー、どこー?」
父「ほら、もうカップルのテーブルまでやって来た」
子「あ、わかった。あのギラギラの女だね?」
父「そう。あのギラギラでヒラヒラの女だ。どうやら男は二股をかけていたようだね」
子「フタマター?」
父「そうだよ。二股というのはね──あっ、いけない。そうこうしているうちに二人目の女がいきなり男に強烈なビンタをかましたぞ。男は無言で堪えているが、これは大変だ」
子「えー、なんなのー、よくわからないよー」
父「いいから、黙って見ておきなさい。最初の女が二人目の女に詰め寄って何やら激しい口調で言い連ねていたが、やがて男に向き直ってボロボロと大粒の涙を流し始めただろう? これを修羅場というんだよ」
子「うわぁー、しゅらばー、しゅらばー! すごーい! かっこいいー!」
父「そうだろう、そうだろう」
子「ねえ、パパ。ボクあれ欲しー、あれ買ってー!」
父「ははは。まったく、お前と来たらすぐそれだ。やっぱり全部セットで欲しいのかい?」
子「ぅんーん。男はいらないー」
父「ははは。そうかそうか。それにはパパも賛成だな。よし、わかった。任せなさい。パパがこれからすぐに買ってきてあげるよ」
子「わーい、やったぁー、だからパパってだぁーいすきー」


テリーマン

父「おお、息子よ。見てごらん、ほら、あんなとろでテリーマンがザ・摩雲天と戦っているよ」
子「わぁ、本当だ。摩雲天だ。すごーい、かっこいいー」
父「なんだい、テリーマンじゃないのかい?」
子「テリーマンもかっこいいよー」
父「そうだね。おでこに米と書いてあるのがテリーマンだよ。柔道着を着ている方が摩雲天だ。悪魔超人というだけあって、なかなか悪そうな顔をしているね」
子「あっ、なんだかテリーマンがピンチだよー!」
父「うん、今ちょうど摩雲天のマウンテン・ドロップをもろに食らって絶体絶命になっているところだ。でもテリーマンは簡単にはやられないよ。彼はテキサス出身の超人で、日本には出稼ぎに来ているんだ。生粋の愛国主義者で熱血漢だけど、持ち技は案外地味なものが多いから、どの試合もいまひとつ盛り上がりに欠けて今後の活躍にはちょと不安が残ると言わざるを得ないね」
子「うん。でも、テリーはすっごく物知りなんだよ」
父「そうそう、よく知っているね。そういえば聞いたことがある、ってやつだろう? ははは、お前だってなかなか物知りじゃないか。でも、知識量と実戦での戦闘能力は必ずしもイコールではないんだよ。彼はのちに超人参謀になるけど、その知識は結構いい加減なこともあるから注意しないとね」
子「あ、見て見てパパー、テリーマンが急にブチ切れて何かを声高に叫んでいるよ?」
父「ああ、それはきっと摩雲天がキン肉マンやミート君を愚弄するような発言をしたからさ。テリーはそれですっかり頭に血が上ってしまったんだ。仲間を馬鹿にされるのは、彼にとって一番許せないことだからね。友情パワーというんだよ。もうすぐ怒りのブレーン・バスターが炸裂して逆転勝利するんじゃないかな」
子「ええー、摩雲天負けちゃうのー?」
父「なんだい、やっぱり摩雲天びいきかい? でもそれは仕方がないさ。摩雲天はテリーマンが独力で勝利した数少ない超人だからね。もしここで負けてしまうと、生涯の通算でも負け越しになってしまうんだよ」
子「ふぅーん、そうなんだー」
父「だからテリーマンも必死になろうというものさ。ところで、このときテリーマンは左足を失っていて義足で出場しているんだけど、知っていたかい?」
子「ええっ!? そうだったのー? 知らなかったー。でも全然そんなふうには見えないよー」
父「まあ、そろそろみんなも忘れかけているころだからね。案外、本人も無自覚なのかも知れないな。あ、そんなことを言っているうちに、テリーがブレーン・バスターを仕掛けたよ」
子「ああっ、ホントだ! 摩雲天がー!」
父「うん。これで正義超人チームは貴重な勝利を手に入れたわけだ。一連のこの試合にはバラバラにされたミート君の体の一部がかかっているものだから、彼らもそう簡単に負けるわけにはいかないんだよ」
子「ねぇパパ、ボクあれ欲しいよー」
父「なんだい、摩雲天が欲しいのかい? でも摩雲天はもう谷底だよ?」
子「違うよー、ボクが欲しいのはあっちだよー」
父「おやおや、これは驚いた。お前も案外物好きだね。そんなにテリーマンが欲しいのかい?」
子「ぅんーん、そうじゃなくてー、テリーマンのあれー」
父「うん? ああ、なるほど。あれというとテリーマンの肩についているあれのことだね?」
子「欲ーしーいー、あれ欲ーしーいー」
父「ははは。なかなか良いところに目をつけたな。あれはスターエンブレムといって、テリーマンの愛国心の象徴であると同時に超人の証でもあるんだ。もちろん着脱可能で一度はアシュラマンに奪われたこともあるけれど、でもあれを取られてしまうと、テリーマンはもう超人ではなくなってしまうんだよ? それでもいいのかい?」
子「欲ーしーいー、あれが欲ーしーいーのぉー」
父「ははは、お前は本当に我がままだなぁ。でもよし、わかった。パパに任せなさい。これからすぐにテリーマンと交渉して買ってきてあげよう」
子「わーい、やったぁー、だからパパってだぁーいすきー」


父と息子

父「おお、息子よ。見てごらん、ほら、あんなところに父と息子がいるよ」
子「わぁ、本当だ。父と息子だー、すごーい、かっこいいー」
父「ははは。どうやらあの父と息子はお金で買えないものはないと思い込んでいるようだね。さっきからすごい勢いで無駄遣いをしている。でも、いいかい、息子よ。よく覚えておいて欲しいのだけれど、世の中にはお金では買うことのできない大切なモノがあるんだよ。お金なんていうのは、結局それ自体に価値のあるモノではないのだからね。きっとあの父と息子も、やがてひょんなことから本当に大切なモノの存在に気がついて、これまでの自分たちが如何に傲慢だったかを思い知るんだろうね」
父「うん。知ってるー。でもボク、あの父と息子も欲しいなぁー」
子「ははは。そうかそうか。よしよしわかった、任せなさい。パパが今すぐに買ってきてあげるよ」
子「わーい、やったぁー、だからパパってだぁーいすきー」
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9992年のゲーム・キッズ
コンビニで500mlパックの甘ったるいコーヒーを買うとき、レジの姉ちゃんに「ストローお付けしますか?」と言われたので「はい」と答えた。
コンビニを出て、さっそく飲もうと思ってレジ袋の中を見たら、ストローではなくてヌトローが入っていた。
きっと俺があまりにも男前だったので、レジの姉ちゃんがテンパって入れ間違えたのだろう。

それはともかく、このヌトロー、どうしたものか。
とりあえずコーヒーのパックを開けてストローみたいに差し込もうかと思ったのだけど、なかなかどうして、これが入らない。
ヌトローだから当たり前だ。こんな亀の甲羅みたいなものが入るはずがない。
入ったところで、ちゅうちゅう吸うことができないのだから、ストローの代わりとして使うのはあきらめたほうが良さそうだ。
仕方がないので、渋滞中の道路に向かって投げた。
甲羅が面白いように車を倒していき、100点、200点、・・・8000点と順調に点数を稼いだ結果、最終的に4機ほど増えた俺は、気をよくして先ほどのコンビニに戻って文句を言った。
レジの姉ちゃんは申し訳なさそうに平謝りだ。

こうして改めてストローをもらい直し、気を取り直し、コーヒーパックに差し込もうとしたのだが、そこで俺は気付いた。
俺が今まさにパックに差し込まんとしているのは、ストローではなくスト2ではないか。
こんなものをコーヒーに入れたら、ファイター達のバトルロイヤル状態になってしまう。
まあ、それはそれで面白いかなということで試しに入れてみた。
残念なことにバトルロイヤル状態にならず全員溺死してしまった。
結果的に俺が世界で一番強い奴になってしまったことにいささかの危惧を感じながら、俺はまたもやコンビニに舞い戻り、文句を言った。
レジの姉ちゃんは申し訳なさそうに平謝りだ。

こうして改めてストローをもらい直し、気を取り直し、コーヒーパックに差し込もうとしたのだが、そこで俺は気付いた。
俺が今まさにパックに差し込まんとしているのは、ストローではなくアウトローではないか。
これは困った。
なかばやけくそ気味に、これをコーヒーに入れてみたところ、案の定荒くれたちが外角低めを丁寧に突いてくるピッチングを披露しはじめた。
俺はなんとかボールを見極めて四球を選ぶことに成功し、一塁ではなくコンビニに向かって歩を進めた。

四たびコンビニに戻り、店員に文句を言い、ストローをもらい直したが、念のため、コンビニを出た直後に受け取ったストローを確認したところ、ストローではなく大トロだった。
その場で美味しくいただいた後、また文句を言うためにコンビニに入ったが、そこはコンビニではなくコーヒーの中だった。
俺の身体はいつの間にか空洞になっていた。
・・・そうか。あまりにストローを願うばかりに、俺自身がストローになってしまったのか。
俺はたっぷりのコーヒーを吸い上げては、誰かもわからない人の口にひたすら送り込み続けた。
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ブリスベーンは晴れのち曇り

ブリスベーンは晴れていた。
月曜の早朝、キラーストリートを本社へと向かって歩いていた日刊アスベストの記者、マイルズ・オコーナーは、突然、背後から掛けられた声に足を止めた。

「ヘイ、マイルズ! そこにいるのはマイルズじゃないか!?」

振り向いてみると、カフェテリアの軒先にスパニッシュ系と思しき黒髪の男が立っている。一見して安物とわかる背広に、着たきり雀のよれよれのシャツ。口元には髪と同じ色の強い無精ヒゲを生やし、何か含みでもあるように右の頬だけを吊り上げてニヤニヤと笑っている、その男の顔には見覚えがあった。
「ジョーイ? もしかして、お前、ジョーイか?」
──ジョーイ・エリオット・モリエンテス。マイルズの古い友人だ。
「おいおい、親友の顔を忘れちまったのかよ。そうさ、マイルズ。俺だよ、ジョーイ・モリエンテスだ。久しぶりだな。この街も一年ぶりになるが、着いて早々お前のシケたツラに出くわすとは思わなかったぜ」
そんな憎まれ口も懐かしい。
「オー、ジョーイ!」
マイルズは驚喜し、両手を広げて駆け寄った。「まったく今日は何て素晴らしい日だ。私がどれほどお前の帰りを待ちわびていたことか!」
「ヘイヘイ、マイルズ。俺に会えて嬉しいのはわかるが、こんなところで子犬みたいに抱きつくのはやめてくれ。みんな見てる。ゲイだと思われるだろう?」
「ははは、相変わらずだな。この悪たれジョーイめ。しかし、本当に久しい。あれからもう一年か? ずいぶん懐かしい気もするが……いつ帰ってきた? 今までどこで何をしていたんだ?」
マイルズが質問攻めにすると、ジョーイは目を伏せ、しばらく何事か思案するように顎をさすっていたが、ややあってから大げさに首を振った。
「正確には九ヶ月だな、向こうにいたのは。あれからまだ一年も経っちゃいない。帰ってきたのはつい昨日だが、その間、俺がどこで何をしていたかは、聞かない方がいいだろう」
「おっと、そうだった。お前はいつだって忙しい。聞くだけ野暮ってもんだ。悪かったよ。で、どうなんだ? 今年もリスボンのペパーミントは豊作かい?」
努めて軽い調子で語りかけるマイルズに、ジョーイは例の独特の──右の頬だけを吊り上げる──含みある笑みを返した。
「その件なら心配しなくてもいい。最低でも四本はキープできるはずだ。そんなことより、マイルズ。お前の方はどうなんだ? あの子豚みたいな女とは、その後も上手いことやってるのか?」
素っ気なく応じて話題を転じるジョーイ。その反応を見て当面の状況を察したマイルズは、少々焦れったく思いながらも、しばらく話を合わせることにした。
「もちろんだよ、ジョーイ。それこそ無用の心配ってヤツさ。おかげさまで私とメアリーはチーズフォンデュみたいにアツアツでね、未だに新婚気分が抜けないもんだから、しょっちゅうみんなにからかわれてる。ま、子豚のように可愛かったメアリーも今じゃ立派な雌豚だがね」
「ほう。そいつは何よりだったな。俺も一肌脱いだ甲斐があったってもんだ」
「その件に関しては本当に感謝しているんだ。ジョーイ」
事実そう思っていたので、マイルズは二心なく頭を下げた。
「別に感謝する必要はないさ。俺はアドバイスしただけで、大したことはしちゃいない。結局、お前にはツキがあったってことだろう」
ジョーイはこともなげに言って、懐から取り出したマルボロの吸い差しに火をつけた。マイルズはめげずに一歩彼に歩み寄った。
「それはそうかもしれんが、それでもやっぱりお前は私たちの恩人だよ。メアリーだって感謝している。いや、実際には彼女はお前のことを知らないわけだが……でも本当のことを打ち明けたら、きっとお前を神様みたいに思うだろう。そうだ、今度三人で食事にでも行かないか? いい店を知ってるんだ。これが旨い豚肉を食わせてくれる店で──」
「ハハハ、そいつはいい」
にこやかに提案するマイルズを、ジョーイの哄笑が遮った。
「だがやめておくよ、マイルズ。なにしろ俺は昔から豚ってヤツが大嫌いでね。そりゃあ何匹もくびり殺してきたもんだから、ただでさえ生きた豚どもの恨みを買ってるのさ。その上豚肉なんぞを食おうものなら、俺は死んだ豚どもまで敵に回すことになる。それは勘弁願いたいね」
「ははは、なるほど。そりゃあ確かにお前さんらしい。かまわないよ。メアリーは今のままのでいた方が幸せなのかもしれんしな」
「そういうことだ。ゴミはゴミ箱へ、豚はブタ箱へってな。しかし意外だったよ。あの子豚ちゃんがそこまでお前に懐くとはね。正直、持って半年くらいだろうと踏んでいたんだが……」
「おいおい、そりゃあいくらなんでもあんまりだ、ジョーイ。私たちはあれからずっと円満だよ。これからだってきっと永遠に──」
「ああ、そうだ、ところでマイルズ。話は変わるが、ヤズマットはどうなった?」
「ヤズマットだって?」
不意に転じられた話題に、マイルズの表情から笑みが消える。
「ほら、ずいぶん前に電話で話してくれただろう。実はあれ以来、俺もずっと気になっていてな」
「ジーザス。嫌なことを思い出させてくれたな、ジョーイ」
そこで力なく呟いて、忌々しそうに視線を落とすマイルズ。「せっかく野郎のことは忘れかけてたってのに……」
「何だ、するとまだケリがついてなかったのか?」
「当たり前だッ!」
突然大声を発したマイルズに、ジョーイが怯んだ。
「ど、どうした、マイルズ……?」
「ファック! あの野郎、普段は大人しい顔してるくせに、土壇場になっていきなり手の平返しやがった。私が地道に稼いできたものを、全部あっさりぶち壊してくれたんだ。チクショウ、冗談じゃない。いったいあいつは私からどれだけの時間を奪えば済むんだッ!」
マイルズはすっかり頭に血を上らせた。奴の名前を聞いただけでも、たちまち腸が煮えくり返る。殺してやりたい──と思うのだが、それができないのだから、いっそうに歯がゆい。どうにも苛立ちが納まらず、ちょうど足下を這っていた蟻を奴に見た立てて何度も何度も踏みつぶした。
「おい、落ち着け、蟻に罪はないだろう」
するとジョーイが宥めるように肩を掴んだ。にわかに申し訳なさそうな顔つきになっている。「すまない、マイルズ。つまらんことを思い出させちまって悪かった。もともと俺には関わりのないことだ。今の話はなかったことにしてくれ。それから、お前はもうあんな奴にはこだわらずに先に進んだ方がいい」
それができれば世話はない、と思うのだが、ジョーイが人に頭を下げるのは珍しい。マイルズは、それでいくらから冷静さを取り戻した。
「いや、ジョーイ、悪いのは私の方だ。すまなかった。奴の名前を聞いてついカッとなってしまったんだ。だが、もうすっかりあきらめはついているから、気にしないでくれ。やはり、どう考えても最終的な見返りが少なすぎるんだよ……」
せいぜい負け惜しみと取られないように弁解してみたものの、そこで会話は途切れた。気まずい雰囲気。その後、どちらからともなく切り出して、目の前のカフェテラスに落ち着いた。

二人はしばらくたわいもない思い出話に花を咲かせたが、マイルズは相手が本題を切り出してくるのを、今か今かと待っていた。
二杯目のコーヒーを飲み終えたころ、チラと周囲に首を巡らしたジョーイが、妙に改まった様子で口を開いた。
「なぁ、マイルズ。ところで最近、俺はまた面白い話を仕入れてな」
──そら来た。
マイルズは内心「しめた」と手を叩きながらも、それと気取られないように努めて平静な態度を装った。
「……面白い話?」
何を隠そうジョーイはS級のネタ元だ。つき合いも長く、奴からもたらされる情報はさしずめ金の卵だったが、それ故に足元を見られるようなことも少なくない。
「お前好みのでかいネタだ」
「おいおい、待ってくれ、ジョーイ。そいつは結構なことだが、私ももうずいぶんと歳をとっちまってね。家族もできたことだし、そろそろ仕事は選ばなくちゃいけないと考えていたところなんだ」
本当は早く聞きたくて仕方がなかったが、ハロウィーンのガキみたいにせっつくのは上手くなかった。あくまでも、相手から飴を出させる格好にしなくては。
「まあ、いいから聞けよ、マイルズ。悪い話じゃない」
するとジョーイが思惑通りに食い下がってきたので、マイルズはやれやれと腕を組んだ。
「まったく、私もいい加減お人好しだと思うよ。で、それはどんなネタなんだ、ジョーイ?」
「よく言うぜ」
小さく鼻を鳴らしたジョーイが口元を歪める。
「そうだな。お前もよく知っていると思うが……あれのことだよ」
「……あれ? あれというと?」
「いや、あれはあれとしか言いようがないんだが、つまり……」
煮え切らないジョーイにマイルズは少し苛立つ。しかし、ここで焦っては元も子もない。じっと耳をそばだてて次の言葉を待った。
「……ドアーがあるだろう」
ジョーイが声をひそめて囁いた。眉間に皺を寄せ、ひどく真剣な顔をしている。
「ドアー? ドアーというと、あのドアーか?」
「そうだ。ノブがついていて、押したり引いたりして開けるドアーだ」
「スライド式じゃなく?」
「ああ。自動でもない」
「それがどうした?」
「いや、ドアー自体は問題じゃないんだ。そうではなくてだな、ほら、ドアーの上の方に、壁と繋がるような格好で何か妙なパーツがついているだろう」
「妙なパーツ? それは一般的なドアーのことを言っているのか?」
「もちろんそうだ。よく思い出してみてくれ、マイルズ。お前の家の玄関のドアーにも、おそらく同じパーツがついているはずだ」
ジョーイは幾度も唇を舐めながら、切羽詰まったようにチラチラと周囲の様子を気にしている。
──ドアーのパーツだって?
マイルズはその部分を思い出してみた。しかし、どうもはっきりと細部まで思い浮かべることができない。ドアーなど、これまで注意して観察したことがなかった。
「ジョーイ。本当にそんなものがあったか?」
困惑して訊ねると、ジョーイが苛立ったように舌を鳴らした。
「あった。どの家にも絶対にあるはずなんだ。よく思い出せ、マイルズ」
「そうだな……言われてみれば、そんなモノがあったような気もする。三角というか、いや違うな。あれは確か、棒を二つ、折り畳んだような……」
「それだ! ようやく思い出してくれたか、マイルズ!」
「ああ。まだ何となくだが……しかし、それが何だというんだ?」
「それはだな、つまり……いや、その前にマイルズよ。お前は、あのパーツが何のために設置されているのか、と考えてみたことがあるか?」
「いや、まったくない。そんなパーツのことは一度も……だが、待てよ。だいたい想像はつくぞ。あのパーツはドアーが閉まっているときはぴったり折り畳まれているが、ドアーが開くと九〇度くらいに開くんだ。つまり、ドアーに連動している。ドアーの開閉に関係しているということか?」
「その通りだ、よくわかったな」
頷いたジョーイが真剣な顔をマイルズに寄せ、耳元で囁く。
「いいか、よく聞けマイルズ。ここからが本題だ。これは確かなスジから得た情報だが……実はあのパーツはな、開けられたドアーを自動的に閉じる働きをしているらしい」
「な、何だって!? ドアーを自動的に閉じる? 自動ドアーでもないのにか?」
「シッ! 声が大きいぞ、マイルズ。俺も最初は驚いたが……しかし、それだけじゃない。信じがたいことに、あのパーツにはドアーが閉じる際にその速度を緩慢にする機能も備わっている」
「緩慢にする……だと?」
「ああ。しかも、その速度には幾つか段階があってな、全開状態から閉じる途中までは勢いよくすみやかに、逆に閉じきる直前には減速して音もないほどゆっくりになる。どうしてだと思う?」
「ど、どうしてなんだ、ジョーイ」
「それは閉じきるときに指を挟む危険があるからさ。そうならないように、閉じきる直前は非常にゆっくりとした動きになる。つまり、あのパーツは人知れず俺たちの指の安全を守っていてくれたんだ」
「ば、馬鹿な──」
話を聞き終え、マイルズはごくりと石のように固い唾を飲み込んだ。知らず見つめた指先が震えている。
周囲を気にしながら忙しなく額の汗を拭うジョーイ。
しばし沈黙。

マイルズは激しく高鳴る鼓動が納まるのを待ってから、慎重に口を開いた。
「……それは本当のことなのか? ジョーイ」
「もちろん、すべて本当のことだ。更に付け加えるなら、あのパーツそれ自体には動力を作り出すような機関が何ひとつ備わっていない。ドアが開けられることによって発生したエネルギーをバネなどに蓄えて、ドアの動きを制御するんだ」
「ど、動力がないだとッ!?」
唖然と繰り返すマイルズ。あまりのことに思考力が正常に機能しなくなっていた。
絞り出すようにして、ようやく感想を述べる。
「……とんでもない代物のようだな」
「まさに未知のテクノロジーだ」
「誰が作った?」
「わからない」
「わからないって、おい、ジョーイ!」
マイルズは食ってかかったが、ジョーイは緊迫した面持ちでじっとテーブルに目を落としている。
「わからないものはわからないんだ、マイルズ。だが、それ故に危険でもある」
「危険……なのか、やはり」
「そうだ。考えてもみろ。今や、あのパーツ……いや、あの装置は、世界中の至る所に設置されているんだぞ? それこそペンタゴンの中枢から、お前の家の便所のドアーに至るまでだ。俺たちは知らないうちにあの装置に取り囲まれ、それと知らずに未知のテクノロジーに頼って自分たちの指を守り続けてきたんだ。何年も、何十年も……。こんな恐ろしいことはない」
「そ、そうだな。そして未だに、誰もその存在に気がついていない可能性もある、ということか……」
力なく呟いたマイルズに、ジョーイは大きく頷いた。
「その通りだ。我々はあまりにもあの装置に対して知識がなさ過ぎる。おそらく何らかの意志が働いているのだろうが……これは極めて危険な状況だ。どうだ、マイルズ。お前なんぞは、あの装置の正式な名称すら知らないだろう?」
「し、知らない。確かに。私はあの装置の名前を知らないぞ?」
ジョーイに指摘され、マイルズはにわかに不安になった。
「だが、お前は知っているんだろう、ジョーイ?」
訊ねると、ジョーイはゆっくりと目を閉じて首を振った。
「いや、俺にもわからない。それどころか、知り合いの誰に聞いてもわからないと言われた。あれほど世界中に広まっている装置だというのに、その名前がどうしてもわからないんだ……」
「いわゆる、ドアーを自動的に閉じる装置、ではないのか?」
思いつきを口にしたマイルズに、ジョーイが小さく鼻を鳴らす。
「マイルズ、お前の発想力は小学生並みか? それでは如何にも安直だし、自動ドアーの開閉システムと混同される」
「なるほど、それもそうだな。じゃあ、ドア閉じマシン?」
「駄目だ。センスの欠片もない。タコ消しマシンというならともかく」
「タコ消し……何だって?」
「タコ消しマシン。何故か道をふさいでいるタコのような物体を消すマシンだ」
「そうか。それじゃあ……」
マイルズは考えた。しかし、どうしても解答には至れない。
そもそも、ここで自分たちがその名称を決定することに意味があるのか。
「いったい私にどうしろというのだ、ジョーイ……」
あっさり根を上げるマイルズ。
ジョーイは再び例の独特の──右の頬だけを吊り上げる──含みある笑みを浮かべて言った。
「それをお前に調べて欲しいんだよ、マイルズ。記者であるお前なら、きっと真実にたどり着けるはずだ。みんなもそれを知りたいと思っている。お願いだから、一刻も早く、あの装置の名前を調べ上げてくれ。そうしなけりゃ、万が一、あの装置が壊れたときに何と言って説明したらいいのかわからないじゃないか」


注)ドアクローザと言います。
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フィオ VS Bさん
f「なにをトンカチなことをいってるの!」
b「とんかちというより、私は、のこぎりです。」
f「ちょっと!どうゆう意味よ!」
b「ザーサイって言う意味です。」
f「なにわけわかんないこといってるのよ!ね!ポルコ!」
p「ブヒーブヒーブホ」
bめずらい豚ですね。ください
fそんなことできるわけないでしょ
bなぜですか?
fなぜって・・・・ねえ!
pブーーーーヒ!
bなるほど。ちなみに、これは?
fな・なによ!これは飛行艇よ!あたしがつくったの!
bそうですか。亀ですね。
p「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ
bぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ
fぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ
bそうゆうことですか
fはい。そうです。
bカッチンコウはかたいですね。
fはい。そうです
bところでそれはぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ?
fおしいですがあいにく
pがふーがふーがふー
fべべべべべべべべべべべべべべべ
bそれください
fだめです。がしかたないですね。でもあと五時間で・・・市川になるのだよ
fでも、また5時間たてば、ソリマチですから。
fはあ
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新作レビュー ドラゴンクエス卜9
スクウェア・エニックス待望の新作、ドラゴンクエス卜9がついに発売されるぞ。
早速、このゲームのレビューを書いていこう。


◎久々の"王道"RPG
このゲームは、オードソックスな2D見下し型のPRGだ。
日々マスコミに踊らされるバカな大衆どもを見下している主人公を操り、町で武器や防具を購入し、フィールドで己と戦うことで、男前になっていく。
ベレルアップすればスターテスが上がっていく。そうすればより強いタバコを吸うことができる。
GRPの黄金パターンといっても良いだろう。


◎個性豊かな登場人物
主人公は、まだ幼い少年のようなあどけなさの残る食虫植物(38歳、脳死状態)。
男のティッシュ配りが大嫌いな、正義感あふれる遣隋使だ。
名前は特に決まっていない。好きな名前を以下の語群の中から自由に選んでつけることができるぞ。

語群:
割れ物注意 過剰摂取 雨は涙のように ふてくされた発光ダイオード 透過しすぎのレントゲン

このシステムにより、主人公への感情移入度が高まることまちがいなしだ。
この主人公の得意技は女性の裸(一定時間、自分の動きを完全に封じる)。
また、街で売られている果物は、ほとんどすべて装備することができるのが特徴。
なお、物語後半で3年B組にクラスチェンジする。

この主人公と共に旅をする仲間を紹介しよう。
一人めは豚肉。
鰯になることを夢見て溺れていたところ、主人公と出会い、共に美食の旅に出る決意をする。
主人公の仲間のなかではいちばん物理攻撃が強(検閲削除)力なので、彼にどんどん戦わせて自分は高みの見物を決め込もう。
ただし、豚肉ゆえに火が弱点。戦闘中に炎を食らうと、美味しく焼けてしまい、タレがないことを後悔してしまうから注意が必要だ。
得意技は速読(戦闘中、素早く見方の行動を敵に読まれる)。
使いにくい技だが、決まれば最強クラスの口臭を発揮するぞ。

もう一人は帽子。
道に迷って文房具屋にたどり着いたところで主人公に注文され、共に旅に出るテンプルを固める。
彼の特技は岩盤浴。素早くいい気分になれるこの技は、公私ともに主人公を憤死させてくれる。
ただ、どの能力も平均的で、個性という面では特筆すべき点はなく、面接試験で落とされがち。
彼だけが試用できる回復技として、手術(ケガをした仲間に使うと一気に開腹する)がある。

 最後の一人が、沖縄。紅一点であり、物語の重要なガキを握るヒロインである。
ゲーム開始当初は、幼い頃の記憶をなくしている(高齢のため)。
彼女の棲む村を訪れた中国雑伎団と意気投合し義兄弟の契りを交わす。
彼女の最強の攻撃魔法「マングースVSイリオモテヤマネコ」のド派手なグラフィックと凄まじいまでの洗浄力は驚きの白さになること間違いなしだ。
主な装備可能品は、エアコン。その名の通り攻撃力は低めだから、後列に置いてしんぜよう。


◎あらすじ〜広大な世界、そして主人公の旅立ち〜
 舞台となるのは「アジフライ」と呼ばれる大陸。
300年前の世界大戦により、それまで培ってきた文明を自らの手で滅ぼしてしまった人々は、(以下FF4〜6あたりのプロローグを見よ)。
主人公は、大陸をでて船で油を渡り、遙か遠くに浮かぶ小さな天かすに隠居したがっている。
まずは伝説のタルタルソースを手に入れるところから人生は始まる。

前述の3人を仲間にしてからは、講堂範囲が広がり、よりたくさんの客を集めることができるぞ。
そのあとは、プレイしてからのお楽しみ。
不思議な塔、不気味な洞窟、無礼講な刺身・・・思いもよらない展開が黄身を待ち構えている。


◎手強いモンスター
 主人公たちの行く手を阻む、手強いモンスターたち。
初期に登場するモンスターの一部を紹介しよう。

・万馬券
ボーナスキャラ。
おちついて換金しよう。

・卓上カレンダー
1997年もの。

・ジョジョの奇妙な冒険
ボーナスキャラ。
倒すと大量の効果音が手に入る。
目標レベル1。


◎総評
際だっていたのが、スピーディーなストーリー展開。
特にイージーモードでプレイすれば、ラスボスを倒したところからゲームが始まるため、初心者でも中古ショップに売りに行きやすい。
気になる操作性も○。
十時キーの上を押すと主人公が鼻で笑うため、小気味良い爽快感が味わえる?
音楽は場面に合わせたオーケストラが流れる。
テンポのいい曲が多く、股間も盛り上がる。

気になる値段は6800着と、意外とお求めやすい。
個人的には間違いなく"甲斐"の国だ。
(来瞬発売予定)
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桜の季節になりました

桜の季節になりました。
ソメイヨシノは美しいと、日本国民に限らず大人気ですが、花の時期はわずかに一週間程度です。
すぐに散ってしまうからこそ儚くも美しいのではないか、と思われる方もおられるでしょうが、桜の樹は決して美しいとは言えないと、私などは思います。
それは幹を見れば明らかでしょう。
左右非対称、縦横無尽に伸びた枝はウドラーよりもグロテスクです。
加えてあの色。どす黒くひどく不気味な印象を与えます。
近寄って表面を見てみれば、ゴツゴツしていて滑らかさなど微塵もありません。
銀杏やポプラ、松や杉などの優雅なシンメトリーとは比べるまでもないでしょう。
観葉植物などは、みなツルツルの樹皮をしています。
キウィの樹もツルツルだったと思います。
(余談ですが、キウィという鳥がいます。キウィの実に似た鳥です。
鳥がキウィの実に似ているのか、実がキウィバードに似ているのか、よくわかりません。「キウィ」って、何度も言っていると変な気分になりますね)
とにかく、それでも桜は人気があります。キウィよりも全然人気です。

桜。
黒い巨大な魔物が纏う花は、しかしそれとは正反対に淡いピンクの小さな花で、この色はもう春の代名詞みたいになっています。
きっと、不気味な幹が花の美しさを引き立てているのでしょう。
花は虫を誘うための罠だというのに、それを忘れているのではないでしょうか。
絶大な人気を誇る桜ですが、その人気も期限付きなのは笑えます。
花見のために馬鹿みたいにたくさん植えられた桜の樹は、夏でもやっぱり同じ場所にありますが、誰も全然気にとめません。
夏の桜は人気がないのです。
私などは、そこに桜があることをすっかり忘れてしまうくらいです。
きっと馬鹿な子供などは、夏の桜を見ても、それが桜と気づかないのではないでしょうか。
(子供はみんな、人参が木の枝に実っていると思っているのです)
それでも、次の春にはみんな思い出したように桜を有り難がるから不思議です。
雨が降っては桜が散る、風が吹いては桜が散る、暖かすぎては桜が散ると、毎日の天気に一喜一憂するのは、なんだか面白いです。
桜が咲いたくらいで楽しい気分になれるのなら、それはそれでいいことだと思いますが、浮かれすぎには気をつけましょう。
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カップ焼きそばの不可逆性
たとえば、水は100℃で沸騰して水蒸気となるが、冷やせば再び水に戻る。
0℃で凍るが、温めれば水になる。
このように変化の方向が往復する状態、または化学反応を可逆変化という。

たとえば、タンパク質は熱を加えると旨味が増すが、燃やすと炭になってしまい、冷やしても元のタンパク質には戻らない。
このように一方通行の反応を不可逆変化という。

さて、それでは、
『ペヤング ソース焼きそば からしマヨネーズ(大盛り)』はどうか?

まずこのペヤングにかやくを入れ、熱湯を適量注ぎ、3分待つ。その後、湯を切って特製ソースと絡め、ふりかけ、スパイス、そしてからしマヨネーズを加えれば、ほぼ間違いなく、ぺろりと美味しく頂くことが可能だろう。
しかし、ここで問題なのは「湯を切る」という行程である。
湯を切らねばカップ焼きそばとして成立しないから、湯を切るのは当然と言えるのだが……もし仮に、この湯切りの際に、より徹底的な作業を期すあまり(つまり、完全に水分を取り除こうと躍起になるあまり)、ついつい力を入れすぎて、
──ずるり。
と、麺が丸ごと四角いカップのふちから滑り出してしまったらどうか?
しかも、その麺の落ちた先は、清浄とは言い難いシンクの中であり、あろうことか、まだ洗っていない汚れた食器類が所狭しと並んでいたとしたら。

再び元の状態に戻せる反応を可逆変化という。
シンクにべろんと横たわっている麺の束を、誰にも悟られないようにこっそり鷲掴みにしてカップに戻し、何食わぬふうを装って特製ソースと絡め、ふりかけ、スパイス、そしてからしマヨネーズを加えれば、案外、ぺろりと美味しく頂くことが可能であろうか?
もちろん、注意深く観察してみれば、その麺には何やら見慣れぬ茶色の汚れが付着するなどしており、完全に元の状態に戻ったとは言い難いが、この問題はソースとマヨネーズを絡めたことによってほぼ全面的に解消されている……。

このような場合、多くの人間は食欲よりも何か大切なモノを守るために、これを不可逆な変化と見なして泣く泣くそのペヤングを廃棄するであろう。

そうして一人静かにリベンジを誓うのだ!
次こそは。必ずや!

そのために必要な心構えを以下に記しておく。

一、リベンジの際には、ひたすら湯を切ることだけに集中し、
  必要とあらば火傷も厭わぬ覚悟で湯切り口付近を強く押さえつけるべし。
一、湯は最後の一滴までも切り果たすべし。
  (悪夢の再来を恐れて湯を残すなどは言語道断)
一、麺は(たとえその欠片であっても)一本たりとも逃すべからず。

このようにして食されたペヤングは、きっとあなたにとって、一生、思い出の味となることでしょう。
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